ドアを開けると赤司様がいました 134

「話を作るとは――?」
 オレはこざっぱりとした清潔な匂いのしそうな青年弁護士矢沢さんに訊いた。オレは嘘は苦手だ。……いや、嘘を言うのが苦手だ。オレはすぐ顔に出やすい質らしい。赤司達にだって、
「光樹は嘘をつくのが下手だから――」
 と、笑われる。
「ところで、えーと、征十郎君?」
「はい?」
「そのおしゃれなブレスレットはどんな女性からもらった物かね?」
「ああ、ここにいる光樹です」
 征十郎がオレの肩を抱いた。オレは一気に頬が熱くなった。
「クリスマスプレゼントにもらったんだよ。光樹から。でも、緑間のヤツがラッキーアイテムだから貸してくれと――」
 ああ、そんな出来事もあったな……。
「ストップ、ストップ。ほら、征一郎君が睨んでるよ。――やはり、君達は恋人同士だったんだねぇ……征一郎君がさっき、征十郎君と降旗君が愛を交わしていたと言っていたが――」
 そんなこと、よく覚えているな、矢沢サン……オレだって聞き逃してたのに。流石、弁護士になる人は違うなぁ……。矢沢サンがにこっと笑った。それが、思いの外可愛かった。
「このブレスレットが何か?」
「ああ、話の接ぎ穂といううヤツだよ。――私も気持ちを落ち着かせたいからね……。ところで、私は作家志望だったんだ。これは征一郎君にとっては初耳かな?」
「はぁ……」
「オレも初耳でした」
 征十郎が真面目に答える。
「下手な小説を書いては、いろんなところに投稿しまくってたねぇ。最後には父も怒って、『下手な小説を書くのはもうやめろ!』と言って来たんだよ。だから、私は弁護士になった訳だけどね」
 ――何だか妙な経歴だ。
「だから、嘘をつくとなると腕が鳴るんだ。小説は嘘を書く商売だからね。講釈師、見て来たような嘘をつき、だよ」
「はぁ……」
 まともな人かと思ったら、これは相当変な人かもしれない。――でも、オレは変な人が嫌いな訳ではない。赤司達だって、オレからすれば相当変なヤツらだ。
「こういうヤツなんだ。でも、私は気に入ってる」
 征臣サンは言った。確かに変な人だけれど、話してて悪い気持ちはしない。むしろ、面白い人で好感を持つ。
「父様、征一郎の生い立ちを一から作ろうと言う訳ですね」
「その通りだ」
 征臣サンが征十郎に向かって肯定するように頷いた。
「まずは生まれた時からだな……」
 矢沢サンはメモ帳とペンを取り出した。そういえば、矢沢サンは下の名前を何て言うんだろう。まさか永吉ではあるまいな。
「矢沢サンは下の名前は何て言うんですか?」
 多少緊張がほぐれたオレは、すんなり話せるようになった。これも話の接ぎ穂だ。
「んー? 光一だが。堂本光一の光一」
 それを聞いてオレは吹き出した。いや、矢沢サンもハンサムはハンサムだが、ジャニーズ系と言う顔じゃねぇもんな。むしろ緑間とか眼鏡男子とか、あっちの方に系統が近い。
「結婚してるんですか?」
「してるよ。奥さんが一人に子供が三人」
「奥さんは普通一人でしょうが!」
 オレはついツッコんでしまった。この人は漫才師になっても食いっぱぐれないな。
「まぁ、この国ではそうなってる」
 矢沢サンは何かを手帳に書きつけながら生返事をする。
「そういう法律変えたいと思わない?」
「思わない。特に今のままで満足してるから。夕子は美人だし」
 矢沢サンはふむ、と言いながら、また口を開いた。
「征一郎君。君、ちょっと人さらいにさらわれてくれないか?」
「――矢沢サン。あなたが変人だと言うことは知っていましたが、何故僕が誘拐されなきゃいけないんです?」
 だから……オレは征一郎も変だと思うんだけど、自分のことは自分でわからないからなぁ。オレだって、自分のことがわかっていない、と何度周りから言われたことか。
 でも、征一郎の笑顔は可愛いので、思わずほわっとなった。いつも笑っていればいいのにな。征一郎。
「ああ、済まない。少し説明が足りなかったね……つまり、生まれた時に人さらいにさらわれたことになってくれ、と言いたかったんだ。そしたら、出生届が出せなかったのに理由がつくからね」
「でも、どうして僕が誘拐に?」
「――赤司家の御曹司の一人でもあるからだよ」
 矢沢さんが言葉を押し出すように語った。赤司家って、そんなに偉いの?
 ……まぁ、名家だとは聞いてたけど。それから、赤司グループってのも知ってはいたけど。
「赤司家って、大変なんだね」
 オレはつい口を出してしまった。
「うん……まぁ、そうだね。金持ちは金持ちなりの苦労があるのさ」
