ドアを開けると赤司様がいました 149
「え――?」
征一郎の言葉にオレが戸惑う。唇にキスか……。確かにファーストキスではあるまいし、口づけなんて何度もやったけど……。征一郎がねだるようにとんとん、と軽く人差し指で唇を叩く。
「ほら、早く……」
柔らかそうな桃色の唇。オレが征一郎の色香にくらくらしそうになっていると――。
「こら、征一郎。光樹を困らすんじゃない」
征十郎が窘める。
「別にいいじゃないか。――キミ達だって、あんなことまでしておいて……天国で見てたんだぞ。征十郎。オマエに僕へ説教する資格は、ない。唇にキスなんて、可愛いもんじゃないか」
まぁ、征一郎の言う通りなんだけどな……。それにしても、征一郎に見られてたのが、改めて恥ずかしい。
オレは凄く乱れちまってたからなぁ……。
「……む……ま、そうだな……」
征十郎はあっさり引き下がった。征一郎のヤツ、アレックスさんに感化されたのか? どうでもいいことだけど。
――オレは、征一郎とキスをした。アレックスさんより弾力のある唇。そして、快い温もり。オレは征十郎ともキスをした。征一郎と同じ感触。同じ匂い。だけど、どこかが違っていて――上手くは言えないけれど……。
オレは、どっちが好きなんだろう。
考えを振り遣るようにオレは口を開いた。
「今日の飯はオレが作るよ」
「いや、いいって、光樹は」
「そうだ。今日の僕達は光樹に優しくしてやりたい気分なんだ」
征十郎と征一郎が止めにかかる。
「でも……」
「いいから、キミは勉強していてくれたまえ。――僕達の方が旨いご飯が作れる」
う……。
ズバズバ言うなぁ、征一郎のヤツ。……事実だから反論は出来ないけど。
「何を言うんだい。征一郎――光樹の料理には愛情と言うスパイスが込められてるじゃないか」
――何だよ。そんなの込めたつもりはねぇよ! オレはつい、心の中で、フォローしてくれた征十郎に八つ当たりしてしまった。征十郎に罪はないのにね。
「オレだって、得意料理のひとつやふたつ――焼き飯なんかはどう? きりのいいところまで終わったら作ってやれるから」
「ああ、焼き飯があったか!」
征一郎がパチンと手を叩いた。
「光樹の焼き飯は美味しいって、征十郎と話してたんだ。征十郎はべた褒めしてたけど、僕の舌に果たして合うかな?」
征一郎はにやりと笑った。そういえば、征一郎に焼き飯を振る舞ったことはなかったはずだ。
――結果は、合格だったらしい。
「今日作ってくれたのが、焼き飯というものか。なかなか旨かったぞ。光樹」
「どうも……」
「また作ってくれ」
征一郎のおねだりに、現金なヤツとは思いながらも、どこか嬉しさが勝ってしまって、オレは、
「うんっ!」
と、勢い良く頷いてしまった。
今日は大根と油揚げのお味噌汁だった。美味しいけれど、ワカメの味噌汁が飲みたいなぁ……。二人がいない時に作るか。
征一郎と征十郎は、食後のコーヒーを楽しんでいる。勿論、このオレも。淹れてくれたのは征十郎だ。
うーん、香りが優しい……オレはブラックは飲めないからな。コーヒーの冒涜みたいで申し訳ないけど。
でも、征十郎はそんなことで怒る人間じゃなかった。コーヒー用の砂糖とミルクをまめまめしく用意してくれている。――本当に有り難いよ。
「ああ……旨い」
オレは舌鼓を打った。征十郎が嬉しそうに微笑む。
「オレはこんなことしか出来ないからな」
「――いやいや、もう充分だよ」
「そうかい? ……光樹はもっとオレ達に甘えていいんだよ。――オレ、子供の頃、弟が欲しかったんだ。……征一郎も弟みたいなものだけど、こいつはなかなかオレの言うことを聞かないからな」
「悪かったな」
征十郎は立ち上がって、オレの茶色の癖っ毛を手で梳いて来る。
「素直でいい子だよ。光樹は」
「何、光樹といちゃついているんだい。征十郎」
征一郎が不満げな声を上げる。
