ドアを開けると赤司様がいました 151

 一瞬、リビングに沈黙が降りた。
「そうだな。――僕はまぁ、構わないけれど」
「でも、皆にはまだ言わない方がいいんじゃないかな。心配したりされると困る。或いは同情を買っていると思われるとかね」
 征十郎は、心の底から征一郎のことを考えているらしい。いいな――喧嘩したり、仲直りしたり……オマエら、本当の兄弟みたいだよ。
 ふわっとバイオレットの香が舞った。何だろうと思ったら、征一郎がオレの隣に座ったらしい。オレがちょっと驚いていると、征一郎がオレのスマホを取り上げる。訳もなく征十郎の方を見ると、彼は神妙な顔で頷いた。
 ――征一郎の言う通りにしとけってことらしい。オレも特に逆らう理由はなかった。
「黒子、時間割けないかどうか訊いてみる」
 征一郎の指がスマホのタッチパネルの上を素早く踊る。――やがて、征一郎がにんまり笑った。
「いいそうだ。――聴聞僧の役は黒子には合っている」
「それはいいけど、征一郎、スマホ返せよ」
「まぁまぁ。オレが画面を見せてあげるから、な」
 征十郎がオレをなだめる。ふわっと、さっきの香りが――。あ、征一郎と同じ匂いだ。オレだって同じボディーソープ使ってるんだが、二人の赤司とは何となく匂いが違っているように思える。これも、どこがどう違うとは上手く言えないんだけど。
 でも、征十郎が見せてくれるんだったら、まぁいいか。
「征一郎。キミもスマホ持ってるだろう?」
「――まぁな」
 気のない様子で、征一郎は征十郎に答えた。そして、征一郎はオレのスマホをすいすいと滑るように操作する。長くて美しい指だ。
『僕は黒子と話がある。キミ達は適当に喋っててくれ』
『わかったー』
 真っ先に反応したのはやはり高尾だった。2号のスタンプを使っている。続いて、緑間の文章が現れる。
『オレはその犬が嫌いなのだよ。高尾。あまり頻繁に使うのではないのだよ。その犬は黒子に似ているし、オレのチャリアカーに小便したこともあるのだよ』
『真ちゃんがあんまり嫌がるから新しいの買ったじゃーん。それに、オマエのチャリアカーじゃなく、オレ達のチャリアカー、だろ?』
 高尾が反駁する。面白いからもう少し見てたっていいんだけど……。
『黒子、今、光樹のスマホを借りて話している。征十郎と光樹もこの画面を覗いている。いいな?』
『それはまぁ、話があるのは征一郎君のようですから、ボクとしては構いませんが』
『ありがとう、実は――』
 ここは割愛したっていいだろう。征一郎が『僕が消えてしまっても光樹は思い出してくれるか?』と言ったこととか……。その時、オレが凄く悲しんだことが実は征一郎にとって嬉しかったこととか――。
『なるほど』
 黒子は短く答えた。
『自殺をほのめかす――ではありませんよね?』
『ああ、僕はいつまでもこの世に留まっていたい。光樹が死んだら、この世に何の未練もないんだが』
『熱烈に愛されてますね。降旗君は』
 あのなぁ、黒子。そう言う冗談言うの止せよ。照れるから……。
 征十郎はスマホの画面からオレに視線を移し、くすっと笑った。何だってんだよ、もう。
『けれど確かに…ボクは話に聞いただけだから迂闊なことは言えませんが…征一郎君が消える可能性はあるんですよね』
 オレの眉は今、八の字に垂れ下がっているように思える。
「やだよぉ……」
 口をついて出た本音だった。
「征一郎が消えるなんて、やだよぉ……」
 征一郎が辛そうに微笑む。ああ、征一郎だって悩んでいるのに、ここでオレが泣いてちゃいけないな。――何とか征一郎を勇気づけなくては。
「ごめん……征一郎。話続けて?」
「ああ、うん……」
 征一郎は気がかりそうな視線をもう一度オレに送ると、また黒子との話に戻って行った。
『そもそも、征一郎君。キミはどうやってあの世からここへ来たんです?』
『それは…本当はわからない。ただ――征十郎と光樹を見て…見ていただけで…気が付いたらこの世に戻って来ていたんだ。肉体を持って』
『見ているだけで――ですか』
 ほんの少し、黒子の書き込みが止まった。黒子のことだからいろいろ考えているのだろう。
『やはりキミは大変な理力の持ち主ですね。征十郎君もですが。――余程、降旗君を愛してしまった訳ですね? 生き返ってもいいぐらいに。キミは元々は精神体ですが、物質を作ることも出来たらしいですね。恋しい相手を見て、見ているだけで…』
『ああ…』
『羨ましいと思いますよ。そんなに人を愛することが出来るなんて。降旗君は大変でしょうけれど』
「いや、オレは全然大変じゃない」
 オレはつい。画面の黒子に反論してしまった。そうオレは大変じゃない。オレは、愛されてしまっただけだから。赤司征十郎と、その弟分、征一郎に――。オレは稀代の傑物二人に愛されただけなのだから、何の不満もない。
