ドアを開けると赤司様がいました 153

『よぉ、降旗。メールでは初めまして、だな。黒子や赤司から話は聞いてるぜ。何度かプレイも観てるしな。まぁ、これからも宜しく』
 いきなり呼び捨てか――。でも、それがあんまり嫌ではなくて、オレはくすっと笑った。心がほっこりと暖かくなった。
『ありがとう、荻原。荻原って呼んでいい?』
 それから二、三行付け足して荻原に送る。荻原から『いーよー』みたいな返事が届いた。あー、また友達増えた。
 オレは、荻原とバスケをしているイメージを思い浮かべた。バッシュのスキール音や体育館の爽やかな汗の匂いまで脳内で再現される気がする。――ほら、あそこにあの二人が。
「光樹!」
「光樹!」
 オレを呼ぶ征十郎と征一郎の声が重なった。待ってよ。二人とも――。
 ――そこで、オレは、はっとした。
「光樹……?」
 心配そうに訊いたのは征十郎だった。征一郎はオレが黒子にもらったボールを回しながらも、浮かない顔をしている。
「あ……ごめ……白昼夢見てた……幸せな夢……」
「どんな夢だい?」
 征十郎が優しく訊く。どんな怖いヤツだと思っても……征一郎の方がわかりやすいと思っても、征十郎の魅力には抗えない。きっと、征一郎もそうなんじゃないかな。征一郎だって、征十郎のこと、気にしてるから――。
「荻原と――それから、赤司達二人とバスケしてる夢……」
「そうかい。――案外敵チームには黒子と火神がいたりしてな」
「えー? やだよぉ。オレ、あいつらには勝てねぇよぉ。赤司達二人揃ってもあいつらに敵わなかっただろ? オレだってあいつらに敵わねぇよぉ」
 でも、オレは――赤司のバスケを選んだ。だから、黒子は――黒子も敵に回すかもしれない。
「僕は好きだぞ。光樹のバスケ」
 征一郎が口を挟んだ。もう……征一郎ったら口が上手いんだから――。
「オレは、赤司のバスケの方が好きだよ」
「そう言うんじゃなくてだな……まぁいいか。オマエは、自分や昔の僕達が思ってるよりもずっと強かだよ。そこを忘れないでくれ」
 そう言って――今度は征一郎がオレの頭をぽんぽんと叩いた。まるで、オレを元気づけるように。何でだろう。征十郎も、征一郎も、オレに優しい。チワワ扱いしているからかな、と思ったけど、征一郎の台詞を聞くと、そうでもなさそうだ。
「うん……」
「お、おい、征一郎!」
 征十郎がちょっと戸惑った声を出す。征一郎が口をへの字にする。
「何だよ。――征十郎。僕達、今、ちょっといいとこだったのに――邪魔するなんて無粋だぞ」
「いや、さ。チャットルームに紫原が来てる」
「へぇ……紫原が? 珍しいね。あいつは確か、機械音痴だからとか、タイピング遅いからとか言って、なかなかLINEに参加しなかったのに――アレックスのことが原因かな」
「それも勿論ある。だけど――ちょっとオレ達にも怒っているみたい」
「へぇ……」
 征一郎が微かに目を瞠る。けれども、原因がわかったらしい。にやっと笑った。
「まぁ、あいつは氷室が好きだったからね」
 何ですと――?
 そしたら何かい。キセキの世代はゲイの集まりかい。――いや、氷室サンはカッコ良くて強くて、男のオレでさえ憧れるものがあるけれど、氷室サンはアレックスさんが好きなんじゃなかったっけ?
「紫原って、氷室サンが好きだったの?」
 そんな話題も出たことあったけど、冗談だと思ってたのに……確か、赤司が、
(氷室サンは外見も中身も男前だからね。紫原も惚れる訳だよ)
 ――と言ってたのは、あれは本気だったのかい?
「光樹。征十郎は嘘はつかない」
 征一郎は淡々と口にした。て言うか、またオマエ、オレの心読んだだろ?!
「おい、征一郎――今度勝手にオレの心読んだら絶交だからな……」
 オレは、征一郎はいろいろ言い訳するのかと思ったが、征一郎は流石の貫禄で、
「わかった。もう読まない」
 と、答えた。征一郎があっさり引き下がったので、かえってオレは拍子抜けした思いでいると――。征十郎が自分のスマホを操作しながら、オレに向かってこう言って来た。
「旗ちんを出せだって。紫原のヤツ――」
 旗ちんとはオレのことか。オレは降旗光樹と言う名前だからな。出てやってくれ、と征一郎も頼んで来る。尤も、元の性格が性格なので、態度は大きいし、オレや征十郎以外には人に物を頼む感じには見えないかもしれないが。
「……わかった。出るよ」
 何か、厄介なことになりそうだな――。オレははぁっと溜息を吐いた。
 紫原が嫌がるんなら、アレックスさんを氷室サンのところへ送り出すんじゃなかった。でも、紫原は男だし、オレの気持ちもわかってくれる、よね――? 紫原はバスケ以外の普段の生活はゆるゆるで、緑間なんかよりよっぽど扱いやすいと評判だし。
