ドアを開けると赤司様がいました 138

『あ、降旗君?』
 電話の声は桃井サンのものだった。明るくて元気で――。朝から桃井サンの声が聞けるなんて、オレってばついてるなぁ……。オレは思わず脂下がる。
 だって、オレ、男だもん。女の子の声とか匂いとか、感触とかにも憧れるもん。――あまり味わったことはないけどさ……。
 それに、今は赤司達がいるから――。征一郎も、そして、普段は顔にはあまり出さないが征十郎も、焼きもち焼きではあるからなぁ……。
『あのね、青峰君、帰って来たよ。お礼の電話が遅くなってごめんね』
「いやいや」
 オレは桃井サンのピンクの綺麗に手入れされてる髪と大きなおっぱいを思い出す。今のオレの顔は、見られたもんじゃないだろう。
『……もっと早く連絡すれば良かったんだけど……青峰君のこと、ありがとうね。青峰君も凄く感謝してたよ』
 ――桃井サンはやっぱり青峰が好きなのではないだろうか。だとしてもちっともおかしくないことだし、悪いことだとも思わないけれど。でも、桃井サンは黒子が好きだと言ってるし、周りも皆そう言ってるし。
 中学時代の黒子への桃井サンへの猛アタックに気付かなかったのは緑間だけだったって言うしな――。緑間……あいつ、どっかズレてるんじゃないだろうか。
「桃井サン、桃井サンはやっぱり青峰が好きなんじゃ……」
 暫し、無言。それからクスクスという桃井サンの笑い声が聞こえた。
『うーん……そう思われるのも無理ないかもしれないけど……私はずっとテツ君が好きだから』
 桃井サンみたいな美少女――というか美女に、そんなに思われて……ちょっと羨ましいぞ、黒子。でも、黒子には火神という恋人がいるじゃねーか。
 桃井サンはいつも青峰と一緒にいるようだし、青峰と桃井サンて、お似合いのような気がするんだけどなぁ。桃井サンは黒子、そして、青峰はマイちゃんが好き。
「――どうも、上手く行かないもんだなぁ……」
『え? 何?』
「いや、独り言。――こっちの話」
 もしかしたらいつか、青峰が桃井サンと結ばれたら――その時はめいっぱい祝福してやろう。
『私ね、今回だけは青峰君の肩持つよ。青峰君のお父さんは青峰君をサラリーマンにしたいつもりらしいけど――あんな色黒なサラリーマン、普通はいないわよ、ねぇ』 
 確かに……。オレは思わず吹き出してしまった。
『ね? 降旗君もおかしいと思うでしょ?』
「思う思う」
『それに――青峰君には夢があるから……』
「バスケプレイヤーだろ? わかってるよ」
 だって、オレと同じ夢だもん。オレの方は夢に終わるかもしれないけど、青峰にぴったりな職業って、バスケしかないじゃん。
 オレは、青峰のフォームレスシュートを思い出していた。汗を飛ばしながらゴールを決める青峰。型はめちゃくちゃなんだけど、それがまた獰猛な野性を感じさせて、綺麗で……。
 少し、青峰にも惹かれるところがある。あいつのバスケも好きだ。
「桃井サン――青峰のバスケ、大好きなんでしょ?」
 オレはちょっと遠慮して、『青峰が大好きなんでしょ?』とは訊かなかった。征一郎辺りだったらズバリ聞くかもしれない。
『うん。だから、やる気をなくした青峰君を見るのはとても辛かったな……。青峰君が更生したのは、火神君やテツ君や……降旗君達のおかげね』
「いいよ。オレにまで気を使わなくても――」
 桃井サンがオレの名前も上げてくれたのは、桃井サンの思いやりだと思う。
『それからね、ほんとは――Jabberwockの人達にも感謝してるんだ。やりたい放題の酷い人達だったけど』
 うん。あいつらはあいつらなりにバスケを愛していたんだと思う。だから、あいつらの言う「黄色いサル」がお遊びで日本でバスケしてんのが我慢ならなかったんだと思う。
 strkyは一蹴されちゃったもんなぁ……だから、黒子達やキセキの世代も怒ったんだろうけど。
 でも、黒子はともかく、キセキのヤツらにJabberwockを断罪する資格なんてあったのか? 自分達だって退屈しのぎとか言って、点取りゲームとかしてたらしいじゃねぇか。――黒子の話によると。
 真面目なのは緑間だけだった――これも黒子から聞いた話なんだけど。
 でも、緑間って変人の上に頑固と来てるから、皆から敬遠されてたらしいし……。
 中学時代のキセキは、黒子でもどうにもならなかった。キャプテンだった赤司征十郎はそもそも止める気なかったらしいし。それどころか悪ノリしてたらしい。
 黒子でもダメなもんは、他にどうしようもねぇな……。
 黒子のバスケは人を変える力を持っている。オレはそう思うんだけど。その証拠に、荻原だってどこかで黒子のことを聞いたのだろう。応援に駆けつけてくれた。
 ――試合の後、オレ達は、荻原とキセキ達が仲良く喋っているのを見た。
 荻原シゲヒロ。黒子の中学時代からの友達。あの人は今、どうしてるんだろう……。まだバスケやってんのかな。
 黒子曰く、荻原はバスケが黒子より上手いそうだから、まだ続けてんのかもな。それに、バスケが凄い大好きだったみたいだし。
『――くん、降旗君』
 やべ、電話中! しかも密かに憧れの桃井サンと――赤司達には内緒だけど。
