ドアを開けると赤司様がいました 129

「じゃ、シャワー借りっからな」
 青峰は実にちゃっかりしている。そして実に――。
 青い髪。日焼けした黒い肌。青峰の動作には獰猛な肉食獣のにおい――というか雰囲気がある。野生の塊と言われた火神よりもっと――。この男はいつでも自然体なんだろうな、って感じがする。
 ――電話が鳴った。オレが取る。
「もしもし、降旗ですが――」
『あ、もしもし降っち~?』
 この軽薄な声は……。
「もしかして、黄瀬?」
『もしかしなくても黄瀬でっす。久しぶり~』
 電話の相手は黄瀬涼太だった。黄瀬が電話するということは――。
「黄瀬……電話して来たのって、青峰関係?」
『当たり。桃っちから電話来てさ~。『一応黄瀬君にも訊いておきたかったんだけど』って。オレ、結構青峰っちと仲良かったから』
「そうなんだ~」
 あの男と友達付き合いするのは大変だけど楽しいだろうな。青峰は人のことを振り回すが、決してイヤな感じはさせない。むしろ、こっちも伸び伸びしてくるような開放感がある。
 でも、もうあいつの方ではオレ達も友達ってことになってんのかな。家出して来てこの家に転がり込んできたし――。
「光樹。あいつの面倒はちゃんと見てろって桃井に伝えるよう言っておけ」
「征一郎。それは桃井にもちょっと荷が勝ち過ぎるんじゃないかな。――伝えなくていいからな。光樹」
 二人の赤司が言った。黄瀬は受話器の向こうでくすくす笑っているようだった。黄瀬のことだからスマホかな。
「あ、今の聞こえてた?」
『うん。オレ、結構耳いいし~。目も鼻もいいよ』
 ――頭は良くないけどな。
 いやいや、オレだって黄瀬のことはそうよくわかってる訳じゃねぇのに、そんなこと思ったら失礼だよな。大体、オレだって頭いいって程じゃないし――まぁ、中の中かな。普通かな。
『じゃ、オレ、桃っちと青峰っちの家に電話するわ。赤司っちと一緒にいるって言ったら青峰っちの両親も安心だろうし』
 赤司征十郎は信用があるんだ。まぁ、帝光中からバスケ部の主将をやっていた男だもんな。青峰との付き合いもオレより長いし。
「うん。今日はここに泊まらせておくから」
 オレはその後、黄瀬と会話を数分かわして電話を切った。
「大輝の両親にはのしつけてあいつのことを送り返してやりたいとこなんだがな――」
 征一郎は苦笑している。
「それにしても、長電話の黄瀬がこれだけで電話を切るとは珍しい」
 と、征十郎。
「うん、何かね……今、笠松サンが遊びに来てるんだって。桃井サンと青峰の両親も心配してるしって」
「ああ、なるほど――」
 征十郎は納得したようだった。
「一番の理由は笠松サンがいるからだろう」
「まぁ……征一郎……それはね……」
 征十郎も笑いを噛み殺しているようだった。ガチャっと廊下から音がした。
「オレが、何だって?」
 青峰がタオルを頭にかけている。赤司のバスローブが青峰には窮屈そうだ。青峰は青い頭をわしゃわしゃとタオルで拭く。
「あー、いいお湯だった」
 今日は風呂も沸かしているのだった。青峰が来たからというのもある。
「青峰。ちゃんとドライヤーで地肌を乾かせ。ほら」
「んだよ。赤司。てめぇはオレの母ちゃんかよ。――まぁ、でも、わかったよ。……洗面所にあったけど、あれ使っていいな?」
「勿論」
 征十郎が頷くと、青峰はバスルームに戻って行った。
「大輝には自分で乾かしてもらおう。――光樹。オマエの頭は僕が乾かしてあげてもいいからね」
 征一郎がアルカイックスマイルを浮かべる。……頭ぐらい自分で乾かせるし、今までだってそうやって来たっつーの。
「何だい? 光樹。押し黙って……征一郎だって光樹の髪の毛引っこ抜くとか、そんなつもりはないと思うよ」
「そんなことをして僕に何のメリットがあるんだ。征十郎。――でも、確かに抜け毛は何本か欲しいかな。まじない用に」
 ――何のまじないに使うんだよ、征一郎。オレの抜け毛なんて……オレは呆れた。
「征一郎。光樹が呆れた顔して見ている。――恋のまじないに使うんだろう。オマエは乙女か」
「光樹を手に入れることが出来るなら、何だってするさ」
 オレ、何にも出来ないんだけどな。きっと……手に入っても何にもならないだろうしなぁ……。征一郎は物好きだな。それとも、単なる冗談か? ――だったら、話はわかる。
 それとも、オレに対して揶揄ってんのかなぁ……友人によれば、オレって揶揄い甲斐があるようだもんなぁ……。
「何だい? 光樹。そんな変な顔して――僕が相手じゃ不服かい?」
「そんなこと――」
 オレが言いかけた時、ドライヤーの音がした。青峰が髪を乾かしているのだろう。
 話し声が聞こえづらくなった。
(続きは後で)
