ドアを開けると赤司様がいました 15

 黄色い頭にしゃれたカジュアルな格好。あれは――。
 オレが声をかけようとした時だった。隣の赤司がその青年を呼び止めた。
「黄瀬!」
「あ、赤司っちじゃないスか~。久しぶりっス~」
 黄瀬涼太が懐かしそうに言う。赤司征十郎と黄瀬涼太はキセキの世代同士だ。お互いにしか見せない顔もあるんだろう。
 なんかいいな。そういうの。
 オレは河原と福田のことを思い出していた。どうしてっかな。あいつら。
「あ、そっちは降旗っちじゃないスか~。降旗っちも久しぶりっス~」
 黄瀬は、尊敬する相手には親しみをこめて「~っち」と呼んでいる。でも、正直あんまり嬉しくない。黒子も「黒子っち」と呼ばれていた。黄瀬は黒子に懐いている。
「やぁ、黄瀬。一人でぶらり旅?」
 オレが言ってみた。
「そうなんスよ~、笠松センパイがデートに応じてくれないんスよ~」
 黄瀬は泣いている。
「そりゃ気の毒に……」
 赤司が呟いた。黄瀬がぱっと顔を上げる。
「あ、そうだ。赤司っち。誕生日プレゼントありがとうございました! 遅くなって悪いんスけど」
「いやいや、なになに」
「――黄瀬の誕生日になんか贈ったの? 赤司」
「ああ」
「ズワイガニをいっぱい送ってくれたんスよ~。家族みんなで美味しくいただいたっス」
「蟹かぁ……」
 オレはツバをごくりと飲み込んだ。蟹の味や香りや食感がよみがえってくるようだった。
「光樹も今度、一緒に蟹食べに行こうか?」
 赤司の誘いは魅力的だが、そうそう金を使わせる訳にはいかない。オレは敢えて断わった。
「ふぅん……」
 黄瀬がオレをじろじろ見てる。どうしたっていうんだ?
「赤司っちと降旗っちが一緒に住んでるなんて、不思議なこともあるもんスよね~」
 それは……オレが一番驚いていた。だって、ドアを開けたら赤司征十郎がいるんだもん。でも、もういい加減慣れて来た。
「オレが押し掛けたんだけどね」
「赤司っちやるじゃないスかぁ! 押しかけ女房だなんて! ……センパイもそれぐらいしてくれるといいのに」
「でもオレ、今の状態が幸せかどうかわからないんだよ」
 う……それはオレのせいかもしれない……。オレみたいな、こんなつまらないヤツと暮らしているから……。
「まぁ、チワワを扱う要領でね。チワワなんて飼ったことないから、勝手がわからないんだけど……」
 へぇ。赤司ってチワワ好きなんだ。――知らなかった。
「あは。頑張ってください」
 笑って赤司を元気づけた黄瀬は相変わらずイケメンだ。モデルもやってるらしい。すげぇよなぁ。
「黄瀬はモデル続けてんの?」
 オレは訊いてみる。
「当たり前だよ~。モデルとバスケ選手の二足の草鞋を履くのがオレの将来の夢ですからね~」
「じゃあ、着々と夢に向かってるんだ」
「そゆこと」
 チャラく見える黄瀬にも将来の目標がちゃんとあるんだ……オレとは大違いだな……オレは大学出たら何していいかさっぱりわかんねぇんだもん。留年続きで最終的に大学に住むようになってしまうこともあり得る……。
 ――今のところはまぁ、無事だけど。赤司がわかんないとこ教えてくれるから。
 そういや、そろそろ試験なんだよなぁ……。赤司はがつがつしたとこ見せないけど、大学の講義だけで、充分内容についていけるのかもしれない。何たって「赤司様」だしなぁ……。
「ん? どうした? 光樹」
「え、いや……」
「あ、さっきも言ってたけど――」
 黄瀬がオレ達を指差して言った。
「名前呼び!」
 ん? 何のことだ? ――あっ、そっかぁ。赤司はオレのことを光樹と呼ぶ。黄瀬がそれに気が付いたんだ。
「名前呼びがどうかしたのかい?」
「まぁたまたとぼけちゃって。赤司っち、今はオレ達のこと、名字で呼んでるけど、降旗っちのことだけ『光樹』って呼んでるじゃないスかぁ……」
「もう一人のオレも黄瀬のことは『涼太』と呼んでいたよ」
「そうそう。オッドアイの赤司っち! 言葉遣いは丁寧だけど、キレキャラで怖かったっスよね~、ねぇ、降旗っち」
 オレはものすごい勢いで何度も何度も頷いた。だって火神に突然ハサミで攻撃すんだもん。もしあそこにいたのが火神でなくオレだったら今頃は……。
「光樹……光樹までオレのことを怖がってたのか……」
 赤司は気のせいか、ショックを受けたように見える。――今だって怒ると怖いもんね。
