ドアを開けると赤司様がいました 136

 ――オレの話を聞いた征十郎が頷いた。
「そうだね。バスケの練習はやった方がいいかもしれない。オレも自分の大学に行くよ。征一郎は――まだ大学生じゃないからね」
「それでも征十郎と同じくらいには優秀だぞ」
 と、征一郎。征十郎は微笑んで、「はいはい」と言った。
「でも……征一郎の身の振り方がまずは整って良かったね。矢沢サンもああ見えて弁の立つ人だから――細かいことについては彼に任せておけば大丈夫だよ」
「うん……良かったね。征一郎」
「あ……ああ……ありがとう。光樹。キミのおかげで僕は、この世界に再び生まれ出ることが出来たよ。僕は、ずっとキミが好きだからな。今は征十郎の方が好きでも、必ず手に入れてやる」
「征一郎。光樹はオレの方が好きだとかどうどかはないと思うよ。――それが、ちょっと寂しいけどね……」
 ふぅん。征十郎にも寂しいことってあるんだ。
「大学まではオレが送って行ってあげるよ。それとも、ショーファー付きの方がいいかい?」
「……走って行くよ」
 オレは赤司家を出て駆けて行く。春の匂いがする。もうそんな季節なのだ。
 一生懸命に走って行くと大学が見えた。ああ、何だかとても懐かしい気がして来る。数え切れない程行ったのに、何でだろう――。きっと、オレがこの大学を好きだからに違いない。
 征十郎は――ショーファーに送って行ってもらって帰ったんだろうか。そういや、征十郎も自分の車持ってたよな。必要があったら貸してあげるって言ってたけど――。
 オレはお金を貯めて自分専用の国産車を買おうと思う。
 でも、あまり車に頼るようになってもあれだな。しばらくは自分の二本の足で移動しよう。満員電車に乗って行っても。
 ――オレは体育館を覗き込む。おっ、やってるやってる。
「先生!」
 顧問の宮園先生がこちらを振り向いた。
 ――スキール音がここまで届く。それに……ああ、大好きな体育館の匂い。
「やぁ、来てくれたのかい、降旗クン」
「降旗――?」
 チームメイト達の動きが止まる。
「お前ー、動画観たぞー。何だって教えてくんねーのさ」
「見事なダンクだったぜ」
「ど、どうも……」
 こういう、人に囲まれるという経験は苦手だ。赤司達なら平気なんだろうが。中学時代からずっと注目されてただろうし、もしかしたら、それよりずっと幼い頃から――。
 ――赤司達のことは今はいいや。それにしても、いいチームメイト達だな……。オレが有名になったのを心の底から喜んでくれてるらしい。
 ……まぁ、今回はちょっと騒ぎ過ぎな気もするが。
「どうしてもっと早く来なかったんだよ。え? 小学生のチビ達、気の毒だったぜ」
「ごめん……」
「いや、オレらに謝られてもなぁ……」
「うんうん」
「という訳で、罰としてここでダンクシュートを今から行うこと」
 皆、パチパチパチ、と拍手をしている。弱ったな。目立つのは嫌いなんだ。それをこいつらもわかってくれていると思ったのに……だから、罰ゲームなのか。仕方がない。
「ボール、回して」
「はいよ」
 バスケットボールがオレの手に渡る。――天然皮革のボールだ。オレはタンッ、とドリブルを始める。
 ――世界が止まる。
 それは絶対錯覚なんだけど、オレにはそう思えた。ゴールの近くには何人かの選手がいる。
 そして――。
 ガッ!
 ダンクを決める。――決めることが出来て良かった。もし決まらなければ、皆ひどくがっかりするだろう。
「……いいダンクだ。きっとこれからもっと洗練されて来る」
 顧問の先生のお墨付きだ。チームメイトがわっと走って来た。
「……オレ、実はダンク出来ないんだ。教えてくれよ、降旗……」
「うん。いいとも」
 オレ達は夜遅くまで粘った。――家に帰ると、赤司達が机に突っ伏したまま寝ていた。オレを待っていたのかなんて、自惚れもいいところかな。だって、赤司達はオレなんかよりずっとずっと偉いから。
「ただいま」
 オレは小さな声で言った。すると、今まで寝ていた赤司達が同じタイミングでがばっと跳ね起きた。
「お帰り――光樹!」
 そして、二人の赤司はわらわらと動き出す。
「連絡くれれば良かったのに――ほら、味噌汁あっためるよ」
「ああ、そのままでいいから……」
「駄目。味噌汁は温かいのが一番美味しいんだから……」