 なんか、征一郎はそんな風に口を動かしたらしかった。オレにも否やはなかった。オレはこくんと頷く。
 征十郎が冷蔵庫を開ける。最近買い物したらしいから、二、三日はスーパー行かなくてももつはずだ。確か、挽肉とかもあったように思う。
 それにしても――やっぱり焼肉の匂いが染みついてるなぁ……食欲をそそる匂い。
 青峰だって焼肉が好きなんだ。焼肉と聞いて嬉しそうだったもん。でも、そのことについてはもう触れて来なかった。青峰大輝という男は、一見無神経のようにも思えるが、他人への気遣いもちゃんと出来る。
 やっぱり――焼肉焼いてやろうかな。でも、肉がない。
 そうだ。肉は近所のあのスーパーへ……。
 オレが立ち上がろうとした時、征一郎がぐっと腕を引いた。
「何をする!」
「オマエはこんな時間に外に出ちゃいけない!」
 征一郎が声を張った。わかった。いいから離してくれよ……! 征十郎が征一郎の、オレの腕を掴んだ手の上に手のひらを重ねた。征十郎は何も言わずに首を横に振った。征十郎も征一郎と同じ意見らしい。
 か……買い物くらい自分で行けるよ。オレだって……征一郎も征十郎も過保護なんだ。まぁ、オレがいなくなれば恰好の玩具を失うのは確かなんだからな。
 ――オレは、その考えにびっくりし、そして、途端に腑に落ちたような気がした。……そうだ。オレは、赤司達の玩具なんだ。何だか、赤司達が本気でオレなんかのことを愛してるんだと思ってしまうこともあったから――。
 オレは、勘違いをしていたようだ。ははっ、リリィのことは笑えないや……。
 赤司達がオレなんかのことを本気で想っているなんて、そんなこと……ある訳ないのに……。
 オレは引っ張られてすとん、とその場に座る。
「――やるから」
「……え?」
 洗面所のドライヤーの音でよく聴こえない。
「買い物だったら僕達がやるから!」
 征一郎が声を張り上げる。……え? 何で征一郎が?
「行こう! ほら、征十郎! オマエも来い!」
 ああ、今度は結構はっきり聴こえた。征十郎も微かに笑って立ち上がる。オレも一緒にいた方がいいかな。赤司達がヤンキーとかに因縁つけられても困るからね。本当に、この二人の赤い髪はすげぇ目立つから。あ、それとも二人とも車で行くのかな。でも、あのスーパーへはいつも歩いて行っている。
「そんな……いちいち言われなくてもキミと行くつもりでいました。じゃあね。光樹――愛してるよ。あ、そうそう。財布も持ってかなきゃあ……」
 オレが聞き取れたのは多分こんなところ。征十郎は本当に人を愛するってどういうことなのかわかってるんだろうか……。オレだって人のことは言えない。
 赤司達が好きだ。この気持ちは、はっきりわかる。でも、二人とも好きだなんて――そんなの本当の愛じゃないと思う。
 わかった。オレも本当の愛を知らないんだ。
 ――赤司達は二人で連れ立って行った。オレが時計を見遣ると――そうか、もうこんな時間か……。赤司達はオレのことについて責任感じてるんだろうな。半ば無理矢理一緒に住むようになった仲だもんな。
 ドライヤーの音が止んだ。何だ。結構遅かったな。
「おっ、どうした? 二人の赤司連中は」
「……買い物に行った」
「そっか……こんな遅くに大変だな。もしかしてオレが来たせいか?」
 青峰はちょっと眉を顰めて言う。その様が何だか可愛らしく見えないこともなかった。
「オレ、突然押しかけてよう……お手製の味噌汁は出るわ、赤司がカクテルは作ってくれるわ、シャワーは使わせてくれたわで、もうすげぇ世話になっちゃってるからよぉ……」
「でもさ、今日は泊まって行ってくれないか。――頼む! オレの操の為に!」
 オレは、青峰の前でパンッと手を合わせた。
「今だって、本当はオレが行くはずだったんだ……歩いて五分のスーパーだし……まぁ、車を動かす必要もないだろうと思って」
「あいつらは歩いて一分のとこだって、今の時間はおめぇを出したがらねぇぜ。――ほんと、大事にされてんな。フリは」
「――玩具としてだろ」
 そう。赤司達はオレに玩具としての価値を見出している。そりゃ、前に征十郎に抱くよう頼んだオレも悪かったかもしれない。こう見えて安い男と思われていたかもしれない。――征一郎にさえ。
「オマエ……まだそんなこと言ってんのか? だとしたら――張っ倒すぞ」
「え……?」
「ちょうどいい。てめぇとサシで話がしたかったんだ」

後書き
赤司様達が去って行った後、話を始めようとする青峰クン。
降旗クンは赤司様達に座敷犬のように甘やかされてますね(笑)。
2020.04.01

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