「もう一人のオレもいっぱい何事かしでかしたようだが、悪いヤツではなかったよ。――と言うと、自己弁護みたいでイヤなんだけどね」
「いいじゃないか、赤司弁護士目指してんだろ。自分の弁護が出来なくて、何の為の弁護士だよ」
「――だよな!」
 赤司が満面の笑みを浮かべた。こんな笑顔の赤司は見たことがなかったので、オレはドッキリした。
「わ! 赤司っちのそんな顔、オレ初めて見たっス」
「オレも……」
「やっぱり恋の力は偉大っスね」
 何だよ、黄瀬まで……あ、オレ達が仲良く見えるんでからかいたくなったんだな。
 でも、そんなことでびくつくオレでは、もうなくなってきている……はず。
「うん。オレも赤司には友情感じてるから。赤司、いいヤツだし」
「友情……いいヤツ、か……」
 あれ? 赤司トーンダウンしてる? オレなんかが友達じゃ、まずかったかなぁ……。
「あ、でも、赤司には友達沢山いるし、オレがいなくとも……」
 その時、以前のことが思い出された。
(――光樹に何かあったら、オレは生きていけない……)
 その後、赤司はオレのことを家族だと言ってくれた。そうか。赤司にとって、オレは家族なんだ。
「赤司にとって、オレは友達よりもっと深い存在なんだね」
「光樹……」
 赤司の目が輝いたのは、気のせいじゃなかっただろう。
「オレにとっても赤司は、大切な家族だもん!」
「あ、降旗っち……」
 黄瀬はコケるジェスチャーをしてみせた。ん? なんかオレ、変なこと言った?
「黄瀬……光樹といるとものすごい……疲れるだろう? こいつは天然なんだ」
「そうみたいっスね。オレは天然の自覚あるけど、降旗っちは自覚なしだから恐ろしい……うちのセンパイの方がまだ……扱いやすいというか……」
 そう言いながらも、黄瀬は笑いを堪えているらしい。オレらはぽかんとしてしばし待っている。――やがて、黄瀬がこう続けた。
「まぁ、男同士というだけで、まだ白い目で見られる世の中っスからね。赤司っち。将来はオレ達と渋谷に住まない?」
「……何と答えたらいいやらわからんな……」
「オレも。――オレ、今の家好きだもん」
 例え、いつかあの家を出て行く時が来たにしても――思い出はオレの胸の中にずっと残っている。
「降旗っち。降旗っちは、恋、したことある?」
 何だろう。妙なこと訊くな。今日の黄瀬は。モデルやっててモテるから、他人の恋バナにも関心があるのかもしれない。
「ん。あるよ。好きだった娘がさぁ……『何かで一番になったら付き合ってあげる』と言ったからオレ、バスケを選んだんだ。その娘とも今は音信不通だけど……バスケを本気でやるきっかけを作ってくれたことに関しては、感謝してる……」
 そう。オレみたいな地味なヤツは、一人で生きていくのがお似合いさ……。他人の恋は応援しても、自分の恋は……まぁ、叶えば一番いいんだけど。
 いずれ、赤司も結婚するだろう。オレは見合いでもして相手を探すさ。自分の伴侶を自力で見つける甲斐性は、どうやらオレにはないようだから。
 あれ? 何で哀しくなるんだろ。心がぽっかり穴が開いたように感じるんだろ。
 赤司が結婚しても、オレのこと、友達だと思ってくれる? 邪魔だと思わないでくれるだろうか……。
 近くにあった庭の木々が、風にさわさわ揺れた。この緑の匂いを、オレは一生忘れないだろう。
 黄瀬がハンカチを差し出してくれた。
「黄瀬……オレ、泣いてないんだけど……」
「――そっスか? なんか、泣きたそうな顔してたから……」
 そっか。オレ、そんな顔してたんだ……赤司と一緒にいるのはオレも疲れることがあるけれど、赤司と離れてまた一人で暮らすようになるかも、と考えるのは、やっぱりちょっと寂しいな……。
「ほら、元気出して。光樹っち!」
 黄瀬が赤司の呼び方を真似した。黄瀬は明るく(無理して?)笑うと、手をぶんぶんと振って去って行った。――赤司が、帰ろう、と言った。オレも帰ることにした。赤司と暮らすmy own homeへ。

後書き
黄瀬クンと降旗クン。黄瀬クンは誰とでも仲良くなれそうですね。
でも、降旗クンもいい子だから♪
それで赤司様も惹かれたのでしょうね。そうでしょ? 赤司様。
2019.05.29

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