ドアを開けると赤司様がいました 128

「どう? ご飯にはふりかけしかないけど……」
「あー、それで構わねぇよ。上等だな」
 青峰がにかっと笑う。へぇー、青峰、こんな笑顔も出来るんだ。何となく、年相応な感じだぜ。
「おー、うめぇうめぇ!」
 青峰がガツガツと飯をかっこむ。――あーあ、そのご飯、とっといて明日の朝に出そうと思ったのに……。焼肉もないし。まぁ、残り物じゃあれだから、ご飯は前もってといでおいて、オレが赤司達より早く起きたら何か新たに作ってやるか……。
 赤司達は基本、朝早いんだけどね。年寄りかっつーぐらい。
「はー、食った食った。旨かったぜ。赤司達はいつもこんな味噌汁とか食ってんのか? 羨ましいぜ」
「赤司達はもっとご飯作るの上手いよ」
「――そうだったな。……全く。オマエら羨ましいよ」
「大輝だって料理は苦手な方じゃないだろう?」
 征一郎が言った。
「そうだなぁ……必要に迫られて上手くならざるを得なかったな。オレの場合。さつきがすげぇ料理下手だったから――弁当食ったことあるけど、何か変な音がするし、変な臭いするし――」
 ……やっぱり青峰は苦労人かもしれない。
 桃井サンは美人だし胸も大きいし、いい匂いもするんだけど、あんなに料理音痴じゃちょっと彼女にするのは迷うだろう。
 でも――。
「桃井サンはお雑煮は作れるよ」
 オレは桃井サンの為に弁護してやった。
「雑煮作れるつったってなぁ……今はもう季節外れだし……」
「そう文句ばかり言うもんじゃないよ。雑煮が作れるだけ立派じゃないか。オレ達が教えたんだからな――キミはもう、桃井の雑煮は食べたんだろう?」
 征十郎も応戦する。桃井サンの苦労がわかっているからだ。――桃井サン達に雑煮の作り方を教えた時は征十郎も苦労したからな……。オレも傍で見ていてよく知っている。
「いや、それはまだなんだ……。あいつ、もうテツには作ってやったかな……」
「桃井は黒子とより、キミとの方がお似合いだと思うんだけどな。何なら、いっそ結婚してしまってもいいじゃないか」
「馬鹿ぁ言え。あいつはテツには火神がいるっつっても、テツのこと追い回してるじゃねぇか。あの健気さは表彰モンだぜ」
「そうだね」
 征十郎がくすくす笑う。征一郎は何となく渋い顔をした。
「オマエ達、さつきと雑煮作るなんて、結構面白そうなことをやっていたじゃないか――僕も参加したかったよ」
「いや、傍で見ている程面白いものでもないよ。――すごく苦心したんだからな……」
 征一郎の言葉に、征十郎はくすくす笑いをやめて遠い目をする。オレもあんまり思い出したくない。
「青峰。お茶椀を持って来てくれたら、オレが洗うよ」
「おう。フリ、あんがとな。――どうだい、赤司。フリはいい嫁サンになれそうか?」
 え? オレが赤司の嫁? 何冗談言ってるんだよ、青峰……。
「ああ、最高の嫁だ」
 征十郎まで……。
「待ちたまえ。僕がどうしてよみがえって来たか、まだわかっていないようだな。――僕は光樹を生涯の伴侶とする為に……」
 征一郎と征十郎は何事かをぎゃあぎゃあ言っている。水音でオレには大して聴こえてないけど、楽しそうだな、二人とも。
 オレは食器の汚れを落とすと、きゅっと蛇口をひねって水を止めた。
「――おーい、フリ。あん時は悪かったな。赤司とオマエじゃ釣り合わねぇとか言って――何だよ。赤司のヤツ。二人ともおめぇにメロメロじゃねぇか。……オレにはさっぱりわからん趣味だけどな」
「どうも……」
 オレは振り向いて答える。青峰はまた冗談を言っているのだろう。――オレはちょっと困ってしまった。
 青峰の誤解はいずれ解かなくちゃな――オレは、確かに二人の赤司が好きだし、愛してると言ってもいいくらいだけど、オレと赤司――いや、征十郎との関係は、一、二度寝たぐらいのもものだもんな……。
 オレは赤司達を愛してるけれど――前に青峰が言ったように、釣り合わないんだろうな……。
「何しょげてやがる、フリ。天帝赤司二人に好かれて、おめぇそんなに迷惑か?」
「い……いや、違う……」
「何だい? 光樹。オレ達に何か気に入らないところでもあるのかい? だったら直すから――征一郎にもそうするように言うし、このオレも気をつけるから……」
「いや、欠点を直すのはオレの方だよ」
 オレは言った。赤司は二人とも、何でも出来て、誰にでも勝てて、女にもモテて――。
 こんなチートな男が、オレのようなチンケな――しかも男を相手に恋をすることなんてある訳ない!
「オマエ、可哀想だな。フリ……」
 青峰の目に憐れみがあった。オレのどこが可哀想なんだろう――。
「周りから平凡平凡言われて――オレも言ったんだけどな――すっかり自分が平凡だって思い込んじまって……どうしたらいいんだろうな……罪滅ぼしという訳じゃねぇが、オレでも出来ることがあったら力になるぜ」
「青峰……」
「ま、一宿一飯の恩ってヤツだな」
 青峰は意外と……と言ったら失礼だけど、頭がいいんだな――と思った。でも、このことに関しては青峰もオレの力になれないだろう。青峰も凄い男だから……。きっと、平凡なオレの想いはわからない。
 ――青峰が本棚をがさごそやっている。
「おい、何してるんだ? 青峰」