『ひどい! ひどーい! 旗ちんひどーい!』
 なっ……なにぬっ?! 何事?!
 オレは紫原に突然悪態を吐かれた。でも、そんな風に言われる謂れは、オレにはない。
『ちょっと、紫原、落ち着こうよ…』
『そうですよ。順を追って話さないと、降旗君だって混乱するばかりですよ?』
『……そっか。そうだよね』
 そして、しょぼんとした猫のスタンプ。
『おい、紫原まで猫のスタンプ使うな』
『えー? いいじゃんみどちーん。和ちんだってよく使ってるよ』
『…何度窘めても聞かないのだよ』
『オレは真ちゃんも猫も大好きだから』
『同列に扱うな、なのだよ』
 えーと……あれ? 紫原はオレに文句を言いたかったんじゃなかったの? 高尾と緑間のゆるゆるトーク聞きに来たんじゃないんけどな……。第一、オレだってそろそろシャワー浴びたいし。
 ――服が汗ばむ季節なんだ。
『あ、そうだ。旗ちん、ひどいじゃん。赤ちん止めないなんてさぁ』
『ああ、アレックスさんと氷室サンのこと?』
『そう!』
 紫原は人差し指を突き付けるスタンプを使った。
『紫原、少し落ち着け。今回のことは全部オレ達に責任がある。オマエの気持ちは知っていたが、オレ達はアレックスさんを全面的にバックアップさせてもらった。氷室サンだってその方が――』
『だから! それがひどいっつってんの! オレの室ちんへの気持ちを知りながらさぁ…その方がよっぽどタチ悪いじゃん』
 オレは――変な話だが紫原に妙に好感を持った。いつも眠そうにしている紫原だけど、案外頭の回転は速いらしい。その書き込みには知性すら感じる。――オレはちょっと見直していた。
『旗ちんだって、アレックスちん止めてもよかったのに…』
『落ち着け。紫原。光樹はなんにも知らなかったんだ』
『紫原が氷室サンを好きだってこと?』
『ほらぁ、旗ちんだって知ってんじゃん』
『さっきオレが教えたんだ。文句があるならオレに言え』
『う…』
 紫原は赤司征十郎を苦手に思っているらしかった。気持ちはわからんでもない。オレだって最初は戸惑ったもんな。
『でも、オレがアレックスさんを焚きつけたのは本当だよ』
 オレは文字を打つ。征十郎が、(キミは黙っていたまえ――)と言いたそうな怖い光を放つ瞳をしていたが、これは、オレにだって責任はあったんだ。
『どうしてアレックスちんを室ちんのところへ送り出したのさ』
『それが一番いいと思ったから』
 答えがするりと出た。
『旗ちん…』
 会話が止まった。何につけてもうるさい高尾さえ、何にも話さない……つか、文字を打って来ない。耐えきれなくなって、オレが何か打ち込もうとしたそのときだった。
『わかってる…』
 ――紫原からだった。
『わかってる。こんなこと言ったらきっと室ちんは怒るけど…室ちんは神ちんのような天才じゃないし…だから、アレックスちんと一緒に平凡な幸せ見つけた方がいい…わかってる、わかってる…』
 因みに、神ちんと言うのは火神のことだろう。
『オレにはバスケがあるから。バスケしかないから』
 ん? 何か聞いたことがあるような言葉だな。
 ああ、そうか。征一郎にバスケがあるように、紫原にもバスケがあるんだ……。
 だけど、この言い草……バスケがありゃあ充分じゃん、とは言いにくい。紫原はあの体格と才能で、バスケに繋がれてしまった人物なのだ。きっと、バスケが本当に好きだったのかもよくわからないうちから、紫原にはバスケしかなかったんだ――。
 バスケを選ぶことが出来たオレに比べて、何て気の毒なことだろう。紫原に選択の余地はなかったんだ。
 バスケに選ばれ、それを良しと出来ない青年。それが紫原敦だったのだ。
『紫原…言葉もないけど一応言わせてくれ。氷室サンはキミが羨ましかったと思うよ』
 オレなりの気持ちを込めて送ったメッセージ。やがて、紫原から返事が帰って来た。
『昔、室ちんにも同じようなこと言われたことがあるよ。天才って辛いね。旗ちん』
 いろいろ言葉が足りないような気もするが、オレには紫原の言わんとしていることがわかった。負けたくない。その一念だけで面白くもない練習をやらされる紫原。さぞかし鬱憤が溜まったであろう。
『でも、バスケのこと、今はそんなに嫌いじゃない。黒ちんのおかげ』

後書き
降旗クンは荻原クンと仲良くなれそうでまずは良かったです。
チャットルームに紫原が出て来ました。降旗クンに文句があったようですが、氷室クンのことで八つ当たりしていただけだったのね。
2020.06.08

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