ドアを開けると赤司様がいました 146

 征十郎も征一郎もどこか楽し気だった。オレ達は帰途につく。
「なかなか有望そうな青年が集まっている学校じゃないか。……まぁ、オレ達には敵わないけどね。前の公式試合でも勝ったのはオレ達の学校だし」
 へいへい。そうですとも。何さ。いい気になって自慢しやがって――。いい気になる資格は征十郎には充分あるかもしれねぇけどな。
「光樹。今度は僕がアンクルブレイクを教えてあげるよ。皆、光樹にかしずくよ」
 と、征一郎。悪いが、オレは選手にかしずかれることに興味はない。見ている分にはかっこいいと思うけど。
「それは征一郎の得意技じゃないのか?」
「そうだね。征一郎はアンクルブレイクが得意だったね」
「人を跪かせるのは得意なんだ」
 征一郎が自慢気に言った。車が排気ガスを撒き散らしながら走って行く。地球環境には良くなさそうだ。オレは国産車の方がいい。尤も、今時の国産車は機能が無駄に豊富らしく、オレなんかが使いこなせるかどうかわからないが。
「着いたよ」
 オレ達はドアを開けて階段を昇ろうとする。――ん、人影がある。女だ。それに、この部屋はオレ達の部屋があるところじゃないか。そう――それに、この女は見覚えがある。というか、一度見たら忘れない女と言うか――。
 ポニーテールをした長い金髪に眼鏡、豊かな胸。すらりとした長い足――。アレックス――本名はアレクサンドラ=ガルシア。
「コウキ!」
「あ、アレックスさん……!」
 何でアレックスさんがこんなところに?! 征十郎と征一郎が警戒モードに入る。オレは赤司達みたいに心は読めないけど、雰囲気でわかる。二人とも戦闘態勢だ。
「アレックスさん……」
 頼むから何もしないでください。そうオレが言う前に、アレックスさんは抱き着いてキスをした。――アレックスさんはキス魔なんだ。柔らかい唇の感触。ほのかにシャンプーの香りがする。
「な……! あの女……僕の光樹に……!」
「静まれ、征一郎――」
 今度は征十郎が征一郎をなだめにかかる。男同士のコミュニケーションは良くても、女とのそれは許せないと言う訳か。征一郎は。何て勝手なヤツだろう。
「ん? 妬いてるのか? 赤司。確か、赤司だったよな」
「はい。こんにちは。アレックスさん。確か初詣にも来てましたよね。オレは征十郎でこっちは征一郎」
「おう、前から知ってたぞ。生のプレイも観たことあるからな。Jabberwock戦もな。なかなか大した選手じゃないか」
「どうも」
 征十郎が如才なく短く答える。
「それに、凄いキュートボーイね。オマエらにもキスしてやる。女神のキスだぞ~」
「悪いけど、遠慮しておきます」
「いいじゃないか。征一郎。有り難く受け取っておこうよ。こんな美女にキスされるんだ。男冥利に尽きると言うものじゃないか」
「……そうだな。間接キスだしな……」
 何でアレックスさんにキスされるのが間接キスになるんだ? 変なこと言うな。征一郎も。征十郎がくすっと笑った。
 征十郎は嬉しそうに――と言うか、慣れた感じで、征一郎は苦痛を耐えるようにアレックスさんからのキスを受けた。そういや、征一郎とアレックスさんはほぼ初対面だったな。
「何でここに来たんですか。アレックスさん」
「んー、タイガに追い出された」
 ――というか、日本に来てた訳?
「オマエらのこともタイガから詳しく聞いたぞ~。この辺に住んでるって言ってたから、探したんだぞ。コウキにも会いたかったしな」
「光樹。やっぱりこの女と……」
「いや、違う、違う」
 オレは勢い良くぶんぶんと首を横に振った。そりゃ、アレックスさんはいい女だけど、オレは美人のキス魔よりも、もっとたおやかな――なんて言うか……大和撫子のような? ああ言う方がタイプなんだ。
「本当に違うみたいだよ。征一郎」
 征十郎の言う通りだ。心でも読んだのかな。でも、まぁいい。征一郎の表情がほんの少し緩んだので、オレは(助かった……!)と思った。
「そうそう。それにアレックスさんには本命がいるし――」
 確か、そんな話だった。だってアレックスさんには氷室サンがいるし――。
 氷室辰也。大学バスケでもイケメンで有名。高校の頃からモテてたんだから、オレが敵う訳ないよな。しかも、優男に見えるのに、結構喧嘩も強いらしい。
 大学は東京で、秋田から上京して来たって話だけど、どうしてそっちに行かなかったのだろう。火神のとこなんか行かずにさ――。
「アレックスさん。どうして氷室サンのところに行かなかったの?」
「おー、コウキ。その質問はハレンチというものだぞ。私がタツヤのところへ行ける訳ないじゃないか」
「え? どうして? だって、アレックスさんは氷室サンが本命なんでしょ?」
 オレの言葉に、アレックスさんが真っ赤になった。
