ドアを開けると赤司様がいました 137

「ん……んん……」
 幸せな夢を見ていたような気がする……現実でも幸せで、夢の中でも幸せで……。
 ん? 肉の焼ける匂いがする。赤司達か。何作ってんだろう……。というか、朝飯ぐらいオレが作るのに――。
「おはよう……」
「やあ、光樹。おはよう」
 すっかり見慣れた赤いエプロンの征十郎の姿……征一郎も同じ色のエプロンつけてる……。何だか、かなり似合っているような。まぁ、二人とも同じ顔だけどイケメンだから、何でも似合うよな。
「ん……何作ってたの?」
「ハンバーグだよ」
 何っ?! ハンバーグ?! ――オレは今、目をきらっと光らせたことだろう。
 ハンバーグは大好きなんだ。母ちゃんが作ったのも、征十郎が前に作ってくれたのも。征一郎も手伝ってくれているんだ。意外と仲が良かったりするんだな。この二人。
 ――まぁ、征一郎が訳のわかんないことで征十郎につっかかって行くこともあるけれど――。
 征十郎の方が笑っていなすことが多いからな。征十郎が穏やかな兄で、征一郎が可愛い弟で……。
 ん? オレ、何考えてんだ? 征一郎が可愛いなんて……。
 初対面で火神につっかかって行ったヤツだぞ。中二病満載のヤツだぞ。昔はあんなに怖かったヤツだぞ。
 それでも……オレはもう、征一郎が前ほど怖くはない。友達だからかな。
「光樹……征十郎がハンバーグを作ってくれたぞ」
「キミも手伝ってくれたじゃないか。なぁ、征一郎」
「ふん……」
 征一郎は満更でもなさそうだけど、鼻を鳴らした。
「そっかぁ……二人が力を合わせて作ったハンバーグか。嬉しいなぁ」
「本当かい? いやぁ、光樹に「嬉しい」と言われる程嬉しいことはないねぇ」
 征十郎はニコニコ。
「やはり、人手があると助かるね。ご飯は征一郎が研いでくれたよ」
「ご飯! やっぱりハンバーグにはご飯だよなぁ」
「光樹ならそう言うと思ってたぞ。お前の好物はばっちりリサーチしてあるからな」
 征一郎のヤツ、いつの間に……!
「今日はオレも大学に行くよ。……光樹と一緒に行きたいね。満員電車で」
「征十郎には立派な車があるじゃないか」
 外車と呼ばれる、悪目立ちする程立派な車が……。
「あの車で行ったら、光樹が嫌がるじゃないか」
 う、やっぱり……。
「征十郎。わかっているとは思うが、光樹は感覚が平民なんだよ」
 感覚が平民と言うより、どこもかしこも平民そのものだと思います……。
 女子にも、「赤司様と住んでるなんて凄い」派と「普通の男のくせに赤司様と住んでるなんてずるい」派に分かれるし――。因みに、オレは後者の女子の言い分がよーくよーくわかります。
 オレなんかフツメンの平民のくせに、女子の言う『赤司様』と一緒に暮らしてんだから……。しかも、赤司は名実ともに二人いるし――。
「僕も早く大学生になってキャンパスライフを謳歌したいな」
「それにはまず受験しなければ。キミはまだ大学生じゃないんだから」
「今すぐ受験があれば、僕は一発合格だったのに……」
「そうだろうね」
 オレは微笑ましくなってつい笑ってしまった。それまでオレを見ていた征一郎はふい、と横を向いた。
「光樹……キミの為に頑張るよ……」
 ん? 何か顔が赤くなってるように見えるのは気のせいか?
「キミと同じ大学に行ってやってもいいんだが……」
 征一郎が呟く。征十郎が言った。
「羨ましいからダメ」
 それを聞いた征一郎がくすっと笑った。――征一郎なら、オレの通っている大学よりももっとレベルの高い大学、例えば、征十郎の通うT大だって狙えるだろう。
 征十郎は弁護士を目指すと聞いていた。バスケプレイヤーになる夢はどうしたのかな……。それとも、引退したら弁護士になるのだろうか。元バスケプレイヤーの弁護士なんて、人気が出そうだ。
 尤も、征十郎は今だって充分人気者だけどな。イケメンで何でも出来て、おまけに性格がいいなんて、人気出ない方がおかしいよ。
 ……ちょっと面白くないと思ったのは何でかな。
「いただきます」
 オレは手を合わせて有り難くいただく。ハンバーグに乗った熱いチーズが口の中で溶けていくような気がする。――やっぱ旨いなぁ……。
「ありがとう。二人とも。旨い飯作ってくれて」
「いいんだよ。その代わり、いつか僕はオマエのことをいただくからね」
「征一郎――」