 征十郎の勢いに押されて、オレはつい、「うん」と頷いた。征十郎がせっかく作ってくれたんだからな。けど、何だか悪いや……。
 征一郎はご飯をよそおっている。こんなにしてもらっていいのだろうか……。
「あ、あの……征十郎に征一郎? 眠たかったら寝た方が……ここまでやってくれたなら、オレだって一人で出来るし――それに、昨夜は徹夜だったんだろ? 無理はしない方が……」
「なに。キミが来たことで元気になったよ」
 征十郎がガスコンロの火をカチリとつける。やがて、旨そうな匂いが漂ってきた。
「何で、こんなに良くしてくれるの? 赤司達は――」
「何を水臭いことを。キミが好きだからに決まってるだろう?」
 征十郎が言った。
 うん、その言葉は何度も聞いた。でも、何度聞いても信じることが出来ない。オレが自己評価が低いだけかもしれないけど。
 赤司達がこの家から出て行ったらどうしよう。
 ――まず、恐怖が先に来て、オレはぶるっと体を震わせた。
「どうしたんだんだい? 寒気でもするのかい? 光樹――」
「いや、あの……」
「味噌汁が出来たぞ。コンロの火消すぞ」
 征一郎が言ったので、征十郎が、
「ああ、そうだった。お願い」
 と、答えた。
 何か、オレなんかがこんなに幸せでいいんだろうか。優しく愉快な同居人。オレのことを応援してくれる仲間達。理解のある先生、オレに会いに来てくれたという小学生達――。
 あ、そうだ。この話は二人にしてもいいかな。
「今日、オレの動画を見たらしい小学生達が大学に来たって――」
「へぇっ! そういえば、キミのファンの子が大学に来たって言ってたね。ファンと言うのはその子達かい」
 征十郎が驚きの声を上げてウィンクした。よく覚えてんな……。
「やっぱりわかる子にはわかるんだね。光樹の魅力が。――まぁ、ライバルが増えるのは面白くないけど……」
 と、言いつつも征十郎は嬉しそうだった。征一郎も優しい目をくれてから、オレの前に味噌汁をことんと置いた。
「大根と人参と油揚げの味噌汁だよ。多分美味しく作れたと思う」
 赤司達が作ったんなら、不味い訳がないと思う……。オレは味噌汁を啜る。ああ、ほっとする味だ……。この味は、煮干しで出汁を取ったな。母ちゃんも味噌汁作る時、煮干しで出汁を取るから、わかるんだ。
「あ、そうだ。おかずも出すね。ひじきの煮つけと野菜炒め。光樹が好きって言ってたから」
 オレの好物まで覚えていてくれてたのか……。何となくほろりと来た。あ、やべ……泣きそう。でも、泣くと赤司達が心配するから我慢しよう。――オレは目元を拭った。
 どのおかずもすごい美味しくて、オレは満足した。
「ありがとう、征十郎に征一郎」
 オレがそう言うと、赤司達は気のせいか照れ臭そうにお互いを見た。
「和食は征一郎の方が得意だよ。オレは洋食で」
 征十郎が征一郎の肩を叩く。同一人物にも個性はあるんだな。
「今度はまた、オレがお礼に何か作るよ。赤司達みたいに上手くは出来ないけど」
「光樹の料理だって美味しいさ」
「何か作ってくれると言うなら、焼き飯がいいな」
 ――焼き飯だったら自信がある。任せろ!
 その後、オレ達はバスケの話題で盛り上がった。でも、気が付くと、もう夜の二時。
「ああ、もうこんな時間か。……楽しい話だと、時間の経つのが早いね。そうだ。夕飯の時、光樹がお礼に何か作りたいと言ってたじゃないか」
「うん。確かに言ったよ」
 いつもお礼したいと思ってたから、それは覚えている。オレは征十郎に向かって頷きながら答えた。
「オレ達にお礼したいんだったら、キスしてくれないかい?」
「征十郎!」
「頬にキスしてもらうだけだよ。征一郎もキスしてもらえばいい。いいかな? 光樹」
 ああ、何だ。そんなことか――。一年前のオレなら、テンパるところだけど、もう慣れた。おやすみ、と言いながら、オレは征一郎と征十郎の頬にそれぞれキスをした。二人の頬は柔らかかった。

後書き
降旗クンが赤司様達の頬にキス。ラブラブ。
18禁的な話も書きたいのですが、向いてない上に赤司様達は二人とも喧嘩しながらもこれで満足しているようだからなぁ……。
2020.04.20

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