 征十郎は険のある言い方をする。
「いや、エロ本ないかと思って」
「――ないよ。光樹は淡泊な方だし、オレ達にはそんなもの必要ないし」
「フリがいるから――か。でも、オマエらだって女に興味がない訳じゃねぇだろ? 少なくともフリは本当はノンケじゃねぇかとオレは思ってるし」
「青峰!」
「けど、エロ本が必要ない程フリに夢中か――おめぇら男じゃねぇな」
 ……はあ? 何言ってんだろ。青峰のヤツ。また意味不明なこと言いやがって。
 確かにオレは赤司達には夢中だよ。でも、赤司達は赤司達でまた別だから。多分、女性にも興味あるだろうし。エロ本ないのは真面目だからだよ。
 ……まぁ、征十郎はチョコレートプレイとか知ってたし、征一郎も素股は知ってたけどね……。
 それに――そうだ。青峰、オマエが人のこと言えるかってんだ。
 青峰だって火神に惚れてたくせに……。
「ま、オレも人のことは言えねぇけど……」
 ――何だよ。火神のことか? だったらオレも考えてたけど、何で今それを話題にする? テレパシーかシンクロニシティか?
「オレも、火神のことが好きだったからよ……火神って、女だったらすげぇマブいヤツになると思ってたんだ」
「眉毛が二本に分かれている女子かい?」
 征十郎のツッコミに思わず吹き出しそうになった。
「茶化すな、赤司! ――だからよう、本当はおめーらの気持ちも少しはわかる。わかるが……」
 ここで、青峰の声のトーンが変わった。
「エロ本のひとつもねぇなんて、おめーらやっぱりただのバスケ馬鹿か?! 男だったらいい女に囲まれてのハーレム夢見たりしねぇのか? するだろ? オレだって今でも夢見てるもん。フリ、おめぇだったら理解出来っだろ?」
「ああ……うん……」
 青峰の迫力に押されて、オレは頷いた。オレだってやっぱり男だもん。
「あ……光樹……オレ達じゃダメか……?」
「僕らは男だもんな。光樹が本当はノンケだってことは僕達が一番よくわかってるし――」
 二人の赤司が何となくしょげているように見える。ほら、地雷踏んじゃったじゃないか! 青峰のアホ!
 つい正直に頷いちまったオレもオレだけど――。
 オレだってエロ本やAVに興味がない訳じゃねぇんだ。ただ、バスケや赤司達の存在があったから――目くるめく日々の中で、エロ本なんか必要としない程楽しかったもんだから――。
「済まねぇな。赤司。――フリはてめぇらのもんだよ。フリだってそういう顔してんもん。――あー、火神には黒子がいるしなぁ……火神に失恋した今、やっぱりオレにはマイちゃんしかいねぇぜ――」
「大輝。オマエはさっさとさつきと結婚すればいいんだ」
 征一郎の言う通りだと、オレも思う。
「さつきが素直に「うん」とでも言うと思うか? あいつは今でもテツに夢中だよ」
「でも、大輝が気にならなかったら、一緒の学校行かなかったろ?」
「あいつによれば、オレからは目が離せない、お袋からもオレのことを頼まれてるからとか何とか言って……」
「好きじゃなきゃキミのことなんてとっくに見捨てているさ。桃井のことはオレもよく知っている。本当は青峰が好きなこともな」
 征十郎は優しい目をしている。でも、カラコンだったから、オレはつい征一郎と見紛うところだった。
「それに、あいつはオマエの好みの体型じゃないか。――大丈夫。オレは桃井がオマエと結婚するまでなるべく知っている限りの料理を教えておくつもりだよ。だから、桃井の料理の腕については心配しなくていい」
「そういう問題じゃねぇんだよ。――あー、でも、確かにオレの初恋はさつきだったな……」
 そうか――だから、青峰と桃井サンて、若いくせに熟年夫婦みたいな雰囲気があったんだ。青峰の気持ちを桃井サンは知っていたんだろうか。知っていたとしても、その後、黒子に恋をしたんだから――。
 オレには赤司達がいるけれど、心の中でだけでも言わせてくれ。黒子テツヤ。――オレはオマエが羨ましい。
 キセキにも一目置かれて、桃井サンみたいないい女には好かれ――火神と言う、バスケでは最高のパートナーがいて……。
 ああ、でも、オレはまず神様に文句言うことはないな。赤司達と出逢わせてくれたんだから……征一郎の存在も認めてくれたんだから……本当は、黒子のこともちょっと羨ましかっただけで、オレはこの生活にまず満足している。
 赤司達がいるから、オレは幸せだな――。
 それは、何度か女の子には恋をしてるけど――あのキャンパスのマドンナにだって。でも、やっぱりオレには赤司達の方が大事だ。赤司達がオレのことなど用済みになったと知ったら、オレはきっぱり身を引くよ。
 赤司達が愛してくれた。その記憶を胸に抱いて生きていくよ。
 そんな人生は不幸じゃないかって? 不幸じゃないさ。オレは記憶の中ではいつでも赤司達の傍にいられるんだから。
 だから、神様。もう少しだけ、現実でも赤司達の傍にいてもいいですか――? ドアを開けると赤司達がいる。そんな夢をもう少しだけ見ていても構いませんか?

後書き
青峰クンはそれなりに料理は作れるのではないかと思います。桃井サンがポイズンクッキングだから!(笑)
降旗クンも赤司様達を愛しています。何となく微笑ましいです。
2020.03.29

BACK/HOME