ドアを開けると赤司様がいました 126

 ――落ち込んでいる征十郎とは対照的に、征一郎は楽しそうにしている。
「何だよ、征一郎……随分はしゃいでいるじゃないか」
 征十郎が恨めしそうに言った。
「だって、人を騙すなんて、こんな楽しいことはないじゃないか。僕なんか今日、僕のことを征十郎と思っている女の子から告白されたよ。あ、勿論断ったけど。――僕には光樹がいるから」
 いいんだけださ……征一郎、こんなキャラだったっけか……。
「征一郎……」
「あ、今日はオレ、ご飯作るよ」
 多少、征十郎の心が読めるようになった。オレには天帝の眼はないけど。それでも。征十郎がご機嫌斜めなのはわかるんだ。――長いとは言えないけど、短いとも言えない付き合いだから。
 もうすぐ四月だから。
 ドアを開けると赤司征十郎がいた。不思議なもんだな。あれからもう一年か。
「光樹の手料理かい?!」
 征十郎が、がばっと顔を上げた。現金なやっちゃ。
「簡単なものしか作れないけど――あるものでいいかな」
 オレは冷蔵庫の中を覗いた。豚肉があるな。――よし。今日は焼き肉のタレもあるから、焼き肉にしよう。
「今日は焼き肉だよ」
 赤司達が歓声を上げる。やっぱり赤司達も肉が好きなんだなぁ……味は焼肉専門店には劣るかもしれないけど、一生懸命作るからね。
 肉をタレに付け込んで――と。それだけだと寂しいから、味噌汁も作る。……ご飯は征十郎がセットしてくれたから。
 ――肉の焼けるいい匂いがする。我ながら旨そうだ。唾が口内に湧き出る。味噌汁はもう出来上がったからな。赤司達にはちょっと味噌汁でしのいでもらおう。
「はい、二人とも」
「おお、旨そうだ。――味噌の香りがいいね」
 征十郎が堪能しているようだ。オレは肉を焼く作業に戻る。肉を焼き終え、オレが赤司達の方を見ると二人は同じ動きで味噌汁を飲み終えようとしていた。――ユニゾンだ。オレはくすっと笑った。
「ん? 何だい? 光樹」
 味噌汁を飲み終えた、多分今日だけオッドアイの征十郎が訊いた。――彼は征一郎のふりをしているのだ。
「だって――征十郎と征一郎が同じ仕草してたもんだから……」
「馬鹿な――」
「……ふっ」
 征一郎はうう……と唸る。征十郎はつい笑ってしまったようだ。征十郎、すっかり機嫌が直ったようだ。良かった。
「今、ご飯と焼肉取り分けるからね」
「いや、僕がやるよ」
「オレも――」
 征一郎と征十郎は、オレの前では普通にいつもの一人称で喋っている。二人とも立ち上がってキッチンに寄って来る。
「そっか。悪いね」
「いやいや、光樹はオレ達にご飯作ってくれただろう? ――充分だよ」
 征十郎が労ってくれる。有り難い。
「まるで、嫁をもらった気分だ。――征十郎さえいなければ」
「あはは、光樹はオレの嫁だよ」
 あはは、男は嫁になれねーよ。面白い冗談言うヤツだな。征一郎も征十郎も。
「征一郎。光樹は美味しい饅頭を作るんだ」
「ああ、知ってるよ」
「でも、実際に食べたことはないだろう?」
 征十郎はドヤ顔をする。征一郎がぐっと唇を引き締めた。――そして言う。
「くっ……光樹。僕にも饅頭作れ」
「は? でも、今材料が……」
「馬鹿だなぁ、光樹。今のは征一郎なりのプロポーズだよ」
 ……えっ?! ――オレはさぞかし口をあんぐり開けてマヌケ面を晒していたことだろう。征十郎……それもアンタなりの冗談だよな……?
「――まぁ、否定はしない。けれど、美味しそうだと思って天国から眺めてはいた。……僕はいつでも征十郎が羨ましかったよ。天国ではバスケも出来やしない。今は若い人も増えて来たけど、割合じい様連中が多いからな」
「えっ! 天国ってバスケ出来ないの?」
 ――だったらオレ、死ぬのはやだなぁ……。
「黒子や火神みたいな強敵はいないし、光樹みたいな成長株も見当たらなかったし――」
 そっかぁ……オレ、征一郎に成長株と思われてたんだな……嬉しいな。
「まぁ、上手いのは何人かいたけれどね――それに、バスケで成功したアメリカのプレイヤーなんかにも会ったし――」
 へぇ、それは羨ましいな……。
「僕はじい様達と将棋してたよ。囲碁もやったよ」
 そういえば、赤司は将棋が得意だったっけ――中学時代は緑間ともよく将棋を指してもいたんだっけ……。話によれば。
「でも、僕はすぐに勝ってしまってね。将棋も囲碁も楽しいけれど、やっぱりバスケが一番だよ」
 バスケが一番……。そうだな。オレも、そうだ。
「それに、ここには光樹がいるしな」
「光樹が天国へ行くまで待てなかったのかい?」
 征十郎が微笑みながら軽口を叩く。
「相手は若い方がいいだろ。共白髪というのも悪くはないがな。それに征十郎。――やっぱり僕はオマエとも再会を果たしたかった……」
「嬉しいね。――食後にはカクテルでも飲むかい?」
「えっ?! 征十郎、カクテル作れるの?!」
「まぁな――」
 知ってたけど――征十郎ってほんと、チートなヤツだな……。
「前にシェイカーを買ったのを忘れててさ――コンクラーベでも作ろうか。ノンアルコールだよ」
「そうだな。征十郎も光樹も僕もまだ未成年だから、アルコールは摂取しない方がいいな。それに、運動部は飲酒に厳しくなったらしいしな」
「合コンで無茶するヤツが増えたからじゃね?」
 と、オレは答える。
「僕達はアルコール依存症でもないし、特に不自由はしないな」
「そうだな。バスケ依存症ではあるかもしれないがな」
 ――今のは、征十郎なりの冗談だったらしい。
「……でも、二十歳になったら一緒に酒を酌み交わそうぞ。約束だ」
「ああ、約束」
 征一郎と征十郎が指切りをした。ああ、いいな。こういう光景。こういう二人が見たかったんだよな。オレ。この間はちょっとギスギスしたことがあったもん。
 ……喧嘩する程仲がいいってことかな。征一郎と征十郎はお互い分身同士だし。
「コンクラーベを飲んだら……一緒に出掛けようか。光樹。――征十郎も来てもいいけど」
「え? どこへ?」
 迂闊にもオレは征一郎にそんな質問をしてしまった。オレだってすぐにピンと来ても良かったはずなのに――。
 赤司征十郎に征一郎。そして、オレに縁の深いところと言えば――。
「屋外のバスケコートだよ」

