ドアを開けると赤司様がいました 131

「青峰……本当のこと言わなきゃ許さないぞ」
 征十郎が眦を吊り上げた。その赤い両目には激しい気迫がある。――赤い瞳が燃えてるみたいだ、とオレは思った。
「な、何だよ……わかった。本当のこと言うよ。フリに、本気でなきゃ赤司と別れな、と言ったんだ」
「馬鹿だね、大輝――」
 オッドアイの征一郎が呆れたように溜息を吐いた。
「例え光樹にその気がなくても、僕は光樹に恋し抜いているんだから……確かに光樹は僕達を捨てるかもしれない。だけど、そんなことで諦める僕であるとは、大輝もまだまだ読みが浅いな」
 そう言って、征一郎はにやっと笑った。その口元が避けたように思えた。……それが気のせいだとわかってはいても。
「光樹は確かに一見、ただのチワワだ。でも、チワワにはチワワの勇気がある。僕はそれに感動し、褒めそやし、恋したんだ――」
「あー、わからんね。オレには……オレは男でも女でもつえぇヤツが好きだからな。マイちゃんみたいな守ってあげたい女の子もそれはそれで可愛いけどな……フリは大の大人だろう。それを愛玩犬みてぇに扱って――」
 青峰は青い頭を掻きながら欠伸をした。
「何を言う、青峰。光樹は立派な可愛い愛玩犬じゃないか」
 征十郎……その発言はそれでオレも傷つくんだけどな……同居人なんだから、せめて人間扱いしてくれよ……。
「じゃあ、ワンと言ってやれよ。フリ。ご主人様が帰って来たんだからな――」
 オレはどこまでも犬かい! オレは青峰にツッコミを入れたくなった。青峰は周りを見渡す。
「それよかオマエら。なんか適当な暇つぶしになるもん持ってねぇか? そりゃ、オレはま、バスケットボールがあれば一日でも時間潰せるけどよ……」
「僕達だってそうだぞ」
「ああ、でも、待ってくれ――ほら、ここにトランプが」
「おう、ちょうどいい。トランプで菓子賭けようぜ。フリ、オマエ、徹夜は平気か?」
「うーん、あんまり……」
 若いから一晩寝ないくらいでは何ともないんだけどね……多分、青峰も赤司達もそうだろう。征十郎が取り出したトランプを切っている。今日は眠いからこいつらの相手は出来ねぇな――とオレは思う。
「オレ、寝てっから」
「おー、おやすみ」
「おやすみ。光樹」
「朝になったら起こしてあげるから」
 青峰と赤司達に見送られて、オレは寝室に下がった。あの三人がどんな話をしていたかは神のみぞ知る。

