ドアを開けると赤司様がいました 152

『話、聞いてくれてありがと、黒子』
『いえいえ。どういたしまして』
 オレの書き込みに黒子が答えた。例え、いつか別れることがあっても、それまでは黒子とも一緒にいたい。
 そういえば、黒子って、ウスいくせに微かに甘い香りがするんだよなぁ……バニラシェイクの香り。オフの時なんか一緒にいると、マジバのバニラシェイクが飲みたくなったもんだぜ。
 ――マジバのバニラシェイクって旨いんだよな……。オレらは出禁食らっちまったけど。あれは景虎サンのせいだと、オレは今でも思ってるんだけど……。
 また、マジバに行けるといいな。マジバはそこら中にあるから。
 征一郎がオレにスマホを返してくれた。オレ達は、またチャットルームに行った。
 大した話はしていない。緑間がラッキーアイテムのことについて熱弁を振るっていた。
 鼻白むと同時に、何となく微笑ましくも思った。
 赤司がオレの肩に頭を乗っける。ちょっと重い。それに、ドキドキする。目を見てないから、どっちだかわからないけど。
 ――あ、征一郎はあそこでオレのボールを弄っている。ということはこれは征十郎だな。
「何か面白い話してたかい?」
 自分で確かめろよ! 征十郎だって自分のスマホ持ってんだろ? ――オレは溜息を吐く。
「……緑間がラッキーアイテムのこと話してる」
「やれやれ、仕方ないね……彼は」
「何やってんだい? キミ達」
 征一郎が少し咎めるように言った。
「ただのスキンシップだよ。キミも来るかい?」
「いや……いい……」
 征一郎は、ふい、と横を向いてボール回しを始めた。オレなんかよりよっぽど上手いのは知ってるけど。バスケットボールの扱いに慣れてるんだな。それか、元々器用なのか――。
 何だか征一郎は考えに耽っているような気がするが、そこまで踏み込むのは些かマナー違反かもしれないと思い、黙ってチャットルームの台詞の応酬を見ていた。
『オレは、黒子のカチューシャ姿も見てみたいな』
『そんな…見るもんじゃありませんよ』
 高尾の言葉に黒子が反応する。黒子のカチューシャ姿ねぇ……きっと可愛いんだろうな。火神も本当は見てみたいと思ってたりして。
『黒子は今、火神と一緒にいるの?』
 オレが訊く。――例えばオレ達と同じように……。
『いえ。……今日は三時頃まで火神君の家にいたんですけど。時計見てたから覚えてるんです』
 ああ、アレックスさんがオレらの家に来る前か――。
『それってアレックスさんが原因?』
『違います』
 ――返事はすぐに来た。
『でも、原因っちゃ原因だよな』
 火神が割って入る。
『だから! もう焼きもちなんか妬いてませんて!』
『うん。それはわかってる。アレックスにだって悪気はねぇしな。でも、オレは少し頭を冷やしたかったんだ』
『ボクは気にしてませんよ』
『オレが気にするの!』
『まぁ、火神君も男ですからね…』
 こいつら、やっぱり喧嘩したんじゃ……。
『何? 何面白そうな話してんの?』
『高尾。火神と黒子の二人の話の邪魔をするのはやめるのだよ』
『だって気になるじゃーん』
『好奇心は猫をも殺す』
 緑間が呟いた。――何のこっちゃ?
『実はね…ちょっと火神君と言い合いになってしまったんですよ。でも、アレックスさんはもう氷室サンのところへ行ったと言うし…ボクも…明日になったら火神君の家に行こうかな、と』
『黒子…』
 火神だったら黒子を大歓迎するだろう。そのままベッドに直行なんてことが起きないとも限らない。それとも、ヤツらはプラトニックなのか?
 黒子は絶対答えてくれないだろうし、揺さぶるなら火神の方だけど、彼らにだってプライバシーというものがあるもんな。
『何か、楽しそうな話してんじゃん』
 高尾――相変わらず軽薄なヤツだな。いや、一見軽薄、か。こいつは想像以上に優しくて、緑間のことを菩薩様のような目で見ていることは知っている。でなきゃ、ラッキーアイテム探しなんて面倒なことにわざわざ付き合うもんか。
 ……肩から頭の重みがなくなった。征十郎がひょいっと起き直ったのだ。
