ドアを開けると赤司様がいました 130

「おめー、前にさ、不良どもに絡まれたことがあったんだって?」
 あー、あったな。そんなこと……去年の夏の話だ。確か、その時には征十郎が止めに入ったんだっけ。この身一つ、自分で守れないオレ。――情けねぇな。
「その頃から、赤司はオマエが心配だったんだと思うぞ。テツとは別の意味で、オマエ無茶すっから――」
「でも、青峰は赤司がオレを捨てるだろうって――」
「あー、もう。そんなこた言いっこなしだ」
 青峰が両手を上げた。
「最初はオレもそう思ったよ。見る目なかったからな、オレも。でも、赤司とフリは――たましいのにおいっての? かたちとか色とか違っても、なんか似てんだよな。一見そうは思えないけど」
「そんなこと……」
 スマホの電話が鳴った。オレは取りに行く。――赤司からだった。この声のトーンは征十郎だな。征一郎と征十郎は同じ声をしているから、うっかりしてると間違えてしまいそうになる。気を付けてはいるんだけど――。
「もしもし――」
『やぁ、光樹。オレだ。征十郎。――豚肉の他に何か買って欲しいものはあるかい?』
「んじゃ、牛肉と……それから、何かつまめるもん」
『わかった。ポテトチップスでも買って行くよ。――卵はまだ残っているな?』
「うん、待って――」
 オレは冷蔵庫の扉を開いた。良かった。ちゃんと一パック残ってる。飯作る時も確認したけれど。
「あるよ」
『良かった。ま、そろそろなくなりかけたら買い足せばいいしね』
 ――そういや、征一郎が現れてからの買い物当番は征一郎か征十郎だ。
『久しぶりだからちょっと遅くなると思う。征一郎とも話があるし』
「え? でも、大丈夫なの?」
『大丈夫って――何が?』
「目立つからって、柄の悪いヤツらに絡まれたりとか――」
『あのね、光樹。キミねぇ……』
 電話の向こうの征十郎は呆れたように溜息を吐いた。
『そんなことがないようにオレ達が代わりに行ったんだよ。大抵の相手なら征一郎と二人でのしてしまう自信があるよ』
「でも、オレだって――これでも男だし、今年二十歳になるし――」
『合気道とか拳法とか、武道は習ってないだろ?』
「う、そりゃまぁ……」
『オレ達だって必要があって習わされたんだ。少しはオレ達頼ってよ。オレ達はせっかく置いてもらってるんだから、たまにはお礼しなきゃ』
「でも――」
 世話になってるのはオレの方で――オレは、オレの方こそ、いつでも赤司達に頼ってばかりいるんだから。少しは鍛えないとダメな人間になっちゃう……。オレは青峰を見た。青峰は妙にすっきりした顔をした。そして、オレからスマホを取り上げた。
「赤司ぃ……何でもいいから早く帰って来い。飼い主が戻って来ないっつうんでチワワが心配してるぞ」
 う、オレは、チワワなんかじゃ、ない……と言い切れないのが、辛い……。
「ジュースはあるよな? コーラあったか? 何? 買って来る。そか。ま、後は任せんぜ。じゃあな」
 青峰は他人のスマホを勝手に切ってしまった。
 そっか……赤司達、遅くなるんだ……。オレはチワワじゃねぇけど、なんか、寂しいな……。青峰がいることが唯一の救いか。
「オレな、今のオマエら見てて、『なんて完成された世界を持ってるんだろう』と思ったぜ。それが羨ましくないこともなかったんだ。……心配しなくても、赤司はおめぇを捨てねぇよ。むしろ、オマエの方があいつら捨てるんじゃねぇかって、ちょっと心配なんだ」
 喉乾いたな――そう言ってコップに水を汲んで、青峰はごくごくと飲み干す。気持ちいい飲みっぷりだ。ただの水だけど。
「それが袋小路にならねぇといいがな――ま、今はオマエら……つーか、赤司のことは応援してるぜ。あいつら、一応はオレ達のキャプテンだったんだし」
 青峰の声は、とあるテニス漫画のアニメで聞いた偉そうな俺様役の声に似ている。だから、なんだっつーこともないんだけど。閑話休題。
「あのな。オレは、あん時のこと――赤司がオマエを捨てるだろうってことな。随分ひでぇこと言ったもんだと思うよ。フリにとってだけでなく、むしろ赤司に対してな。――オレは、赤司のことを全然わかっちゃいなかったんだ。フリもそうだろ?」
「まぁ、赤司のことは謎だよな。今でもあいつらの思考回路、わかんないことがある。ついて行けないと思う時もある」
「おめーでついて行けないんじゃ、他のヤツらはもっとついて行けねぇぜ。――あ、テツは別か」
 黒子テツヤ。その名前は青峰にとっても特別な意味を持っているらしい。青峰の恋敵だったのにね。
「オレな、昔、さつきとだったら結婚してもいいと思ってたんだ。ガキの頃の話だけどな。そんで今度は火神に恋をして――その裏にテツっつー訳のわからんもんが存在してるんだけど、あいつはオレの気持ちなんかわからねぇし、オレ、あいつ憎めねぇんだ」
 青峰の言葉で、オレはちょっと考えていたことがあった。もしかして――。
「青峰ってさ――黒子のこと好きなの?」
「――ぷっ! ぶわははははは!」
 何馬鹿笑いしてんだよ! 青峰のヤツ! そんなにおかしなこと言ったかぁ……?
「ああ。テツはダチとしては面白れぇし、好きだぜ。でも、恋人となるとなぁ……あいつ、可愛いけどチビだし、力こぶはねぇし――オレはな、フリ……男ならごついのが、女ならグラマーが好みなんだ」