 雀の鳴き声で目が覚めた。おー、もうすっかり明るくなってら。オレは伸びをしてから普段着に着替え、リビングをひょいと覗き込む。青峰と二人の赤司がいた。
「おはよう、光樹」
「おはよう」
「ゆうべは寝付けたか? オレ達もそんなうるさくしたつもりはねぇけどな」
 オレはそう言った青峰の隣に座った。
「うん。静かなものだったよ」
「赤司って二人とも、あまり音立てねぇんだよな。猫みてぇだ。――だからかな。フリのこと気に入ったのは。フリってチワワメンタルだけど、猫っぽい顔もしてるじゃねぇか――あ、でもわっかんねぇなぁ……おい、赤司。オマエ、昔猫は嫌いだって言ってたじゃねぇか」
「猫が嫌いなんじゃない。言うことを聞かない猫が嫌いだと言ったんだ」
「かはっ。世界はオマエら中心に回ってる訳じゃねぇんだぜ。――ま、そうなってもおかしくはねぇし、それはそれで面白いかもしれねぇがな」
 征十郎達は赤司家の跡継ぎだけどねぇ……。
「あ、そうだ! 忘れてた!」
 オレは青峰達に攪乱されて焼肉のことを忘れてたのを思い出した。
「青峰に焼肉焼いてやるのを忘れてた!」
「光樹。大輝にそこまで歓待してやる必要はない。味を占めてまた転がり込むぞ」
「おめーら、ダチに対して失礼だぞ」
「そうだよ。征一郎……」
 オレにまで文句を言われ、征一郎は口を噤んでしまった。代わりに征十郎が口を出す。
「青峰……両親が心配してたぞ」
「両親ねぇ……確かに親は心配するかもしれねぇ。だけどよ……親父のヤツ、オレに就職先は決めてあるんだろうな、方向性だけでも――って言うんだぜ。オレがネクタイ締めて背広着て、会社行くとこ想像できっかよ」
「……ぷっ!」
 オレは素直に想像して――吹き出してしまった。
「何を言うんだい。青峰。桐皇はブレザーだっただろ? 制服姿のオマエもそれはそれで似合ってたじゃないか。着崩してはいたがな」
「んだよ。征十郎。フリの次はオレを口説きにかかっているのか?」
「――馬鹿なことを」
 征十郎がフッとキザに笑った。征十郎は王子様みたいな外見だから、少女漫画なら薔薇とか花しょっててもおかしくはないわな。いつもいい匂いはさせてるし。
 でも、ここは少女漫画の世界ではないので、オレ達はスルーする。
「青峰、焼肉食べね?」
 ――オレが訊く。
「おー、食いてぇぜ。あ、その前に話があるんだった。……フリ、おめーとならいつまでも話が出来そうだな」
「ん? 何?」
「おめぇさぁ、ダンクの動画うpされたんだっけ?」
「そうだけど?」
「『ダンクした選手が可愛い』ってんで、今再生回数伸びてんだとよ。赤司達がやきもきしてたぜ」
 そんなの初耳だ。
「そんなことねぇだろー?」
「オレもフリ見慣れてるから、そんなことある訳ねぇと思ってたんだ。だけど、女子人気すげぇぜ。オマエ」
「えー?」
 オレはゲイじゃないから、女子にモテるのは普通に嬉しい。征一郎が征十郎の手をがっと握った。
「征十郎。今だけ停戦だ。人類の雌どもに光樹を取られないように気をつけよう!」
「わかった。征一郎!」
 んー? 何か二人とも仲良くなって良かったなぁ……。
「あーあ……オレにはわかんねぇ世界だぜ……」
 そう言って、青峰はダイナミックな欠伸をした。オレは焼肉を焼くことにした。ちょっと気分が昂っている。オレも満更でもないと思えたからかな。皆のおかげだ――ありがとう。
 青峰は、昨日焼肉が食べられなかった分、元を取るようにしてわしっわしっと食っている。
「お代わりもあるが」
「オレが分けてやるよ」
 オレはそう言って立ち上がった。
「おお、済まねぇな」
 青峰が差し出したご飯茶碗にオレはぺたぺたとご飯をよそう。そして、青峰に渡す。
「――なぁ、フリ。火神って料理上手か?」
 ん? こんな時に何言って――そういや、青峰は火神が好きだった。青峰は頬にご飯粒を沢山くっつけている。
「うん。カントクよりは上手だよ」
「――リコだって料理の腕はさつきとどっこいどっこいじゃねぇか。――ったく、あいつら……女のくせに……バスケでは有能さを見せるくせに、料理と来たらからきしダメだもんなぁ」
「火神の料理は味がいいんだ。今度作ってもらえよ」
「火神ね……あいつは女だったら嫁にしてらぁ。テツなんかにやらないでよぉ」
 青峰は獰猛に、にやっと笑った。
 ――オレ、ちょっと思っちゃった。火神の為に。火神、アンタ、男に生まれて良かったね……。
「火神の手料理にテツのゆで卵か――いいなぁ……」
 青峰が、今度は涎を垂らしそうな顔でうっとりしている。オレはちょっと引いてしまった。確かに彼らの料理は味は最高なんだけど。見た目は男の料理だもんなぁ……あ、あいつらは元々男か。
「大輝。僕達の分も残せ」
「わぁってるよ、征一郎――オマエらの分も残しておかねぇと命の危険を感じるからな……」
「何をオーバーな……」
 征十郎はわかってない! 征一郎がどれだけ怖い存在か!
 ――いや、ここに来てからの征一郎は本当に優しくて、紳士だけど、オレ、あの時――高一のウィンター・カップの時、こいつのおかげで死期も感じたもん。
 そりゃ、最後には普通にゴールを決めて、役目は果たしたんだけどさぁ……。
 あの頃のあいつは、とても怖くて……でも、ちょっと魅力的でもあったっけな……。百獣の王、ライオンみたいに……。
 チワワのオレが勝てるはずなかったんだよ。でも、カントクは言ってくれた。
(キミ、一見弱そうに見えるけど、実はちっとも弱くなんかないわよ!)
 男より男らしいカントクにそう言ってもらえるのは嬉しかった。オレは黒子や火神、フクやカワのおかげでバスケが好きになり、先輩達も面白くて、高校時代はバスケの思い出が沢山、あって……!
 だから、大学もバスケ中心で選んだんだ。……第一志望には落ちたけど。
 でも、今の大学だって、それなりに好きで――。
 固定電話が鳴った。――誰だろ。
『相田リコ』
 その電話にはそう表示されてあった。――カントク?!

後書き
カントクから電話が?!
何があったリコたん!(やめてよって言われそうだな・笑)
2020.04.06

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