 征十郎が笑いを堪えるようにぷるぷるしている。何かあったんだろうか。
「――キミ達といると飽きないね。ほんと」
 征十郎がそう続けた。ん? 今の、どういう意味だ?
 まぁ、オレも赤司達といると退屈しないけど。――というか、退屈しているヒマがない。
「そりゃ……どうも……」
 オレは素直に答えておいた。征十郎はついに笑いを我慢出来なくなったようだ。征一郎が不審がってる。――勿論、オレも。オレ達のどこが征十郎の笑いのツボに入ったのだろう。
 ……笑われるのは、あまり好きではないなぁ……。
「ところで、今日は何時に大学へ行くんだい? 光樹」
「んー、今は春休み中だからな……」
 そう、今は既に春。暖かい日差しが部屋に差し込んで来る。陽気がぽかぽかしている。
「大栄ミニバスチームにも行きたいんだけど、顧問の先生が寂しがるから……」
 土日はバイトで大学へは行けない。
「ところで、征十郎は何で大学行くの?」
「バスケの練習もあるし……自治会の仕事もあるからね」
「ふぇー、まっじめー!」
「キミだって、バスケに関しては真面目じゃないか。――いや、キミはいつでも生真面目なんだよな。だから、オレ達は惹かれた」
 ふうん……征十郎ってば、なんか嬉しいこと言ってくれるな。つい、にやけてしまう。
「ありがとう!」
 そう言ったオレはとびっきりの笑顔だったと思う。征一郎が睨み、征十郎が顔をそむけた。……何か悪いことでもあったのだろうか……。
「いいかい、光樹。そういう笑顔はオレ達にだけ見せてくれればいいから」
「そうだぞ。光樹。これ以上ライバルが増えたら困るじゃないか。ただでさえキミはモテるのに……」
「?」
 オレは?マークを飛ばしながら首を傾げた。赤司達ったら何言ってんだろう。オレはモテないよ。モテ度と行ったら、赤司達の方が遥かにすごいのに……。
「戸籍が手に入ったら、僕は高認を受けるつもりだよ」
 征一郎が報告してくれた。征一郎なら一発合格するだろう。高卒認定試験。昔は大検――大学入学資格検定と言われていたようだけど。
 それにしても、まず、いろいろな諸問題が片付いてからなんだろうな。
「今年は大学、行けそうにないな……」
 心なしか征一郎がしょんぼりしているようだった。だが――。
「まぁいい。僕は僕の今やれることを見つけるだけだ。……でも、征十郎に負けたような気がして悔しいな……!」
 征一郎はぎりっと奥歯を噛み締めたようだった。人一倍負けず嫌いの征一郎だ。自分と同一人物である征十郎にも負けたくないのだろう。
「征一郎は、もし受けるとしたら、どこ受けるんだい?」
「T大もいいなと思うんだが――それだと光樹と一緒にキャンパスライフを送れないからな。今の大学は好きなんだろう? 光樹。バスケ部の練習の内容も充実してるようだし」
「ああ、うん、まぁね……」
「光樹のいる大学へ行って、征十郎とライバルになるのも面白そうだし――」
「征一郎……思い付きでそんなこと言うもんじゃないよ。――食後のコーヒー淹れて来る。それとも紅茶がいい?」
「僕はどちらでも」
「ああ、オレは、今日は紅茶の方がいいな」
 オレも答えた。実家ではティーバッグの紅茶をよく飲んでいた。ここに来てからはそれが――赤司達が許さないようなんだ。
「じゃあ、紅茶でいいね。二人とも。オレも今日は紅茶の気分だし」
 征十郎の淹れた紅茶は爽やかな味がして美味しいんだよな。いい匂いの湯気に包まれながら、熱いところをふうふう冷ますのも楽しい。
 征十郎はのんびりしているが、今は春休みだから構わないんだろうな。それに、今はまだ八時半だし。いつ頃学校行けるか、皆に話した方がいいかな。オレが何気なく電話の方へ眼を遣ったその時だった。
 ――電話が鳴った。なんてタイムリーなんだ。……誰からの電話かにもよるけど。
 大学からかもしれない。オレがあまりバスケに夢中なんで、他の教授からお咎めの電話かもしれない。――ちょっと動画が有名になったからって、調子に乗るんじゃない、とか――まぁ、考えすぎか。
「はいはい」
 オレは電話に飛びついた。
「もしもし――?」

後書き
降旗クンの家にかかった電話の主は――?
次回に続きます。
2020.04.23

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