「征一郎――黒子と火神が仲直りしたぞ。……というか、二人は元々喧嘩なぞしていなかったのかもしれないがな」
 征十郎の言葉に、征一郎はこくりと頷いて、ひょいっと天井に向かってボールを投げた。
「それは良かったな――」
 そう言って征一郎はにんまり。
「オレ、今日は楽しかったよ。――オレはずっと、赤司達と一緒にいるから」
「ああ、僕だって絶対に消えない。僕の理力にかけて」
 征一郎が誓ってくれた。
「でも、数十年後キミらが亡くなったら――天国で一緒にバスケをしよう」
「そうだな」
 征十郎が征一郎とグータッチをした。いい場面だ。征十郎と征一郎がオレの方にも拳を突き付けてきたので、オレも二人それぞれにグータッチをする。
「これからは、ずっと宜しくな」
 オレが言うと、二人はふふっと微笑んだ。
「何を言う、光樹。オレ達が離れることなど、ありはしない」
「僕もだ。わかってるだろう? 光樹――僕が凄くしつこい男であることは。こうと決めたら諦めない男であることは」
「はは……」
 オレは返事に困って軽く笑った。そう言えば、そうだった。征一郎は、勝利の申し子と呼ばれ、勝つ為なら何でもやった。時々悪ノリもしたみたいだけれど――特に、全中では。
「オレさ、征一郎にはやって欲しいことがあるんだけど」
 ――オレは言った。
「何だい?」
「そのう……良ければ荻原に謝って欲しいんだ。彼のバスケを一時期でも取り上げたのアンタなんだから」
「何だ……征一郎。まだあのこと言ってなかったのか」
「……忘れてたんだよ」
「何が?」
「荻原とはとっくに仲直りして、征十郎なんか、今では彼のメル友だ」
 ええっ?! そうだったの――?!
「因みに僕もだからな」
「はーっ……」
 オレはほっとして壁に頭をやった。
「キミも荻原と何か話すかい? ――キミになら彼のアドレス教えてあげたっていいんだけど……荻原に一言いっておいた方がいいかな。光樹はいいヤツだから、荻原もきっと気に入ると思うよ」
「ありがとう」
 征十郎が自分のスマホを弄っている。やっぱりスマホやっている姿も絵になるなぁ……。オレはつい見惚れてしまっていた。そして――征一郎と同じく長い指。女だったら即惚れてただろう。
 今でも惚れているけれど――。
 征十郎は、チャットルームからまた退室した。
「いいそうだ。――光樹。キミのメルアドも教えてくれたら、メールを送るそうだ」
「本当?! じゃあお願いしようかな」
「待っててくれ」
 征十郎がメルアドを送ってくれたのだろう。――やがて、着信音が鳴った。荻原からだろう。
『オマエら、自由に喋っててくれ。メールだ』
『おうおう、彼女からかい?』
 ――と、高尾。やれやれ。オレには二人の赤司がいることは知ってるだろう。
 彼女がいた時期もあることはあったけど、赤司に散々妬かれたもんな……。あの時の赤司はどこかおかしかった。今は征一郎もいるから、征十郎の相談に乗ってくれるだろう。
『高尾、冗談も大概にするのだよ』
 緑間が止める。――緑間真太郎様。ありがとう。
 オレは、緑間に心の中で手を合わせた。そして、メールを開く。差出人はやはり荻原からだった。
『荻原シゲヒロ』
 その名前欄をオレはじっと見ていた。件名は『初めまして』になっていた。
 ――今まで何も出来なくてごめんよ。荻原クン。でも、アンタは黒子のダチだから――。オレだって黒子のダチだったけど、中学時代のことについては、口出ししない方がいいと思ってたんだ。
 荻原――高一の時でのウィンター・カップに応援に来たアンタの笑顔は最高だったよ。
 オレは、荻原からのメールを開いた。比較的短い文面だった。

後書き
黒子とも上手く付き合えるようになれたら、それが一番いいかもなぁ、と考える私。
そして、好奇心旺盛な高尾。真ちゃんも本当は気になっているんだろうな……。
この話の最後の方では、荻原クンからメールが来たけれど……?
LINEやってないんで、変なところがあったらすみません。
2020.06.06

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