ドアを開けると赤司様がいました 150

 勉強の後、オレは伸びをして体をほぐすと、リビングでスマホを起動した。赤司達はチャットルームにいた。――手が届きそうな位置にいるのに、直接じゃなく、スマホのチャットルームで話してるなんて、相当シュールな光景だな。
『黒子ー』
『こんばんは。降旗君。火神君もいますよ』
『よっ』
『黒子に火神――今日は、光樹に焼き飯を作ってもらった。香ばしくて、なかなか美味しかったよ』
 んもう、照れるなぁ……。スマホを持っているのは征十郎の方だ。征一郎が隣で画面を覗いている。
 幸せな光景……と言ってもいいのかねぇ……。
『火神君の料理も美味しいですよ』
『まぁな』
『少なくとも、カントク達のポイズンクッキングよりはマシです』
『――あれと比べんなよ』
 そうだよ、比べるなよ。失礼だぞ。黒子――火神に対して。オレも火神の料理食べたことあるけど、材料の持ち味が活かされていて美味しかったんだからな。オレよりも料理上手いかもしれねぇし。
 そりゃ、カントクもカレーは作れるようになったし、桃井サンと共に雑煮も作ったけどな。
 ――二人の赤司が同じように苦笑していた。
『ところどころ焦げ目のついたのが旨かった』
『ああ、わかります』
『焼き飯って、チャーハンやピラフとは違うのか?』
 火神の質問も尤もだ。まぁ、ほとんど同じと言っていいいだろう。オレは火神に説明した。火神も納得がいったようだった。
 今、部屋はほんのり暑い。でも、エアコンの世話になる程じゃないよなぁ。……赤司家がオレ達の部屋にエアコンを入れてくれた訳だが。
「窓、開けていい?」
 オレは一応二人の赤司に訊く。
「ああ、いいよ」
『ちょっと席外す』
 オレは火神と黒子にそう言い置いた。
 窓を開けて、しばし涼しい風を楽しんだ。ああ、ネオンサインが綺麗だな。東京の夜景はそれなりに綺麗なような気がする。
 ――いつか、赤司家の別荘にも連れてってくれるって言ってたな。どんなところか、今から楽しみだ。星が綺麗だと聞いている。
 春休みも残り少なくなって来つつある。明後日はバイトだし。
 何だかオレ、バスケにすげぇ夢中だな。だって仕方ないじゃん。二人の赤司みたいな将来超一流のバスケ選手になるであろう存在がいてくれたんじゃあさぁ。それにはオレにも不満はない。
 バスケ漬けの生活は結構楽しい。オレに火をつけてくれたのは、誠凛の皆だった。
 一生懸命スポーツに打ち込むことが、あんなに楽しいなんて思わなかった。
 だから、火神や黒子――カワやフクや先輩達……それに、カントク。女ながら、オレ達の練習を見てくれて、時には叱ってくれた相田リコ監督にはめいっぱい感謝だ。
 それから……黙って見守ってくれていた武田先生にも一応は感謝だ。
 以前の誠凛は、火神や黒子でもっていたようなものだったからな――もう、後続に託したけれど。朝日奈と夜木も、卒業なんだっけ。
 月日の経つのは早いな――。
 オレはつい、感慨に耽ってしまった。まだ三月だけど――赤司征十郎が来てからもう一年か。今は征一郎もいる。
 ドアを開けると、二人の赤司がいた。
 それが、何だか懐かしくて――オレは鼻を鳴らした。
 赤司達が来てくれて良かった。少なくとも、退屈はしねぇもんな。
「ふぇっくしょん!」
 ちょっと温度差が激しかったせいか、オレはくしゃみをしてしまった。もしかしたら花粉症かもしれない。
 スポーツマンは体が資本だから大事にしなくてはな。せっかくアメリカへ渡っても、くしゃみしながらバスケやったんじゃ様にならない。
 ――オレはリビングに戻った。
「やぁ、光樹。お帰り」
 征十郎が手を挙げる。陰にいた征一郎がひょこっと顔を出す。
「何話してた?」
「大したことは何も――自分で見るといい」
 そうでした。オレにもスマホがあるんだからなぁ。
『ただいま、火神、黒子』
『オレ達もいるのだよ』
 ああ、緑間か――。いつの間に来てたんだよ。高尾もいる。何だか懐かしいような面子だ。こいつらにも随分世話になってるからな。緑間と高尾。昔、秀徳の光と影とあだ名された二人。
 そして、今でもニコイチだ。
『よぉ、緑間に高尾』
 この二人は仲良くしていたであろう。――緑間はツンデレだが、それは仕方がない。