 オレがくるくるバスケを指で回しながら歩いていると、征十郎がそれに目をあてた。
「ん? 何?」
「いや――上手くなったもんだと思ってな……」
 コートには先客がいた。
「青峰……」
 青峰はオレ達に気付いてないようだった。フォームレスシュートを打っている。すげぇなぁ……青峰はストリートバスケ出身だからな……。でも、こんな時間まで練習する程、こいつバスケ好きだったんだ……。
 オレが改めて感心していると――」
「お――」
 青峰がバスケットボールを操っていた手を止めた。
「よぉ……」
「やあ、大輝。こんなところで会えるなんてね」
 そう言ったのは征一郎だ。征一郎は基本、人を下の名前で呼ぶ。青峰が不思議な顔をした。
「んだよ。赤司――昔のように人のこと下の名前で呼びつけやがって」
「あ、そっか――僕達変装しているんだ。カラーコンタクトで」
「ふうん。カラコンだけでも随分印象が違うもんだな」
 青峰は目がいい。真っ先に赤司達の目の色に気が付いた。まぁ、俺も瞳の色でわかったけどさ。――征十郎が言った。
「今日は1on1をしに来たんだ。まさかキミがいるとは思わなかったけど」
「んじゃ、予定変えて2on2にしねぇ?」
 オレは、それに異存はなかった。でも――青峰はどこかイライラしているというか……よく見ると寂しそうでもあった。――さっきのプレイには人を簡単に寄せ付けない何かがあったもんな……。

後書き
赤司様のカクテル、ノンアルコールなら私でも飲めるな……。
そして青峰。青峰はやっぱりバスケが好き。
2020.03.18

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