――オレは別のことを考えていた。
……やっぱりなぁ……惜しかったなぁ……アレックスさんせっかく来てくれたのに、バスケを教えてもらえなかったなんて……。
「……光樹」
「何だい?」
オレは生返事をした。
「――ぼーっとしてるようだったから……」
ああ、アレックスさんのことを考えていたからだあ。
「アレックスさんにバスケ教えてもらえなくて残念だったなぁ……と」
アレックスさんは火神や氷室サンの師匠でもあるもんな。一夜漬けで彼らに匹敵する力が身につくとは、如何なオレでも思わないけれど――。でも、何か上手くなるコツくらいは掴めたかもしんねぇなぁ……。
「光樹……僕達じゃ相手にならないかい?」
征一郎が言った。
「滅相もございません!」
「はっはっは。でも、光樹の言いたいこともわかるよ」
征十郎がぽんぽんとオレの頭を軽く叩いた。
「オレ達も火神――そして、黒子には敵わなかったものな。……元誠凛の光と影のコンビ、そのうちの一人、火神大我の師匠だ。学ぶことは十分にあったろう」
「だったら、氷室サンのところへ僕達が押しかけてやろうか?」
征一郎がアルカイックスマイルを浮かべた。彼なりの冗談だったのだろう。
「あまり二人の邪魔はしたくないな……」
「オレも征十郎に賛成」
「僕は興味あるんだがな。アレックスのバスケ」
「そうだな。WNBAで活躍してたらしいしな」
――征十郎はバスケのことに詳しい。他にも、いろいろいっぱい詳しいことがあるけどな。博覧強記って言うんだろうな、そう言うの。
「さてと、黒子とも話がしたくなって来た。LINEにいるかな?」
「あ、オレも話したい」
でも、それより先に皿洗いだってしないといけないし。
「征十郎。アンタはさ、一足先にLINEやってていいよ」
「けど、後始末はしないと」
「オレだって皿くらい洗えるよ」
オレは、唇を尖らせた。二人の赤司に甘えさせてもらってばかりいたら、何だか、オレは本当に愛玩犬みたくなっちまいそうで――。座敷犬みたいに可愛がられるのも悪い気はしないが、オレはチワワじゃない。人間だ。
「皿洗いはオレに任せてくれよ」
「でも、光樹には美味しい焼き飯作ってもらったばかりだからなぁ……」
「美味しいと言ってくれてありがと、征十郎。だけど、後片付けも料理のうちだよ」
「じゃあ、光樹に任せるか」
「征十郎!」
「まぁまぁ。光樹の言う通りじゃないか。――偉いぞ。光樹」
征十郎がオレの頭を撫でる。だから、犬扱いすんなってーの。
「じゃあ、僕はスマホ取って来る。――光樹。リビングで待ってるよ」
「ああ……」
「さてと、ご馳走様。コーヒー旨かったぞ。征十郎」
征一郎が征十郎に礼を言う。征一郎は、何となく人当たりが良くなったような気がする。オレも、天帝のオーラに慣れて来た気がする。
――そういえば、オレも征十郎、征一郎と、普通に呼べるようになったなぁ。最初のうちは噛み噛みだったのに。
皿洗いを終えて、リビングに行く。二人の赤司がスマホを覗いている。うーん、写真に収めたい。
「二人とも。黒子いた?」
「いる。今、話しているところだ」
征一郎の声は、征十郎より若干硬質の声だ。征十郎の声の方が何となく柔らかい響きを帯びている。でも、どっちが怖いかと訊かれると――。
白状しよう。オレは征十郎の方が怖い。
何だか、征十郎の抱えている物の方が根が深そうだからなぁ……。怖くないからこそ、オレは征十郎が怖い。オレが単なるビビリなだけだと言われればそれまでだけど――。
「オレ、黒子とも話したいけど、まだちょっと勉強してくるよ」
「そうかい。困ったことがあったらいつでも言ってくれよ」
後書き
私も焼き飯が食べたくなって来ました。チャーハンとかもね。
勉強に打ち込む降旗クンは偉いです。大学生ですからね。課題も難しいでしょう。
降旗クンは真面目です。
2020.05.29
BACK/HOME