ドアを開けると赤司様がいました 127

「オレなぁ……家出して来たんだぜ」
 バスケを堪能した後、無糖の缶コーヒーを飲みながら青峰がぽつりと呟いた。
「へぇ、そう」
「え……フリ、オマエ『えーっ?!』とか、そういうリアクションねぇの?!」
「だって、青峰っていかにもってキャラだもん」
「どういうキャラだよ……」
「青峰は家出するの初めてじゃないしな。青峰。今度は何をした」
 ――征十郎が訊く。
「何もしてねぇよ。――ただ、ちょっと親父と喧嘩しただけ。で、『こんな家出てってやる!』――って。今からオマエやフリんとこに行くつもりだったんだぜ」
「うちは駆け込み寺じゃないんだけどな――」
「いいじゃねぇか、な、フリ。おめぇんとこ、清潔で、狭いくせにいい匂いがして、オレ、好きだぜ」
「う……うん……」
「僕達の承諾も得てからにして欲しいね」
 征一郎はちょっと怒ってる風だった。
「あ、わり。でも、オマエらはわかってくれると思って。オレの性格もわかってるしな」
「はいはい。――ったく……」
 征十郎は苦笑しているみたいだった。
「ご飯は余ってるけど、食べるかい? 青峰」
「メニューによる」
「偉そうだなぁ……。ご飯と味噌汁と――簡単に肉でも焼いたものだけど」と、オレ。
「焼肉か?!」
 途端に青峰の声が弾む。目だって爛々と電灯の下で輝いている。
「あ、ごめん。焼肉はもうないけど――ご飯と味噌汁だったらあるよ」
「それだけでもありがてぇぜ。少なくとも今夜は世話になるんだから文句は言わねぇ。――ありがとな、フリ」
「いやぁ……」
「大輝のヤツ……泊まる気だよ……」
 今日だけは両目とも赤い目の征一郎が盛大な溜息を吐く。オレは――実は嬉しくないこともなかった。青峰とは友達だもんな。――青峰も勘違いしたり、考えが先走ったりするところもあるけど、悪いヤツじゃない。
 ……少なくとも、征十郎や征一郎よりは余程性のいいヤツだ。口は悪いけど。赤司達だって、いいヤツには違いないんだけど。
「んじゃ、オレ、先に帰ってる。味噌汁沸かさなきゃ」
「あ、カギは――」
「そうだ。持って来るの忘れてた……」
「はい」
 征十郎がオレに部屋の鍵を渡してくれた。オレは駆けて行った。鍵を開けて灯りをともす。カクテルの香りがしたように思った。急いで味噌汁を温める。赤司達のように美味しく出来たか、いまいち自信ないんだけど。
 赤司達と青峰がやって来た。
「おーっ! やっぱりいい匂いだな。何だ? 味噌汁か? 甘い匂いもするぜ」
「今日は征十郎がカクテルを作ってくれたんだ」
「――マジか?! いい時に来て良かったなぁ」
「青峰、オマエの分はないよ」
 征十郎が言った。
「えーっ?! ひっでぇなぁ」
 青峰が抗議の声を上げる。
「キミが来るとは思わなかったものでね。でも、まだ材料はあるから、作ってやってもいいけど。ただし、オレ達は未成年だからノンアルコールだよ」
「――サンキュな。赤司。オマエはやっぱりいいヤツだよ」
「オレも自分で『なんてお人好しなんだろう』とは思うよ。オマエを家に突き出すことも出来たはずなんだからね」
「そうだな……わり」
「少なくとも、今夜一晩だけは置いてやる。いいだろう? 征一郎――光樹」
「オレは別に構わないよ」
 かえって、青峰が来て家の中は目に見えて明るくなったような気がするから、今夜だけなら青峰がいてもいいなぁ、と思った。
「まぁ、僕にも反対する理由はない。邪魔者が一人増えただけだ」
 征一郎は、わざとなのだろうが、憎まれ口を叩く。そして小声で続けた。
「全く――今日こそはと思ってたのに……」
 今日こそは? 何が今日こそは……だったんだろう。
「征一郎……抜け駆けは許さないよ?」
 征十郎は征十郎で怖い笑顔で征一郎を牽制しようとする。抜け駆けって何だ?
「おい、フリ。もう味噌汁沸いてるだろ?」
「ああそうだった」
「――ったく。意外におめぇもモテんな」
 かははっ、と笑いながら青峰は立ち上がってオレの頭を撫でる。
「モテるって……どういうことだよ……」
 青峰がオレから離れた。ちょっとびっくりしているようだった。