『降旗ー、赤司と上手くやってる?』
 高尾が訊いて来る。
『――ん、まぁ、そこそこかな』
『オレと光樹は仲良くやってるよ。な、光樹』
『ん、まぁ…』
『それに、征一郎も加わって賑やかだし』
 ――あ、そうだ。
 征一郎が、いつか自分は消えるって言ったこと、伝えた方がいいのかな……。いや、ちょっと待てよ。まだ征一郎が消えると決まった訳じゃないし。だけど、こう言うことを思い出すと……辛いんだ。
 だから、しばらくは黙っていた方がいいのかもしれない。……でも、後で黒子に相談しよう。
『ケンカとかしてないんだね。良かった』
 高尾はほんとにいいヤツで、オレ達のことも本気で心配してくれているのだろう。オレは二人の赤司と争いはしないが、征十郎と征一郎はよくケンカするからなぁ。
『高尾。征一郎はオレのケンカ友達だよ』
『そっか。――ま、喧嘩する程仲がいいって言うもんな』
『はい。ボクもそう思います。赤司君達が楽しそうで良かったです』
 そうか。黒子もそう思うか。オレも同意見だ。時々、どうしようかとおろおろすることがあったり、もう面倒みきれないや、勝手にやってくれと思ったりしたこともあるけれど――。
 基本、二人の赤司はいいヤツだし、オレも大好きなんだ――。
『真太郎。明日のラッキーアイテムは何だ?』
 征十郎が話題を振った。おは朝は明日のラッキーアイテムも教えてくれる。――教えてくれ、という熱心な視聴者がいたんだろう。……緑間のような。
『明日のラッキーアイテムはカチューシャなのだよ。ちょうど高尾が持ってる。赤いカチューシャを』
『真ちゃんのカチューシャ姿、今から楽しみなんだ』
『高尾。オレはカチューシャはしないからな』
『へいへい。何だよ。写真に撮って永久保存版にしようと思ったのに』
『何の永久保存版なのだよ』
『…オレの宝物にしようと思ってたのに。黒子や火神にもやろうか?』
『別にいらねーよ』
 あ、火神。静かだと思ってたら。
『ボクは欲しいですね。なんか似合いそうです』
 黒子……好奇心旺盛なのは結構だけどな、あんまりそう緑間をいじるもんじゃないぜ。
『それから、もうつぶらな瞳のラッキーアイテムはいりませんよね。ボクだって緑間君に振り回されるのはもうごめんですし』
『つぶらな瞳のラッキーアイテム?』
 オレは、自分でさっき心の中で呟いたことも忘れて、好奇心丸出しで聞いてしまった。
『――昔の話だ』
『オレは覚えてるぜ、真ちゃん。確か、ラッキーアイテムがつぶらな瞳の何かで…』
『あー。黒子のヤツ、ラッキーアイテムにされたと言う訳か』
 火神は意外と察しが早い。というか、黒子ってラッキーアイテムだったの?
『…ま、今は黒子は火神のラッキーアイテムみたいだけどな』
 高尾が微妙な冗談を飛ばす。
『何だよ。黒子がラッキーアイテムって…黒子はアイテムなんかじぇねぇ。人間だろうがよ』
『火神君…』
 ちゃんと、黒子を一人の人間として見ている火神は緑間より偉いと思う。――学校用の頭は馬鹿だけどな。でも、火神だって緑間が作った湯島天神のコロコロ鉛筆に助けてもらったことがあるんだ。オレだって欲しいぜ。
 ……オレには、二人の赤司がいるけれど。オレの勉強の面倒も見てくれている。――それなのにオレは、赤司の教育者としての才能を見くびっていたらしい。
 カントクと桃井サンにも、最後はちゃんと立派なお雑煮を作らせてあげることが出来たもんな……。
『これからも頼むぜ。相棒』
 火神からはバスケットボールのスタンプ。
『はい!』
 黒子は笑顔の2号のスタンプ。――あれ、いつの間に作ってもらったのかなぁ。……この時間帯なら、少々重い話しても翌日には響かないんじゃねぇかな……オレは、黒子に征一郎の台詞のことを相談することにした。その前に。
「なぁ、征一郎……黒子に、あのこと言っていいか? オマエが前に言ったこと……オマエが消えるとか何とか言ったこと」

後書き
同じ部屋でもスマホで話し合うというのは可能ですよねぇ。
征一郎君が消えてしまうかもしれない……そんな話を降旗君は黒子にしようとして……?
消える消える詐欺だといいなぁ(笑)。
2020.06.01

BACK/HOME