ドアを開けると赤司様がいました 147

「後はま、詳しい住所を人に訊いて教えてもらったんだけどな――鍵がかかっていたから帰ろうと思った時にオマエらが来たんだ。グッドタイミングだったね!」
 アレックスさんは豪快に笑う。アレックスさん……どうでもいいけど、あぐらかくのはやめてくれ……。せっかく美人なのに男言葉だし。オレ、アレックスさん見てると女に対して夢も希望も持てなくなるぜ……。
 だから男に走った訳じゃねぇんだけど。
 しかし、このパターン、ちょっと灰崎と被る。灰崎のあれは不法侵入だけどな。そういや、青峰に勝手に入られたこともあった。
 ――オレん家、居心地良さそうに思えたのかな。いや……。
 オレは赤司達に目を遣った。皆、赤司が目当てで――赤司を頼りにやって来たに違いないんだ……。

「デリーシャスだな、このグリーンティー!」
 アレックスさんが目を丸くしている。
「流石光樹の淹れたお茶だな。味も香りも全く損なわれていない。キミは優秀な生徒だよ、光樹」
「後、僕が茶葉を選んだからだな」
 征十郎が褒めてくれ、征一郎がさり気なく自慢をする。もうお茶も冷めている頃だろう。猫舌な赤司達でも大丈夫だと言う訳だ。
 アレックスさんがいなければ、楽しい団欒の時間だ。オレは、アレックスさんを邪魔者に感じている自分に気づき、それを恥じた。――昔、あんなにお世話になったと言うのに……。特に、火神や氷室サンなんかは。
 いや、でも、やっぱり言わなきゃいけないこともあるだろう。オレは、意を決して口を開いた。
「なぁ、アレックスさん。やっぱりアンタ氷室サンのとこへ行った方がいいんじゃない?」
 ――オレは、自分の考えを声に出して言った。
 アレックスさんが氷室サンのところへ行けば、二人は男と女の関係になるかもしれないけど、氷室サンだってもう大人だ。婚前交渉なんて、それぐらいのことは……。兄ちゃんだってやってるし、オレだって征十郎と――。
「そうですね。あなたが氷室サンのところへ行けば、万事丸く収まる」
 征十郎も、征一郎も優しい目をしていた。
「そうだな……」
 アレックスさんが呟く。
「私が……恐れてただけかもしれないな。しかし、コウキ――オマエ、チワワボーイのくせになかなか言うことが大胆じゃないか」
「チワワボーイ……わかってるけど、改めて言われるとちょっとな……」
「何でだ? コウキ。チワワ嫌いか? チワワは可愛いだろ?」
「だって、臆病で小さくて弱そうで――」
「コウキ……」
 アレックスさんは咳払いをする。
「臆病なのはすぐに罠に飛びつかないこと。注意深く周りを見渡せて安全を確認出来ること。小さいのは相手の目を欺けること」
「で、でも……」
「オマエは弱そうでいて弱くなんかはないぞ、コウキ」
 ――そこで、オレは、
(降旗クンて一見弱そうだけど、弱いなんて私、一度も思ったことないわよ)
 と言うカントクの言葉を思い出した。
 カントク……。
「アレックスさん……弱そうに見えるのも武器なんですね」
「ああ、そうだぞ」
 アレックスさんが頷く。
「キミの弱そうな態度に僕もすっかり騙されてしまったからね」
 優雅な微笑みを浮かべながら、征一郎がそう評価してくれる。
(――ボクもです)
 昔、カントクの言葉の後にそう続けて言ってくれた黒子のことも好きになった。元々黒子は嫌いじゃなかったけど。ただ、影がウスいヤツだなぁ、とは思ってたな。
「それに、コウキはこんな美味しいティーを淹れられるしな」
「いやぁ……」
 オレは自分の茶色の髪を掻き揚げた。これは地毛なんだ。火神なんて真っ赤な髪だし、他にも派手な髪のヤツらはいっぱいいる。特に、キセキのヤツら。
 黒子は水色だし、赤司だって赤い髪だし――。火神と比べると同じ赤い髪でもちょっと感じは違うけどな。色のせいかな。顔立ちのせいかな。
 桃井サンなんて明るいピンクだし――。似合ってるからいいんだけど。
「そうですね。全く、いい嫁をもらったものですよ」
 ――へ? 征十郎の嫁って、もしかしてオレ?
「征十郎、光樹を独り占めするな」
 征一郎まで参戦して――全くもう……!
「セイジュウロ―。セイイチローも、オマエら、コウキとそう言う関係なのか? 二人のアカシはゲイなのか? コウキが好きなのか? だとしても、人を愛することは悪いことじゃないと思うけどな」
 アレックスさんがニカッと笑った。彼女のピンクのフレームの眼鏡から覗く奥の目が爛々と輝いているように見えるのは気のせいか?
「わかりますか? アレックスさん」
 征十郎が言った。
「おう。コウキは可愛いもんな。男にもモテるの、わかるぞ」
 と、アレックスさん。
「――ですよね」
 征十郎は頷くが、オレは内心複雑だった。オレだって男なのに、男にモテたってなぁ……。オレが女だったら嬉しく思っただろうか。
 いや、質の悪い冷やかしと考えて腹が立つような気がする。