「フリ。オマエ、あいつらが何について話しているか、本当にわからないのか?」
「――知らない」
 もしかしたら、やっぱりオレのことでも話してんのかなぁ、と漠然とは思ったけど――今日こそは……とか、抜け駆けとか、オレには関係なさそうだもんなぁ……。ここに女の人がいれば、ああ、この人について喋ってんだ、ってわかるけど。
 ――そうか! 征十郎と征一郎には、やっぱり秘密だけど好きな人って他にいるんだ!
 ……いてもおかしくはないけどさ。あーあ、やはり、オレが赤司達を好きだという気持ちは、オレの独り相撲になりそうだぜ。
 青峰が、はーっ、と溜息を吐いた。
「どうしたの? 青峰……赤司達は好きな女の子のことについて話してるんでしょ?」
「フリ……女の子って……そんな風に見てたのかよ……」
「だって、征一郎も今日、女の子に告白されたって言ってたし――好きな女性がいるのはあいつらにとってもごく当たり前のことだろ?」
「普通ならな。でも、二人の赤司にはフリと言う存在がいるだろ」
「オレ……?」
「青峰。そんな話、光樹としたって無駄だ。光樹には何もわからないんだから。――バスケのこと以外」
 征十郎がびしりと言った。
「そうだったな……ちょっと疲れが出て来たぜ……」
「大丈夫? 青峰。バスケのし過ぎで疲れたんじゃ……」
「別に、バスケで疲れてんじゃねーよ。バスケだったらそんなに疲れねぇ。疲れても、爽快な疲れだ――疲れたってのは、オマエのことだよ。フリ……いや、本当に疲れてる訳じゃねぇかもな。ちょっとおもしれーし」
「大輝……僕達のことで面白がってるんじゃない」
「いいじゃねーか。えーと、征一郎だっけ? おめーは散々人のこと翻弄して来たんだからな」
「オマエが翻弄と言う難しい言葉を知っているのにまずびっくりだが――意味はわかってるんだろうな」
「おめーなー。そう人を馬鹿にするもんじゃねぇぜ。オレだってただ意味もなく大学行ってんじゃねぇんだぜ」
 青峰がちちちっと指を振った。
「そうか。大輝も成長したということだな」
 と、征一郎。青峰が征十郎に向き直る。
「……おい、征十郎だったな、オマエの名前。こいつ、本当にあの赤司か? もう一人のおめーか?」
「オマエだって、随分と失礼な台詞を僕に聞かせてるじゃないか。……さっきのオマエの言葉を借りれば、僕だって成長してるんだぞ」
 征一郎がちょっとムキになる。
「……ふーん。オマエ、急に中二病になったと思ってたんだけどな……」
「あの頃は、オマエ自身大変だったからな。僕の存在も知ってはいないと思ってたのに……」
「ああ……確かに帝光の頃は大変だったぜ。オレはオレで急成長を遂げて、チームを百戦百勝に導いてたもんな」
「百戦百勝に導いてたのは僕じゃないか」
 何だか――青峰と征一郎、楽しそうだ。そりゃ、思い出の中には苦い味の日々もあったのかもしれないけど、それでも、青峰と赤司――征一郎――は仲間なんだ。
 そういうのって、いいよな……。
 オレも誠凛バスケ部はいい仲間がいて楽しかったけど。黒子や火神とは今でも頻繁に連絡取り合うもんな。カワやフクは元気にしてるだろうか……。
「おい、フリ。――味噌汁、くれや」
「ああ……うん……」
 何となくセンチメンタルになりながら、オレは青峰の為にあっためた味噌汁をお椀によそう。
「ご飯はレンジでチンするから――」
「そうだな。あー、便利な世の中になったもんだぜ……」
 征十郎がいなければ、うちには今でもレンジがないままだったかもしれないけれど――。人並みの生活が出来るのは、赤司家降旗家両方の仕送りと、征十郎や征一郎のおかげだ。
 いや――赤司達のおかげで人並み以上の生活が出来ている気がする。洗濯物は綺麗に片づけてあるし、部屋はストーブのおかげで暖かい。ボディーソープやシャンプーリンスはいつでも揃ってるし、お風呂はいつも適温に保たれている。オレ一人だったら、まだテレビひとつすらなかっただろう。

後書き
青峰クンが家出しました。
しかし、それにしても降旗クンの鈍さは国宝級!(笑)
2020.03.21

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