ドアを開けると赤司様がいました 140

 大学では、チームメイト達と顧問の先生が出迎えてくれた。
「やぁ、降旗クン……」
「先生! 昨日は遅れてすみませんでした!」
「いやいや、なになに。君は自主練には大抵の場合出ていたじゃないか」
「おっす。降旗」
「よぉ、橋田……」
「今日も随分ゆっくりだったじゃねぇか」
「まぁね。でも、昨日よりはずっと早く来たつもりだよ。――着替えてくる」
 オレのユニフォームはオレがちゃんと洗っていた。昨日は、赤司達とおやすみの挨拶をした後、汗の匂いのするユニを洗濯機にかけた。赤司達は、オレ達がやるからいいのに――と申し出てくれたが。
 悪いが、赤司達をオレの家政婦代わりにしてはいけない。ご飯は作ってもらったけど。
 征臣サンだって、オレにこき使われる息子達は見たくはないはずだ。
 あー、でも、あのハンバーグ、いい具合に焼かれていて肉汁がジュっと出て、美味しかったなぁ……。
「降旗……?!」
「ん? なぁに?」
「彼女のことでも考えていたのかよ。こいつ」
 橋田がオレの頭をこつんと叩いた。
「いねぇよ。そんなの。オレの恋人はバスケだ――」
「へぇ……でも、去年だったかな。キャンパスのマドンナだったあの娘と歩いてるの見たって、ダチが言ってたぜ。――もう結婚して、大学も辞めちまったっけどな」
 そんな昔のことを――。
「降旗がうっとりしてたからさ、その娘のことでも考えていたのかなぁ、と思って」
 橋田がにんまり。う……赤司の作ってくれたチーズハンバーグのことを考えていたなんて、言えねぇよぉ……。
 でも、そんなにうっとりしてたか? オレ。見られたくなかったなぁ……先生が苦笑している。オレ達は準備運動に励む。オレの大好きなスキール音。体育館や汗の匂い。
 先生の考えたメニューはよく考えられている。――カントクの方がメニュー自体は優れてたけど。
 ――ていうか、カントクの資質は異常だ……!
 なんて、言うと、カントクに怒られるかな。オレは今でも相田先輩のことをカントクと呼んでいる。
 そこでオレは、時々先生にアドバイスをする。オレなんかじゃ、まともなメニューなんて作れないから、カントクが言ってたことを参考にする。あくまで参考までだ。
 T大にはカントクがいるからな……強敵だけど、負けないぜ!
「ふう……」
 もうすっかり汗をかいてしまった。今日は昨日とは違うユニだけど。走り込みも結構やった。後は――やっとボールに触れる。オレはうずうずしていた。
 バスケは全員が下手でも勝てるスポーツ。だからこそ、黒子だって幻のシックスマンと言われる程になったんだよな。……そんなこと言っちゃ黒子に悪いし、黒子だって努力して上手くなったんだけど。
 でも、火神と黒子が組んだ時は手がつけられないからな――。
 オレもチームに溶け込んでいるつもりだけど、黒子は……何というか、溶け込み具合が半端じゃない。
 初めて会った時は、ものすげぇ影が薄くて、びっくりしたもんな。正直、こいつもバスケやんのかと驚いた。
 オレはドリブルの練習をする。葉山サン程ではなくとも、オレも上手くなったと思う。いつか、葉山サンにドリブルのコツを聞いて来よう。……オレと葉山サンはライバル同士だけどね。
 葉山サンはすっごいドリブル上手だから――。
 葉山サンと同じ元洛山高校の選手だった実渕サンもかっこいいけど、実はオネエなんでちょっと苦手だ……。日向サン程拒否反応はないにしても。本当は優しいとわかっていたにしても。
 新年の頃、実渕サンはオレ達を手伝ってカントクや桃井サンに料理を教える手伝いをしてくれた。だから、二人はお雑煮が――カントクに至っては何とカレーも作れるのだ。
 カレーは、高校の頃にカントクが努力して身に着けた料理だけど……。
 それにしてもカントクのフルーツ鍋は酷かったな。味は良かったけど、皆死ぬ目に遭ったもんな……。
 ――というようなことをオレはドリブル練しながら考える。いけね。集中しないと。
 今はバスケの時間。考える事は後にしよう。
「ん? 降旗クン。なんか考え事? 心ここにあらずな感じじゃなかったかい。いつもはもっといい具合に集中してるだろ?」
「そうですか――?」
 やはり、宮園先生の目は誤魔化せなかったか――。
「そうかぁ? 別段いつも通りだったぜ。なぁ、橋田」
「うん」