『征一郎君…キミは、降旗君と何がしたかったのですか?』
 ――ああ、とんでもない質問するよなぁ。黒子……。共寝、と言われたらフォロー出来ないぞ。
 だが、それは無用の心配だった。
『バスケを…』
 オレのスマホを手にした征一郎が――泣いてる? 何て馬鹿だったのだろう。オレは……。征一郎の気も知らないで……。征一郎……泣くなよ。バスケ、いっぱいしようじゃないか。な?
『僕はずっと、征十郎や光樹とバスケがしたかったんだ…』
『それを聞いて安心しました』
 と、黒子。
『征一郎君は征十郎君のことも愛しているのですね?』
 征一郎はこっくりと頷いた。
『あの二人を見ていて、一番羨ましくて妬ましかったのは――彼らが1on1をしていた時だ。征十郎も光樹も、とても元気で、綺麗だった。僕も、あんな綺麗なバスケがしたかった…』
「征一郎。オレは下手だよ」
 オレは征一郎に向ってそう呼びかけた。
「征十郎は上手かったけど……」
「いや、光樹。そうじゃないんだ。征一郎は、成長していく光樹もちゃんと見ていたよ。キミは、吸収力が凄いからね……オレでもたじたじとなることが何度もあったよ。キミはたまにだけど……凄いプレイをするからねぇ」
 征十郎が言った。……たまにだけど、は余計だ。それに、赤司征十郎に敵うヤツなんて、火神や黒子くらいしかいないじゃねぇか。
「征一郎はきっと――光樹を育てたいと思ったんじゃないかな。そうだろう。征一郎」
「ああ、でも……光樹に横恋慕をしていたことも本当だ……済まん、征十郎……」
「……謝らなくていいんだよ。光樹は魅力的だからね」
 ――オレは、征一郎は泣いているのかと思っていた。だが、顔を上げた征一郎は涙の跡ひとつ見せてはいなかった。その代わり、毅然とした決意が見える。
「僕はずっと……オマエ達とバスケがしたかった」
「征一郎……」
 オレはの心は、天まで届く程舞い上がっていた。
 あの僕司が――オレがどんなに足掻いても勝負にならなかった僕司、征一郎が、オレとバスケをしたいと言う。
「NBAで一緒にプレイしよう。光樹。征十郎」
「え……?」
 オレは思わず絶句してしまった。――いくら何でもそれは無理なんじゃないかなぁ……。
「いくら何でもそれは……」
「無理じゃない!」
 征一郎は机にスマホを置いて、オレの手を取った。
「オマエは――どんなことでも可能だと言うことを、僕に教えてくれた! だから、僕はキミが好きになった。友達として――恋人として! そして……出来るなら……僕の相棒になって欲しい……けれど、今は征十郎がいるから……」
「征一郎。オレ達は、三人でひとつのチームなんだ!」
 征十郎が叫ぶ。
「三人寄れば文殊の知恵!」
 征一郎が続く。
「オレ達は三位一体!」
 ――と、オレが締めた。征十郎がどんっ!と自分の胸元を叩く。
「オレ達は……どんな時でも一緒だ。どんなに離れてても……心は一つだ」
 征十郎の言葉にオレは感動した。うおお! なんか青春ドラマみたいだ……! 憧れてたんだよな。こう言うノリって。オレは誠凛の皆とチーム組んですげぇ楽しかったし。
 誠凛の皆――ありがとう!
 オレは、二人の赤司と新たなチームを組む。例え、かつてのチームメイトを敵に回しても……!
 改めて誓おう。オレは、赤司達と生きて行く。バスケの試合でも、人生でも。いつ、何があっても……。それを教えてくれたのは、誠凛の皆であり、キセキのメンバーであり、そして――。
 黒子テツヤ。
 ――黒子のバスケが、仲間の大切さを教えてくれた。二人の赤司に、そして、このオレに。火神にも青峰にも教えてくれた恩人でもある。――あ、そうだ。まだ黒子とLINEをしていた最中なんだっけ。
 オレがぼーっと我を忘れて自分の考えに浸っている間に、征十郎が黒子に今までの経緯を説明してくれた。
『降旗君――では、降旗君は、ボク達とは袂を分かつことになるんでしょうか』
『そうだな…そう言うことになるんだろうな、きっと』
 オレは、征一郎にオレの台詞をスマホで打ってもらう。バラバラだったオレ達を束ねたのは、黒子、オマエだったんだ。そして、これからは別々の道を行く。そう言いたかったんだろう? ――黒子。
 ――オレは、赤司と共にいることを選んだのだから……。二人の赤司と共に歩む人生を。そして、赤司のバスケを。

後書き
赤司のバスケを選んだ降旗クン。
これから大変かもしれないけど、頑張って。
それから、細かいミスがないといいなぁ。pixiv版はちょくちょく直しているけれど。
この話、まだpixivには上げてなかったはずだけど。
2020.06.03

BACK/HOME