 幸い、オレは征十郎に他意はないことは知っているが――。オレだって……ネコ役ばかりやりたくないぜ。専門用語でウケって言うみたいだけど。
 オレだって、征十郎を抱きたいと思ったことがあったんだから――。
 今は征一郎がいるし、征十郎は立派な男だから、オレは相対的に女役にされてしまう。くそっ。赤司達よりも強い男になりたかったぜ。
 でも、赤司達より強い男なんてそうそうはいないと思う。青峰だって緑間だって、赤司達には敵いそうにないもんな。後は、火神とか……黒子とか? 黒子は一見か弱く見えるし、存在感もウスいけど、中身は立派な漢って感じがする。
 ――火神を押し倒すようにゃ見えないけどね。黒子は。
「アレックス。これからどうする? 僕達は光樹しか目に入らないから、ここは安全だよ」
 征一郎……オレだって男だってこと、忘れてないか? まぁ、オレがアレックスさんを襲ったって反撃されるだけだろうけどな。アレックスさん強いから。
「光樹がアレックスに手を出したら僕達が問答無用でおしおきしてやるからな」
 征一郎がそう言って舌なめずりをする。怖いよー……! やっぱりオレはビビリの光樹だよ……!
「ん。コウキのことは信じてるからな。でも、私はタツヤのところへ行くよ」
「そうですね。それが一番いいと思います」
 征十郎がアレックスさんに同意した。確かに、氷室サンとアレックスさんだったら美男美女同士、似合いのカップルだよな。ちょっと年は離れているかもしれないけど――氷室サンだって結婚出来る年齢だ。 
「私な――ほんとはちょっと怖かったんだ。タツヤに拒否されるのが」
 へぇ……アレックスさんて、意外と女らしいんだ……。アレックスさんの意外な一面を見た気がした。
「大丈夫ですよ。アレックスさん。オレ達を除けば、アレックスの魅力に落ちない男なんていない」
「おー、サンキューね。――両方とも赤い目だからセイジュウロ―か……。セイジュウロ―、お礼にチューしてやろうか?」
「結構です。それに……アレックスさんには氷室サンがいるでしょう」
「その通りだ。アレックス。僕達もあなたの恋を応援している」
「セイイチローもいい男だな。……コウキ、なかなかいい男達だな」
「そうだね……」
 ちょっと複雑な気がして、オレは答える。赤司達にはもっといい相手がいるんじゃないか――いつも、そう考えてしまう。アレックスさんのような、とまでは行かなくとも――。
「氷室サンに追い出されたら、いつでもオレ達がここで待っているから……」
「セイジュウロ―……!」
「そうそう、オレも歓迎するよ」
 オレは、ちょっと社交辞令も交えて続けた。
「コウキもいい男だ。セイジュウロ―やセイイチローが惚れるのもわかるぞ。オマエら――二人のアカシの恋は私も応援してやるからな。いっそ三人で結婚するといいぞ」
「ははっ……」
 アレックスさんのバクダン発言に、オレは冷や汗をかきながら力なく笑うしかなかった。
「元より、光樹のハートは僕が頂くところだ。セイジュウロ―なんかに渡しはしない」
「何だと? オレだってキミに負ける気はしないよ」
「おー、恋の鞘当てね。珍しいものが見れたぞ」
 アレックスさんははしゃいでいる。恋の鞘当てって、どう言う意味だ?
「さてと――これ以上いても未練が残る。私はタツヤのところへ行く。……話を聞いてくれて、ありがとな」
 アレックスさんがウィンクをする。何と言うか、最後まで――アレックスさんはアレックスさんだったな……。
 彼女の恋が無事実ることを祈るよ。というか、アレックスさんの魅力に抗える男なんているかどうかわからない。あの、氷室辰也サンでさえ。
 男らしい口調も乱暴な仕草も、段々アレックスさんの魅力に思えて来るから不思議だ。それに――アレックスさんはスタイル抜群の美人だから。
 氷室サンは果報者だな。アレックスさんみたいないい女にこんなに想われてるなんて。尤も、氷室サンだっていい男だけど。
「良かったな。アレックスさん」
 ――赤司がぽつりと言った。オレもそう思う。
 それに、もし万が一アレックスさんが氷室サンのところから追い払われたら、今度は喜んで迎えてあげよう。それが、オレ達の役目だ。この日本で、帰って来るところがあるというのはアレックスさんにとっても心強いだろう。
 アレックスさんはしばらく見ない間にますます綺麗になっていた。……いい恋をしているからだと思う。オレだって、赤司達とのことがなければ惚れていたかもしれない。多分、何も出来ないと思うけど。

後書き
降旗クンは弱そうで弱くない。カントクだって弱いなんて一言も言ってませんものね。
アレックスさんだって、降旗クンのことは認めているのですよ。きっとね。
2020.05.24

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