「光樹……オマエのその鈍さは時として罪になるぞ」
 征十郎が窘めるようにしてオレの方に手を置いた。は? 罪になるって――? オレ、ほんとのこと言っただけじゃん。
「アレックスは照れてるんだよ。本気だからこそ、尚更氷室サンのところには行けないって訳だ。好きな人のところに行けば、どうしても同衾したくなるだろう?」
「せ、征一郎……同衾て……」
 オレは焦った。何を言い出すんだ、こいつは――。
「まぁ、僕はアレックスの気持ち、わかるぞ」
 征一郎にわかられたってなぁ……アレックスさんだってどう答えたらいいか迷うだろう。
 ――だが、そんな心配は無用だった。
「おー、セイイチロー。オマエにも私の気持ちがわかるか? ん? お礼にもっかいチューしてやろうか?」
「結構です」
 征一郎はきっぱりと答えた。
「せっかくのキュートボーイなのになぁ……」
 アレックスさんは残念そうな声だ。
「セイジュウロ―、慰めてくれるか?」
「いや、その役目は氷室サンのところに……アレックスさんは氷室サンが恋人なんですよね」
「ん……」
 アレックスさんがはらはらと泣き出した。
「せっかくジャパンに来たのに、タツヤのヤツ、私にキスもさせてくれないんだぞ。タツヤとはまだ結婚してないから、一緒に寝ることも出来ないし……」
 アレックスさんにもアレックスさんなりの苦労があるんだなぁ……。
「取り敢えず入ろう。今日は鍵をかけてしまったからね」
「うっうっ。ありがとう、えーと……」
「征十郎です」
「セイジュウロ―、オマエはいい男ね。ナイスガイね。セイイチローと同じように」
 征十郎は如才なく、ありがとう、と答える。
「今、お茶淹れますからね」
「オレが淹れるよ。征十郎」
「ありがとう。光樹。でも、アレックスさんと積もる話もあるんじゃないか」
「征十郎は、光樹が本命でない人間には優しいんだな」
「キミも人のことが言えるのかい? 征一郎」
 ……ああ、何だよ……また喧嘩かよ……いい加減にして欲しいなぁ、もう……。オレは溜息を吐いた。こんなヤツらに構ってられない。オレは言った。
「――やっぱりお茶はオレが淹れるから」
「おー、グリーンティー、頼むぞ。抹茶でもいい」
 ……緑茶に抹茶か。アレックスさんはなかなか渋い趣味をしている。
「じゃ、緑茶で」
「楽しみにしてるぞ」
 オレは人数分、緑茶を淹れた。緑茶の美味しい淹れ方は征十郎に学んだ。征十郎達のおかげで、オレの生活水準は上がった。美味しい食べ物や飲み物、清潔な衣服。バスケの話題。
 ――ここは、飽きねぇなぁ。
「なかなかいいところじゃないか。コウキ。……タイガのところも良かったがな」
「火神はミニマリストなんだよ。バスケのことしか頭にないから――」
 そう。火神はバスケ特化型人間だ。日本人に生まれたのが間違いかと思うぐらい、背が高くてバスケが上手い。尤も、この頃は日本人のバスケのレベルも上がって来たけどな。
「んで、何? 何で火神のとこ追い出されたの?」
 オレは一応訊く。好奇心もあったかもしれない。
「あー……それな……」
 アレックスさんが言いづらそうに頭を掻く。何があったんだろう……。
「――クロコが遊びに来た時に私、裸だったね」
 火神にも言いたいことはいろいろあっただろう。……多分、それが爆発したのだろう。黒子の手前、裸のアレックスさんを家に置いとく訳にもいかない、と思ったのだろう。
 黒子だってアレックスさんの性格はわかっていると思うが、火神だって男だもんなぁ。例え、頭の中にはバスケしかないと言っても。でも、黒子とはいい仲なんだっけ。黒子は男でも、火神とデキてんなら、普通は修羅場を覚悟しなくちゃなんねぇところだよなぁ……。
「すごーい剣幕で怒鳴られたね。『出て行けーっ!』って」
「火神がそう叫ぶのもわからないではないけれど……何でうちに?」
「どこ住みかはタイガに前もって聞いてたしな。タイガの家の近くだし、タツヤの家にも行ける訳ないし」
 今回は鍵かけてから出かけてて良かった。アレックスさんに家に入られてたら、こっちが大変な目に遭うところだったと思う。しかも、アレックスさん、すぐ裸になるもんなぁ……。赤司達も「出て行け」って言うだろうな……。
 て言うか、アレックスさんにずっといられるとオレの理性が持つかどうか――。ああ、だから火神のヤツもアレックスさんのこと追い出したんだな……。

後書き
火神クンに追い出されたアレックスさんが降旗クンと赤司達のところへやって来ました。
出会い頭に無理やり降旗クンにキス! ……アレックスさんて、そう言う人だと思うの。
2020.05.22

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