「あ、ごめん、考え事」
『ぼーっとしてたの? やだー』
 桃井サンが電話の向こうで可愛い声で笑う。やっぱり桃井サンは可愛いな。いつか青峰と幸せになれるといいんだけど――。いや、桃井サンが幸せになるなら、相手が青峰でなくても……。
『あ、ごめんね。つい笑っちゃったけど……』
「……いや、桃井サンが幸せになるといいなぁと思って……」
『降旗君もテツ君と私の恋を応援してくれてるの? ありがとう!』
 ――それは無理だと思う。なんせ、黒子は火神が好きだから……。
『――なんてね。私だって女だもん。勘は鋭い方よ。テツ君は火神君しか見てないこと、よくわかってる』
「そ……そか……」
『びっくりした? ……それでも諦めきれないところが女心なのよね……』
 桃井サンには青峰がいるじゃん! ――そう言いたかったけれど、オレはちょっと口を噤んでしまった。青峰、見た目より悪いヤツじゃないし、桃井サンとはいつも一緒にいるし――オレ、青峰だったら桃井サンを幸せにすること出来ると思うんだけど……。
 桃井サンだって、そんなことはとっくにわかってるんだろうな――そう思うと、オレが無駄口叩くことは出来ないなぁ、と思って、黙ってしまった。
『あ、そうだ。今日は何かこれから予定あるの? 私は青峰君のお礼言えたからもう電話切っていいかな、と思うんだけど。ちょっと長くなっちゃってごめんね』
「いやいや――」
 かえってオレの方こそ上の空で、桃井サンに悪かったなぁ、と思った。桃井サンみたいな美人相手に――普通は舞い上がるところなんだろうけど。
 今のオレは、普通じゃない。
 征十郎と征一郎。どちらにも恋心めいたものを抱いているなんて、明らかに普通じゃ、ない。
 それにしても、桃井サンの声は相変わらず可愛かったな。桃井サンのことは高校生の頃から知ってるけど。その頃から彼女は美少女だった。
 くそっ。やっぱり黒子が羨ましいぜ。それに……青峰のこともちょっと羨ましい。桃井サンにこんなに気にかけてもらえるなんて。桃井サンは青峰のことが放っておけないんだろうなぁ。あいつ、結構やんちゃそうだから。
 でも、だけど――。
「オレ、青峰の夢も応援するよ」
『そう……ありがとう。降旗君。大ちゃんもきっと喜ぶと思うよ』
「大ちゃん……?」
『あ、いっけなーい。昔のくせでつい……昔は私、青峰君のこと、大ちゃんて呼んでたんだよ』
「へぇ、そう――」
 やっぱり青峰が羨ましい。リア充爆発しろ!
 ――オレもリアルでは赤司達に構われて幸せだけど……。
「オレ、これから大学行くところなんだ」
『そうなんだ。……今日は話せて楽しかったな、降旗君。また電話していい?』
「いいけど……青峰が妬くんじゃないかな?」
『降旗君て、案外冗談が上手いんだぁ。――じゃあね。降旗君の大学の皆に宜しく』
「ん――」
 オレは名残惜しく受話器を置いた。
「桃井からだったのか」
 征十郎が穏やかに訊く。
「うん。そうだけど――懐かしい?」
「そうでもないな。新年にも会ったし」
 征十郎も征一郎も、女には意外と淡泊だ。モテ過ぎるからがっつく必要もないのかもしれない。けど、オレにはあんなことするんだもんなぁ……征十郎は男の方が好きなのかな。それとも――。
 オレのせいで新たな扉開いちゃった?
 ――なんてね。いくら何でも、そこまで自惚れちゃいないよ。赤司達が構うのは、オレがチワワメンタルで面白いからじゃないか。ペットを愛しているように、二人はオレを愛しているんだ。
 でも……その愛情は本物だと思う。
「まず、桃井は安全だな。テツヤや大輝がいるから」
 新聞を広げながら、征一郎が言う。そうかなぁ……というか、意味がよくわからないんだけど。
 というか、もしかして征一郎、桃井サンに妬いてた? オレはそこまで魅力のある男じゃないよ。桃井サンだったらオレよりもっといい男と付き合えるよ。黒子も青峰もいい男だし。
 赤司達みたいな、オレに構う物好きと違うんだからな。
 でも――征一郎にやきもち焼いてもらえるなんて、オレ、実はちょっと嬉しい。
 って、何言ってんだ、降旗光樹。オレはもうちょっと分を弁えた方がいい。わかってる。そんなこと、わかっているんだ――。
 オレは征一郎をじっと見ていた。やっぱ、絵になるなぁ……。
「征一郎……随分熱心に読んでるね」
「ん……そうかい?」
「何か面白い記事ある?」
「政治欄はなかなか興味深いよ。後、新聞ならスポーツ欄が好きだ。バスケのことももっと取り上げてくれると嬉しいんだけど。――バスケに関しては日本はやっぱりまだまだ後進国だからね……」
 ああ……なんかそんなこと言われてるな。ナッシュには日本人のバスケは遅れた猿のもの扱いされたし。でも、そのナッシュが率いるチームに勝てたんだから、ほんと凄いんだよなぁ、赤司達は……。

後書き
降旗クン家にかかってきた電話は桃井サンからでした。
Jabberwockって、そんなに悪いヤツらじゃないんじゃ……という気がして来ました(笑)。
2020.04.27

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