ドアを開けると赤司様がいました 145

 そして――有山がやって来た。何だ。予定より早く着いたな。
 有山瞬は、ピアスに茶髪。いつもと同じ格好だ。先生も有山の格好には何も言わない。その辺は緩い大学なのだ。
「降旗!」
 有山が抱き着いて来た。ええっ?!
 整髪料の匂いが鼻をくすぐる。いい匂いでない訳ではないんだけど、今はそれどころじゃなかった。パイプ椅子に座っていた二人の赤司が、がたんと立ち上がる音が聴こえた。
「やぁ……キミが有山クンか……光樹から話は聞いてるよ……」
 征十郎がドスの効いた声で言う。怖いんだけど……。
 あれは、征十郎が本気で怒った時の声だ。何で怒ってんのかしんないけど――何とか怒りを治めて欲しいんだがなぁ……。
「1on1やろうぜ。光樹」
「え? それは先生に訊かないと――」
「ちょうど今、コートを一面空けてやれるけど?」
 バスケ部の主将が言った。また有山と勝負か……でも、面白そうだな。どうせ、昨日ははっきりとした決着はつけらんなかったんだし、やってもいいかなぁ。オレは体がうずうずして来た。
「……負けないからな!」
 なんか有山、昨日までと違う。目が変だ……。ううん。変じゃないんだ。気の合うライバルを見つけた時のような、楽しそうな目なんだ。
 そういや、最近、黄瀬がこんなこと言ってたな。
(降っち、聞いて~。オレ、昔、誠凛に負けた時、緑間っちに『目が変なのだよ』って言われたんだよ。酷いと思わね?)
 ……思わない。それって褒め言葉じゃん。緑間は、黒子の言う通り頭良いけどバカだから、そう表現することしか出来なかったんだと思う。それともわざと?
 黄瀬と緑間のことはいいや。緑間はすげぇツンデレだから。高尾も大変だな、と思う程に。でも、高尾も緑間といて、結構楽しんでいるようだからな。
 きっとオレも昔の黄瀬や、今の有山と同じ目をしていることだろう。
「はい。じゃあ、ゴールに先に入れた方の勝ちな」
 先生が審判を務めてくれる。ちょっと申し訳ない。
 コートは神聖だ。ここに立つと心が引き締まる。そして――ティップオフ。
 先生が投げたボールはオレが受け取ってドリブルを始める。そして、有山を抜こうとするが……。
「ぬ、抜けない……!」
 有山を抜くことが出来なかった。そういえばこいつ、ラフプレーが学内で有名だったけど、ディフェンスもオフェンスも上手かった。昨日は油断しただけなんだってありありとわかった。こりゃ、オレ、調子に乗り過ぎたな。
 なーんてね。
 伊達に二年もカントクや先輩達のしごきに耐えて来た訳じゃない。ダンクが出来なければ普通のシュートを打てばいいんだ。
 ――有山の目が真剣になる。スキを見せたらボールを取られる。
 オレは、こっからならシュートを打てる。緑間並みとまではいかなくても――日向サンには負けないかな。日向サンは年上で、シュートも凄く上手かったけど。オレは日向サンんから徹底的にシュートを叩き込まれた。
 緑間のようなシュートを打ちたいけど、その考えは一旦捨てる。緑間は――というか、キセキの世代は赤司含めて全員バスケではバケモンだ。
 オレには緑間にとっての高尾みたいな存在はいない。赤司達? 上手過ぎて参考にならねぇもん。
 一瞬立ち止まってシュートを打つ。――入った!
「勝者、降旗」
 審判をやっている先生がコールする。
「降旗~。何でダンクやんねぇんだよ~」
「え~? だってオレ、普通のシュートの方が得意だもん」
「出し惜しみしてんのかよ」
「え~っ?」
 オレの間抜け声を聞いた有山が笑いながらオレにヘッドロックをかます。……手加減はされてたよ、手加減は。でも、それがわからないヤツもいるんだよね……。
「有山! 光樹から離れろ!」
 征十郎が叫んだので、オレの方がびっくりした。別段、男同士のコミュニケーションだよな……。
「落ち着け。征十郎……」
「でも、光樹が……」
「征十郎。僕だって伊達に帝光中の主将や洛山のキャプテンを張ってた訳ではない。……ただのじゃれ合いだ」
「わかってる。でも、もし何かあったら――」
「その時は先生や警察がいる。心配ない。オマエにもわかるだろ。こんなの暴力のうちに入らない」
「光樹に暴力だって?! 光樹に暴力……オレの光樹に暴力を振るうヤツは許さない……!」
 オレの光樹って、何だそれ。それに征十郎ってこんなキャラだったっけ。
「何だよ。赤司の兄ちゃん。あー、さては、オレと降旗の仲の良さが羨ましいんだろう」