「はいはい。そういう気がしてましたよ」
「ま、尤もごついの好きなのは、火神のことがあったからだけどな。あいつもテツと上手く行って欲しいぜ」
 青峰……?
「あの、青峰は、火神と黒子の関係、変には思わねぇの?」
「ひゃはははは! 思わねぇよ! オレだって火神に恋してたんだからな」
 モテるなぁ、火神……男に。朝日奈だって火神を尊敬してたしな。……だって、あいつ、かっこいいもんな。つい男惚れしちまうのも、わかるぜ。
「さつきには、気の毒だけどな……。ま、あいつのことはオレが引き取ってやってもいいし――見た目だけならあいつもバッチシ守備範囲だし」
 それはわかる。桃井サンも美人だもんな。グラマーな女って条件にも当てはまってる。
「まぁ、あいつは、テツ追っかけて幸せなんだと。オレにはわからねぇ好みだがな。――オレにとっちゃ、赤司もわかんねぇ。何でフリなんだろうなぁ……」
「オレが知るかよ」
「お前さぁ、本当に赤司達のこと、何とも思わねぇの?」
「それは、二人とも好きだし――愛してると思ってるよ」
「違うね。おめぇのは本当の恋じゃねぇ」
 青峰が真顔になる。
「赤司は――てめぇに本当に恋してるぜ。目を見ればわかる。オマエが見ていないところで、赤司達がどんな目をしてるか、わかるか?」
 オレは、それには首を横に振った。オレは天帝の眼の持ち主じゃない。
「だろうなぁ……赤司達はそれこそ……一瞬だっておめぇの表情を見逃すまいとしてるぜ」
「うっそだー」
 例えそれが本当だとしても――リアクションが人より面白いからとか、何かそういう、珍獣でも見る感じじゃねぇだろうか……。
「オマエ……オレは赤司達が泣くようなことはあってはならねぇと思う。あいつらもダチで、仲間には違いねぇからな」
 青峰には、家族よりも恋人よりも、ダチのことが一番気にかかるんではないんだろうか。オレはふとそう思った。ダチと言うのは、青峰には本当の本当に大切なものなんだ……。青峰に恋人がいたら嫉妬してしまうぐらい。
 それよりも、青峰には恋人がいるのだろうか。いてもおかしくはないよな。こんなに格好いいし、結構モテそうだし。
「青峰には、恋人はいないの?」
 青峰が、くっ、と笑った。
「いねぇよ。今はな――ダチの恋愛事で大忙しだ」
「ただ単に首突っ込んでるだけじゃね?」
「――そうかもな……でも、それぐらいはさせてくれや……フリ。おめぇのこともダチだと思ってるぜ。赤司の恋人だからな」
「だから、どうしてそういう冗談を……」
「オレが冗談言ってるように見えるか。これでもマジで言ってやってんだぜ。……赤司と本気で付き合うつもりがなければ、別れな」
 う……。
「まぁ、オレのことは聞き流してくれても構わねぇ。あいつらはフリを手放す気はなさそうだからな。決めんのはフリ、おめぇだ。おめぇが赤司を捨てたってオレは構わねぇと思ってる。当座は二人とも泣くだろうが、あいつらにはバスケがある。必ず立ち直る」
 オレにもバスケがあるけど……?
 だが、青峰に言われたことがわからない程、オレも馬鹿ではない。赤司達はオレを大切にしてくれている。何で――と思うぐらいに。
 でも、あの時、誘ったのはオレだった。征十郎にはそんなつもりは……あったにしても、オレの気持ちを最優先に考えてくれていた。時々おっかない冗談を発してはいたが。
 そしてオレは――。オレは赤司に恋をしている。ただの憧れだとわかってはいても――。
 オレはずっと、赤司のようになりたかった。けれど、それは無理なので、カントクに話を聞いてもらった後、
(降旗クンがバスケプレイヤーとして生き残る方法がひとつだけあるわ。それは――)
 ――オレが回想に耽っていると、がちゃっと鍵を回す音がした。征十郎が征一郎と何事か言い合っている。――何だろ。
「だから、そんなことまでオレのせいにしないでくれ」
「光樹はピュアなんだ。真っ白なんだ。それをぐちゃぐちゃに汚しておいて――ただいま、光樹」
「オレもいるぜぇ」
「――ただいま。居候」
「ひっでぇなぁ。征一郎。……おめぇ、征一郎だよな? それとも、カラコンした征十郎か?」
「カラーコンタクトは途中で外したよ。……どうも、あんまり意味がなく思えてね」
 征十郎がそう説明した。
「光樹が僕達のことを見破ったからな。……僕も、光樹が誰かと入れ替わっても見破る自信はあるが――」
「征一郎!」
 オレは征一郎に思わず抱き着いてしまった。確かに征一郎ならオレが小金井センパイと入れ替わっても見抜くことが出来るだろう。その、天帝の眼で。確かにちょっと狡くはあるかもしれないが、オレにはそれが嬉しかった。
「青峰……光樹に何か変なことでも吹き込まなかったか?」
 征十郎の言葉に、青峰は「なーんにも」と答えた。

後書き
青峰クンには、降旗クンはすっかりチワワ呼ばわり(笑)。
しかし、カントクは降旗クンに何言ったんだ? 作者の私にもわからない……。最早誰にもわからない(笑)。
2020.04.04

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