 オレと橋田は、同じ講義を受講することが多くて、結構仲がいい。それに――オレと同じバスケ馬鹿だ。春休みに集まる連中なんて、バスケ馬鹿が多いんだけど。合コン目当てのメンバーはさっぱり来ない。
 森とか、あの辺は滅多に来ない。ヤツらは女の子の尻追いかけ回して遊んでるんだ。オレ? オレは合コンなんか行かないよ。赤司達が怖いもん。何で怖いと思うのかはわからないけれど。合コンなんか行ったら――あの二人怒るような気がして。
「よう。降旗」
 ――げっ、その声は……。
 オレの大学には簡単に言えば、三つのタイプのヤツらに分かれている。
 オレみたいな単純なバスケ馬鹿。この大学にはバスケのサークルはないから、サークル気分で女の子をナンパするヤツ、そして――。
 ――真面目な選手の足を引っ張るヤツ。この有山はその筆頭格だった。
「オマエなぁ……ちょっと調子乗り過ぎてんじゃねぇか?」
 は? 心当たりがないんですけど……。有山はオレの耳元で囁いた。
「あんなへぼダンクの動画がうpされただけで調子乗ってんじゃねぇぞ……」
 そう、ぼそっと。
 そっか。あの動画が原因か――。別段へぼダンクと言われてもその通りだから反論出来ないけど。
「おい、何か言わねぇか!」
 オレは胸倉を掴まれた。……オレもこれにはちょっとカチンと来た。へぼダンクだって構いはしない。けれど、こうやって人を脅すのは――。
「あぁ?! 何だよ。その目は――チワワ野郎のくせに生意気な」
 チワワ野郎ね……一部でそう呼ばれていることは知っている。赤司達にも「チワワみたいだ」とは散々言われて来た。でも、こんな風に扱われる覚えは、ない。
「チワワのくせに人並みに睨んでんじゃねぇよ!」
 有山が手を離したので、オレは尻もちをついてしまった。
 こういう時、赤司がいたら――。オレは、赤司にこいつのことをチクってやろうかと思った。でも、それはやっちゃいけないことなんだ。ここはオレが何とかしなければ――。
 有山がオレに蹴りを入れた。ヤツの仲間達もニヤニヤしていた。
 オレは――久々に怒りで血が沸騰するのを感じた。
「おい、オマエら――」
 オレの声は裏返るんじゃないかと思ったが、ちゃんとドスの効いた低い声が出た。
「あぁ? オレに逆らう気か? 何ならカタつけてやってもいいんだぜ」
「――カタをつけるのには賛成だな」
 オレの言葉に、有山のこめかみがぴくっと動いた。
「オマエ、喧嘩売ってんのか?」
「……いや、勝負を挑んでるんだ。バスケで」
「ほう……面白そうじゃねぇか……」
 有山が目を細めた。してしまった……人生で生まれて初めて宣戦布告というヤツをしてしまった……。昔の赤司との対決の時には……あれじゃ宣戦布告と呼べねぇよなぁ……。
「オマエなんか……インターハイでもウィンターカップでも地味な働きしか出来なかったくせに」
 ……何だよ。結構詳しいじゃねぇか。
「降旗、オレも手伝う」
 橋田が言ってくれた。
「オレもやる! こいつら前から気にくわなかったんだ」
「オレもオレも」
「――なら、オレ達もやるか」
 有山達が勝負を受けた。こっちも五人揃った。向こうも五人。5on5が出来るな。
「……やってるね。青少年」
 顧問の宮園先生が言った。先生はにっと笑う。
「バスケで勝敗を決めるのはいいアイディアだ。――俺が審判しようか?」
「お願いします!」
 オレは頭を下げた。
「この決闘を申し込んだのは降旗なんだ」
 橋田の言葉にオレはついポリポリと頭を掻いた。決闘だなんてそんな――。それに、有山のいた高校だってインターハイに出ている。一応高校からのバスケ経験者ではあるのだ。中学では知らんけど。
「では、ティップオフ!」
 オレはドリブルをしながら、いつかカントクが言っていたことを思い出していた。
(いい? 降旗君。あなたは確かに見た目は平凡よ。でも、だからこそ出来ることがあるわ。それは――)
 平凡にドリブルをして、平凡に攻めて、そして――。
「けっ、一蹴してやるぜ、こんなヤツ……」
 有山がオレの進路を阻んだ。こいつには――こんなことする資格などない!
「邪魔だ!」
「ひっ!」
 怯んだ有山に隙が出来た。オレは有山を抜いて――平凡にシュートを決めた。

後書き
悪役(?)のオリキャラ、有山クン登場~。
私は降旗クンはちっとも平凡じゃないと思いますが、本人が平凡だと思ってるんじゃね……。
2020.05.08

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