 有山がオレの肩に頭を乗っける。火に油を注ぐようなことはしないでくれよ。有山……。ああ、早く冷たいシャワーを浴びて汗を洗い流したい……。まだ初夏にもなってないというのに、体育館は蒸し暑いから……。
 征一郎がくわっと目を開く。
「征十郎、ここは僕が……!」
 征一郎――少しは大人になったと思ったのに……。
「やめてくれ。征一郎。――有山クン。えーと、下の名前は?」
「瞬だ。有山瞬」
「光樹に手を出さなければ、俺達は何もしないよ」
「――ふぅん、オマエら、そんなに降旗を大事にしてんのか……。良かったな。降旗」
「う……うん……」
「有山……満更話がわからない男でもなさそうだね。だけど、暴力は良くないぞ」
「あーんなの、暴力じゃねぇだろ、な。そうだろ? 降旗」
「まぁね」
 ちょっと苦しいは苦しいんだけど、有山のヘッドロックには親愛の情があったからなぁ……。
「そっか。ごめんな。赤司さん。アンタの大事なお姫様に手出しして」
「え……?」
 オレは絶句した。征十郎もぽかんとしている。征一郎だけはうんうんと頷いていた。お姫様って……オレ、男なんですけど……。大体こんなフツメンのお姫様なんている訳ねぇだろ……。
 ――呆れて溜息が出るよ。
「ま、結構楽しかったぜ。またやろうな。1on1」
「ちょっと待て。理由はどうあれ、オマエは俺達の光樹に暴力を振るった。その償いはしてもらう」
「な……何だよ……だから、あれは暴力じゃねぇって……」
「オレと1on1をしてもらう」
「それだったら征十郎、この僕が――」
「いいからキミは黙っててくれ、征一郎」
 征十郎が征一郎をぎろりと睨んだ。わわっ。本気の赤司だ。怖いよー。有山なんかより数倍怖い。――尤も、征一郎は特に気にかけた様子もなさげにただ肩を竦めただけだったが。
「へぇ、面白いじゃん。赤司征十郎って、有名だから一度手合わせ願いたいと思ってたとこなんだよね」
 嗚呼、冗談でもそう言うこと言わねぇ方がいいと思うよ。有山……赤司に冗談は通用しねぇんだから。どっちの赤司にもな。
「あ、有山、その辺にしといた方が……」
「いいから、降旗はそこで見とけよ。な?」
「面白いことになって来たな……」
 宮園先生がぽつんと嬉しそうに呟く。――勿論、先生は審判も買って出た。
「ティップオフ!」
 そして――有山は征十郎に瞬殺された。征一郎が無表情でパチパチと手を叩く。
 な……征十郎! 今の本気だっただろ……!
「何だい、もっと歯ごたえのあるヤツかと思ったら――光樹。こんなヤツ相手にあんなに手こずっちゃ駄目だろうが」
「よく言った征十郎」
 うう、征十郎も征一郎も酷い……。それに、赤司達の強さは規格外れだよ、人外だよ……。エンペラー・アイなんて人間離れした技を持つ相手に、普通の人間の有山が勝てっこないじゃん。
「あ、有山……」
 流石のオレも気になって有山の元へ駆けつける。
「へーき。赤司とプレイ出来て光栄ってなもんさ」
 ――有山は傷ついた様子もない。よ、良かった……。征十郎に負けても、恥にはならないもんね。有山が整髪料の匂いをさせながらオレの耳元で囁く。
「……今度はあいつらのいないところでイチャイチャしような」
 何だよ、イチャイチャって……オレ、もしかして男にモテるの? なぁ、有山……冗談だよな、なぁ、冗談だよな……! ――ああ、征十郎と征一郎のオレを見る目が怖い……。
「有山瞬……もっと痛めつけてやれば良かったな……」
 やめてくれ! 征十郎……そんなことしたら、オレ、この学校にいらんなくなるよ。……全く、どいつもこいつも。
「ま、せっかく来たんだし、ちょっと遊んで行くか。オレ達が帰った後、有山が何をするか心配だし、どうせ帰ったところで休みで暇だしな」
「付き合うよ。征十郎」
 赤司達ってば、ここに居座る気か……!
「おお! 願ってもない親善試合だな」
 先生は嬉しそうだ。人の気も知らないで……。赤司達の前にわっと人だかりが集まった。男子も女子もいる。赤司達には老若男女にファンがいるようだ。
「赤司さん! アンクルブレイク教えてください! あれ、超かっこいい……!」
 そんな純真な男子学生の要望に、征十郎は「わかった」と答える。オレは少し面白くなくなった。でも、その理由を追及すると、オレも困ったことになりそうなので、考えるのは止めにした。

後書き
有山とじゃれ合う降旗クン。
赤司征十郎は心配性(笑)。
2020.05.20

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