ドアを開けると赤司様がいました 125

「OKって言っておいたぞ」
 嬉しそうだな。征一郎……。話はオレのことなのに、何であんなにウキウキしてられるんだろう……。
「おお、そうか!」
「早速アップするって言ってたぞ。では、オレはそれまでシャワーでも浴びに行って来るぞ」
 征一郎が去った。というか、まだシャワー浴びてなかったのか……。
「どうする? 光樹。これから……」
「寝るよ。シャワーはミニバスチームの施設でも浴びて来たし……征十郎はどうすんの?」
「オレも簡単に体洗ってシャワーにするよ。でも、その前に他の動画でも観てるよ。猫の動画が可愛いんだ」
「猫の動画……」
 オレはちょっと意外なものを見る目で征十郎を見ていたであろう。そりゃ、征十郎が動物好きなのは知ってたけど、天帝と言われた男、赤司征十郎とぬこ動画……あまりに似合わない……。
 オレはパジャマに着替えた。――ん。あいつら……というか、征一郎、パジャマも洗ってくれているんだ。洗い立てのいい匂い。すぽん、と首を出した。
「ふうっ!」
 オレはつい大きく息を吐いた。
 赤司達は結構家事にも向いているようだ。ていうか、何でも出来るんだもんな。あいつら……。
 オレは布団に潜り込んだ。お日様の匂いがする……。この頃、暖かくなって来たからな……。
「んん……」
 オレは寝がえりを打つ。――赤司達はパソコンを覗き込んでいるのだろう。ぼぞぼそという声がする。
「なるほど、光樹も上手くなったもんじゃないか……」
「まだ、僕達には及ばないけど、なかなか大したもんだ。今度、また練習に付き合ってあげよう……」
 何だか、嬉しいことを言われてるような気がするなぁ……オレは、うとうとと夢心地だけど。そのうち、オレは本格的に眠りに落ちてしまった。

