ドアを開けると赤司様がいました 144

 夕食は美味しかった。征一郎が作ったんだから、当然といえば当然なんだけど、オレは征一郎と神様に心の中で感謝をした。
 後片付けの台所は、洗剤のいい匂いがする。食器を片付け終わった後、オレは兄ちゃんに電話をかけた。
「あ、もしもし、兄ちゃん――」
『よぉ、光樹。声がいつもより明るいな。どうした?』
「兄ちゃんの声が聴きたくなって」
『嬉しいな。愛する弟よ。……オレもダンクの練習することにしたぜ。――オマエのおかげでそんな話になったんだ。弟が出来るのに、兄であるオレが、ダンク出来ませんじゃ話にならないもんな』
「オレのことなんて話題に出さなきゃ良かったのに……」
『いやぁ、参ったぜ。会社に本気でバスケ好きなヤツが一人いてな。オマエのダンク動画も観たらしい』
「そう……」
 あの動画は至る所で波紋を広げているらしい。そういえば、有山がつっかかって来たのだって、それからオレとの勝負を受けたのだって、あのダンク動画があったからではないか?
『オレも少しずつ練習することにしたよ』
「兄ちゃんは仕事が忙しいだろう?」
『ああ、だけど――このままじゃ兄としての面目が立たないからな』
 兄ちゃん……。
「ごめんな。兄ちゃん」
『いやいや。弟が一部にだけでも有名になって、オレは鼻が高いよ。あの泣き虫だった光樹がなぁ……』
「兄ちゃん! それは言わない約束!」
『わかったわかった。でも、子供の頃が懐かしいな。オマエ、いつもオレの友達にいじられてたっけな』
 やっぱりそうか……。
「兄ちゃん、一緒にバスケの練習する?」
『そいつは願ってもない……と言いたいところだが、オレも忙しいし、オマエも忙しいだろ? オマエ、バイト始めたんだっけな』
「うん。土曜と日曜」
『母ちゃんから話は聞いてる。オマエからも聞いたし。オレは弟の成長が嬉しいよ。これ、マジだぜ。――ガンバレよ』
「うん……」
『オマエ、バスケ始めてから変わったんじゃねぇか? 友達も沢山出来たようだしな。……ふっ、そういえば――オマエのウィンター・カップ初出場の時の話を聞いたんだが――オマエ、赤司征十郎と戦ったんだってな』
「そうだけど……」
『ライオンの前に出て来たチワワみたいなヤツだった、と皆が言ってたけど……オマエ、そのライオンと一緒に暮らしてるんだよな』
 正確に言えば、そのライオンは、二匹。
『いや、お兄ちゃんも嬉しいよ。オマエが赤司達兄弟と一緒に住める程、神経が太くなったのを知ってさ』
 ああ、赤司達は兄弟ということになってるんだった。事実、征十郎と征一郎は兄弟みたいなもんだったしさ。
 もう一人の赤司――僕司に征一郎と名付けたのはオレなんだよ!
 言いたい! 言ってしまいたい!
 ああ、でも、それを言ってしまったら、もし征一郎の本当の出自が世界中に明らかになってしまったら――本当に征一郎は消えてしまうかもしれない。いたたまれなくなって。
 そんな殊勝な性格かどうかわからないけれど、征一郎のことは秘密にしていた方が良さそうだ。
 昔は兄ちゃんに何でも言って来たのにな――でも、大人になるって、秘密を持つことなんだ。兄ちゃんだって……。
『あ、悪い。今、彼女が来てるんだ』
 ほら、やっぱり兄ちゃんにも秘密があるんじゃん。しかも、彼女だって? もしかして、その人と結婚するつもりなの? 兄ちゃん。
『このことは、まだ親父達には言うなよ』
「わかってるって」
 オレは小さく笑った。彼女とどういう夜を過ごすかは……オレだってもうわかってるつもり。オレだっていつまでも子供じゃないしな。
 それに……オレだって征十郎と寝たことがある。それは、征一郎にも知られたくなかったオレの秘密。兄ちゃんには思いもよらないことだろう。兄ちゃんは常識人だから。
 ――というか、オレが変なのか?
「父ちゃん達には言わないからさ。……後でハーゲンダッツおごってよ」
『ちっ。ちゃっかりしたヤツだな。でもま、それだけで済むんなら……その代わり、後で赤司達にも会わせろよ』
「うん」
 電話が切れた。――何だって? そう訊く征一郎にオレは、
「内緒話!」
 と、答えた。
「なぁ、光樹……今夜、一緒に寝ないか」
 と、征一郎が言う。
「な……!」
 オレは絶句した。それで征一郎が元気になるなら、オレだってやぶさかではないと思う。だけど――。
 隣には征十郎が来ている。ちょっと困ったように、光樹……と、オレの名を呼ぶ。
「ただ、寝てくれるだけでいいんだ。ま、つまり添い寝だな」
 征一郎が続ける。――なんだ。良かった。オレはほっとした。
「オマエに手を出したら、征十郎に殺されかねない」
「わかってるじゃないか。征一郎」
 添い寝だけだったら、いくらだってしてやるよ。それで、征一郎の存在が寝ている傍で確認出来るのなら。
 オレは、二人の赤司を両隣にして寝た。なかなか寝付けないんじゃないかと思ったが、すぐにすんなり眠りについてしまった。