 矢沢サンがメモ帳に何かを書きつけているようだった。
「で、征一郎君は最近まで行方不明だったと。――征一郎君は見つかって助け出されたけど、戸籍はないままになってしまった……こんな感じでいいかな?」
「はぁ……」
 征一郎は気のない返事をする。
「まぁ、細かいところはおいおい征臣さんと打ち合わせしていくけど――どうだい? この話は」
「え……まぁいいんじゃないですか? 征一郎が誰に攫われたのかよくわからないけど」
 と、征十郎。
「まぁね……それは征臣さんと話し合って決めていくよ。それよりも、征一郎君。君の本当の生い立ちを教えてくれないかな。一応真実というヤツを掴んでおきたいんだ」
「生い立ち……」
「ああ。天国から戻って来たんだ。余程未練があったんだろうね」
「僕は……バスケがしたかった。そして――本当に愛する者を見つけたかった。僕はずっと征十郎を愛していたけれど、今は――」
 征一郎はオレの方を見てこう言った。
「――光樹がいる」
 ……え、オレ?
 オレは思わず自分を指差した。
「征一郎。……だから、光樹のことは譲れないと、いつも言っているだろう」
「なら、何かで勝負つけるか? ゆうべみたく」
 ――こいつら、大貧民でオレのことを賭けてたのか? オレの人権はどこ行った? ところでどっちが勝ったんだ? 征十郎がオレの傍に近寄って来る。相変わらず爽やかな香りがする。
「勿論! 今度はバスケでどうだ!」
 征一郎が征十郎に人差し指を突きつけた。――宣戦布告ってヤツか?
「いいねぇ。大量得点で君を負かせてやるよ。光樹、君が審判やってくれ」
「ああ……オレも征一郎と征十郎の勝負は見たいけど……」
 戦利品はオレみたいだもんなぁ……何となく複雑……。というかオレがどっちも好きだし愛してるって言ってるんだから、それでいいじゃないか。
「君達……征十郎君達は本当に光樹君のことが好きなんだねぇ……二人に好かれてどう思う? 光樹君。二人とも男だけど、とびっきりの美少年だよ。本当に君が女の子であればねぇ……」
 そう言って矢沢さんがくすくす笑った。
「はぁ……オレが女であっても、大した女ではないと思いますよ」
「何を言う!」
 征十郎と征一郎が同時に言う。ユニゾンだな、といつも思う。
「君は美少女になるよ。光樹」
「ああ、君が女だったら征十郎になんか絶対絶対渡さないのに。合法的に結婚も出来るのに」
 でも、この顔で女になってもねぇ……。それに、征一郎には戸籍がないのに合法的に結婚なんか出来るのか?
「矢沢サン! 法律変えて男同士でも結婚出来るようにしてください」
「そうは言ってもねぇ……征一郎君……」
 矢沢サンは笑いを噛み殺しているようだった。――まぁ、普通の大人なら、そう反応するのが一番穏やかかな。それに、矢沢サンも理解がある人みたいだし。
「征一郎。矢沢は国会議員でないから無理だよ。それに、渋谷で物件を探してあげてもいいんだから」
 ――征臣サンは息子に甘いと思う。この人が昔怖い人だったなんて、信じられない。
「いえ……父様。僕は男が好きなんじゃなくて、光樹が好きなだけですから。渋谷の物件は自分で探しますし、その前に光樹の心を奪いますから。赤司家はの人間は必ず勝利しなきゃダメなんでしょう? ――僕だったら大丈夫です」
「征一郎……」
 征臣サンはちょっと困ったように溜息を吐いた。オレも、征臣サンの気持ち、わかるような気がする。例えばオレの息子が『好きな人が出来たから』と言った時、それが男だったらげんなりするだろう。
 ……オレに息子が出来るかどうか、今の時点ではわからないが。もしかしたら一生子供は持てないかもわからない。征十郎と征一郎、どちらかと結婚したら――。
 この二人と結婚したら、オレは重婚になってしまうかもしれないし。
 オレがつまらんことをぐだぐだ考えていると、征一郎と征十郎がオレの顔を覗き込んだ。
「どうしたんだい? 光樹。具合が悪いようだが――」
 征十郎が言う。将来のことを考えて少し具合が悪くなった――なんて言えない。そんなことを言ったら、征一郎も征十郎も、征臣サンも心配するだろう。矢沢サンだって――。オレはこう答えた。
「いいえ。何でもないんです……」

後書き
矢沢サン(オリキャラ)は何をしても食いっぱぐれることはなさそう(笑)。
降旗クンがいなければ、僕司(征一郎)も天国から帰って来ることはなかったと思います。
2020.04.15

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