「――光樹。光樹。起きたまえ。今日は学校だろう?」
 征十郎――か、征一郎の声がする。あっ、そうだ! 学校!
「起こしてくれてありがとう! ええと……」
 両目とも赤い目だから、征十郎か……。
「征十郎!」
「ああ、そうだ。オレは如何にも赤司征十郎だ」
 ? ――何だろう。征十郎のヤツ。念を押すような言い方したりして。
「うん。征十郎だよね」
「――ああ」
 何だろ……何か違和感がある……。
「オマエ、本当に征十郎かよ……ちょっと征一郎にも挨拶してくる!」
 オレはリビングに向かった。――征一郎は台所にいた。
「やぁ、おはよう。光樹」
 この笑顔は――征十郎だ! 征十郎のものだ!
「――征十郎!」
 征十郎が困ったように微笑んだ。あれ? 気に障ったかな。そういえば、この征十郎、オッドアイだ……。もしかして――。
「オマエ達、オレを騙そうとしてたのか?」
「いやぁ、バレてしまったか……」
 征十郎が赤い髪を掻き揚げた。――征一郎もやって来た。
「光樹にはバレるかな、とは思ったんだけど、こんなに早くバレるとはねぇ――」
 と、征十郎。
「ふん、オレは勘はいい方なんだよ。オレを騙そうなんて、そうはいかないぞ」
 ――そう、それに、征十郎は聞いたことがあるはずだ。オレと小金井センパイの話。その時からオレは、人を注意深く見るようになったんだ。
 征十郎と征一郎を見分けられないようじゃ、オレは一緒に住んでたのにどこ見てたんだ!――という話になるよね。
「征一郎。せっかくだから、赤司征十郎として――つまりこのオレとして学校に行ってみないかい?」
「ああ。光樹以外になら、見破ることは出来ない自信があるよ」
 そんな自信持たなくていいのに……。何か空気が柔らかいけど――征十郎も征一郎も、オレに見破られて嬉しかったんだな。……そうだな。小金井センパイの変装をしていたオレを黒子が見破ってくれた時、オレもなんか嬉しかったもんな……。
「あ、そうだ。キミのダンクの動画の再生数伸びているぞ」
 征一郎がスマホをいじっている。へぇ……そうなんだ。南野クン達への餞というつもりでやったんだけど……。なんか、こそばゆいな……。
「良かった……」
「そうだね。キミの生徒達の為にも、良かった」
 征十郎がきっぱりと言った。
「けれど――話は変わるけれど、ほんと、オレと僕の正体について、すぐにバレて……悔しいけれど嬉しいよ。オレだって、キミの変装はすぐに見破れる自信があったのだが――」
 ああ、征十郎……!
「それにしても、目の色が違うよな。征十郎は赤い目だし、征一郎は赤と金色のオッドアイだし――どうやって目の色をごまかしたの?」
 オレは、征十郎と征一郎の名をスムーズに口に出来るようになっていた。
「ああ、それは、カラーコンタクトだよ。オレも征一郎も、カラーコンタクトを前々から持ってたんだ。目の色を隠す為とか、必要に迫られて――とか。征一郎のはオレが形見として大事に預かってたから」
「カラコン……」
「そう、そこで光樹を騙くらかそうとしたのが――」
「僕だ」
 征一郎がきっぱりと言った。――征一郎は意外と悪ふざけが好きだ。尤も、そのせいで黒子やその友達の荻原という人に迷惑をかけたらしいが――。
「まぁ、でも、オレも乗ってしまったしねぇ……」
 征十郎もなかなかの悪戯心の持ち主らしい。そうだよなぁ。元は同じひとつの魂だったんだから……。
 疑うヤツもいるかもしれないが、オレは、征一郎と征十郎が同一人物であることは本能でわかる。同じ人物でありながら、それぞれ違う個性を持っている。だから、オレは惹かれた。
「征一郎。大学の連中も騙す気?」
 オレは訊いた。
「ああ。そうでないと面白くないだろう。光樹にはすぐにバレてしまったからな」
「オレ――いや、僕達は一応双子ということになっている。どのぐらいの人数を騙せるだろうな」
 征十郎もノリノリで……全く、頭が痛いよ。実害はそんなになさそうだけど。
「ほら、見てくれ。光樹。キミのダンクシーンだよ」
 それは……これがオレかと思うくらいに綺麗なダンクシュートだった。自分でこう言っちゃ何だけど――オレ、なかなかやるじゃん。
 南野クン達にも、いいお手本になることが出来たかな――。
 これは、赤司達の力だけではなく、オレの実力でもあるんだ。そりゃ、赤司達が祈ってくれたからもあるかもしれないけれど。
 赤司達って理力凄そうだもんな――。征一郎なんてどういう手段で来たかわからないけど、この世に実体を持って生れ出て来たんだし。征一郎も凄いよ。
「コメントもいっぱいあるよ」
 征一郎がコメント欄を見せてくれた。好意的なコメントが多かった。その他は――普通だな。アンチコメントが湧くにはまだ早過ぎるのかもしれない。
 征十郎がパンと半熟卵と牛乳とコーヒーを用意してくれた。オレの好きなサラダもある。……朝はなるたけ軽めにしたいと言う、オレの要望を聞いてくれたのだ。
 ――オレは、エッグスタントの半熟卵の殻をエッグオープナーで割る――と言うより、切る。
 そういえば、黒子はゆで卵が得意だったっけ。ゆで卵なんて誰が作っても同じだと思ってたけど、確かに黒子のゆで卵は美味しかった。
 ――取り敢えず、カントクよりはマシかもな。
 鞄を持って、オレは大学へと向かった。赤司達とは途中まで一緒だ。ちょっとオレもどのぐらいの人が征一郎と征十郎を間違えるのか、楽しみになって来た。――オレも、悪ふざけは嫌いな方じゃないから。
 今日も電車は満員だ。へろへろになりながら駅へと着いた。
(あら、赤司様よ――)
(本当は双子だったんだってね)
(あのオッドアイに心を射抜かれたいわ……)
 ひそひそ、こそこそ――。
 あの女学生達、まだ征一郎と征十郎が入れ替わったことに気が付いてないよ――。ちょっと面白いかも。今日だけは赤司と同じ大学行って様子を見てみたかった。
 ――オレって、ほんっと性格悪い。
「じゃあな。赤司! オレはここで別れるから」
「……キミもオレと同じ大学に来ればいいのに……」
 征十郎が残念そうだ。
「うん。でも、やっぱりオレは今の大学が性に合っていると思うからさ」
「キミがそう言うんだったら無理強いは出来ないね。行こうか。征一郎」
「そうだな」
 ――ところで、征一郎も大学に行って大丈夫なんだろうか。正式な学生でもないのに……ニセ学生を気取ると言ったって、征一郎――いや、征十郎か――は目を引き過ぎるよ……。
 何たって赤い目に金色のカラーコンタクトだもんな。
 ま、無事でやれよ。
 オレが部活が終わって学校から帰って来た時(いつもより少し遅くなってしまった)、征十郎がしょんぼりしていた。
「オレ、部外者だと思われて大学から追い出されたよ……」

後書き
征十郎と征一郎のちょっとしたいたずら、すぐにバレちゃいましたね。
落ち込む征十郎が可愛くないこともない(笑)。
2020.03.13

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