 翌日、オレは赤司達とフェラーリ(だったかな?)で大学へ向かった。満員電車は人目を惹き過ぎるんだそうだ。フェラーリも充分人目を惹くけど。
「ああ、ここだ」
 征十郎が運転してくれた。オレも一応車は動かせるんだけどね。
 でも、こんな高級車に傷をつけたら、赤司達の報復が怖い怖い。
 ――有山が来るのは正午近くって言ってたな。……赤司達は先生にアポを取ったらしい。
(すごいわねぇ……二人の赤司様よ。ほら、赤司様って二人いるって噂だし)
(迫力~!)
 うちの女子大生が囁き合ってる。
 確かにこの二人が並ぶと並々ならぬオーラがあるな。どちらも赤司家の人間だもんな。――将来、必ずリーダーシップを取る役割を課せられた人間のオーラだ。だが、チワワメンタルなオレもようやく二人に慣れて来た。
「おはようございます。赤司さん達」
「初めまして。えーと……」
「顧問の宮園です」
「今日は宜しくお願いします」
「あいよ」
「なぁ、光樹。今回は部外者だからって追い出したりされないよな」
 征十郎はそのことが気になっているらしい。多分冗談だと思うし、それに、アポ取ったんだから大丈夫なんだけど。
「僕は別にスパイではありませんので」
 征一郎が言う。先生はあはは、と笑った。
「君達はスパイする必要はないだろう。むしろ、こっちからバスケ教えてくださいと頼む方だよ。――伝説のJabberwockとの一戦、まだ覚えてるよ」
 そうだ。それで、キセキの世代――特に赤司征十郎は日本中から注目されるようになったんだから。数々の強豪校から引く手あまただったと聞く。将来はNBAで活躍するのでは、と噂されてもいる。
「ええ……」
 征十郎が息を押し出すようにして答える。先生は征十郎と征一郎に握手をした。
「いい先生だな」
「うん。うちの母校のカントクの方が指導者としては上だけど」
「おいおい、相田サンと比べないでくれよ。あの景虎サンの娘とはなぁ……」
 先生は頭に手をやってあはは、と笑った。宮園先生はまだ若いが、カントクは更に若いし、それに女だ。でも、この先生には才能ある人には敬意を払うそんな謙虚さがある。
「赤司サン。降旗クンは将来このバスケ部の主将にもなれますよ」
 そんな……恥ずかしいじゃないか。先生……。それに、主将なんてオレには荷が勝ち過ぎると、何度言ったらわかるんだろう……。
「わかってるじゃないですか。宮園先生」
 征十郎がキラキラスマイルを浮かべる。わかってない、わかってないよ、二人とも――。オレがどんなにビビリか……。主将なんかになったら、大事なところで失敗しそうだぜ。
「お、オレ……着替えて来ます!」
 オレはちょっと照れ臭くなってしまい、更衣室に逃げた。まぁ、運動着に着替えたかったのも本当だけど。
 この服は動きやすい。オレはアップを始めた。
「赤司達はどうすんの?」
「練習風景でも眺めてるよ」
「オマエ、本当にスパイじゃないのか?」
 オレは念を押す。
「違うよ――オレは、有山がどんなヤツかを見定めに来たんだから。……光樹のチームメイトに相応しいかどうか。なぁ、征一郎」
 征十郎の言葉に、征一郎が「ああ」と答えて頷いた。有山なんか見てどうすんだろう。そりゃ、確かにあいつは大学バスケじゃ上手い方だけど――でも、実力なら多分Jabberwockにぼろ負けしたStrkyにも敵わない。
 ――オレだってきっとそうなんだから。赤司達はJabberwockを倒した凄いヤツらのリーダーなのに、何で有山なんかを気にするんだろう……。

後書き
赤司様達と一緒に寝る降旗クン(笑)。
お兄ちゃんにハーゲンダッツをねだるちゃっかりしたところも好きだったりします。
赤司様達のオーラは物凄いんだろうな~。降旗クンはよく平気だな、と思ったりします。
2020.05.18

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