ドアを開けると赤司様がいました 124
征十郎がオレにキスをする。柔軟剤と赤司自身の香り。誰をも何となく惹きつけてしまうだろういい香り。――征十郎は泣いている。オレも何だか泣きたくなった。
「愛してるよ、光樹……」
……これは、本当に現実だろうか。赤司征十郎という、稀代の傑物に愛されるなんて――。
オレには、そんな資格、ないのに……。
何故か黒子のことが頭を掠めた。
(自分のこと、あんまり卑下しちゃ駄目ですよ。降旗クン)
うん。そうだね……オレももう、自分を卑下するのはやめる。
オレは、赤司征十郎が好きだ。愛している。――だけど、征一郎のことも愛している。こんなこと言ったら、征十郎と征一郎の二人に怒られるかな。絶対怒られるよね。でも――。
征十郎がオレを抱き締める。彼の涙の粒がぽとっとオレの頬に落ちた。
「愛してるよ。征十郎――」
キミがオレの為に泣くから……愛してるよ。キミの独占欲も、大人に見えるようでいて、実は年相応の素顔も。
愛してるよ。
征十郎が涙を拭いている時、キィ、と音がした。――征一郎!
「ふん、やっぱりな……」
冷たい声。オレのこと、怒ってるんだろうか――。
「揺さぶりをかけたら、オマエは何らかの行動に出ると思ってたんだ。――征十郎」
……もしかして、征一郎の怒りの対象は、征十郎?
「……征一郎。オレはさっきの台詞は撤回はしないよ。……オレは、降旗光樹を愛している」
「そうかい、僕もだ」
「征一郎……せいじゅ……」
「待っててね。今、話を終わらせるから」
そう言って、征十郎はオレのこめかみにキスを落とした。
「ううん。オレもここにいる」
オレとしては些か頑固に、言い切った。だって、話ってオレのことだろ?
「征十郎のこと、愛してるよ。勿論。だけど――征一郎のことも愛してるから……」
オレはおずおずと言った。怒られてもいい。真実なんだから。オレは二人が怒ることをそんなに怖く思わなくなった。征十郎と征一郎は、顔を見かわした。
「光樹……キミ、自分が何言ってるのかわかってるのかい? オレ達二人を相手にすることはすっごく大変なことなんだよ。本人のオレでさえ、征一郎を持て余しているというのに――」
征十郎の言葉に、征一郎の表情が硬くなった。
「……何だい。征十郎。ちょっとこの世で生きて来た時間が僕よりも長かったというだけで、生意気だな。それに、僕が生まれてからの征十郎は何もかもを僕にひっかぶせて自分は潜在意識の中で微睡んでいたじゃないか」
――征一郎の、硬質の声。
「否定はしないよ。キミのおかげで助かったことだって随分ある。だけど……光樹のことでは譲れない。……光樹。キミはオレ達にどうして欲しい?」
「う……喧嘩なんかしないで、今まで通り仲良くやって行こうよ……」
征十郎の言葉におれはおどおどしながら言った。
そうだよ。仲良くやって行こうよ。オレ達にはそれが出来るんだから。オレは、征十郎も征一郎も大好きだから――。
ここで決裂なんて……悲し過ぎるよ……。
「僕が生まれたのは僕が光樹に恋したからなんだけどな……光樹には、僕の気持ち、伝わってなかったのかな。生まれ出てきたのも全てオマエの故だと言うのに……」
「征一郎――」
その後どういえばいいか、言葉が続かなかった。
征十郎を愛している。――それは、『YES』だ。でも、征一郎のことも愛していて……。それは多分、恋じゃないのだろう。
恋なら……その人しか目に映らなくなるんだろうな。よくわからないけれど。オレにはそんな経験――いや、ある。
バスケだ。
――オレは、凄いバスケに夢中だった。ボールをいじってたら時間がすぐに経っていた。高校生で、家にいた時から。母ちゃんが「ご飯よ~」と呼ぶのも気に留めないでいて――。
バスケに出会ってから……もっと言うと、誠凛バスケ部に入ってから、オレはバスケに夢中だった。それ以前からバスケは好きだったけど――。
「オレの恋人は……バスケ……れしゅ」
げっ、また噛んじまった。しかも、肝心なところで。
二人の赤司がくっくっと笑う。オレが噛んだのがそんなにおかしいか? ――おかしいよな……。
「そうだった。こいつはそういうヤツだった。オレ達と同じく――心からバスケを愛してたんだよな。征一郎、なぁ……バスケが相手では勝ち目はないと思わないかい?」
「そうだな、そうだった……僕の一番もバスケだった。今日はもう遅いけど、後で1on1しような――光樹」
それは願ってもないことだった。まぁ、オレはまだ、征一郎や征十郎には敵わないけれど。
強い相手と戦うのが上達の近道だ!
きっと、征十郎も征一郎もほんとはバスケに恋をしている。オレは、その恋心を表す術を未だに見いだせないでいたけれど――。赤司達のおかげで、あの時の情熱がよみがえったんだ。ありがとう。
「征一郎、征十郎……オレのバスケ熱を馬鹿にしないでくれて、ありがとう」
「あ、ああ……気持ちはわかるし」
「最初、オマエと対峙した時は、弱過ぎてどうしよう……と思ったもんだけどな」
「征一郎!」
――オレはあっはっはと大笑いした。
「いいんだよ、征一郎……確かにあの時のオレは弱かったしね……高一のウィンター・カップの時だろう?」
そして、今も強いとは言えないけれど……赤司達のおかげでバスケが熱い! ……今までだってバスケは好きだったけど、赤司達がいなければ、あんなダンク、出来なかっただろう。
――電話が鳴った。
「あ、もしもし――」
『もしもし、小笠原ですが――』
小笠原コーチの快活な声が聞こえる。何だろ。――何だかいいニュースの予感がした。
『こんな時間に済まないね。でも、教えてあげたかったものだから』
「何でしょう」
『キミのダンクを動画に撮っていた子がいたんだよ。……偶然だけどね』
何だよ……オレなんかのプレイ撮るより、練習に力入れろよ……。オレは、照れ隠しにそう思った。けれど、嬉しくない訳じゃない。
「どうしたんだい? 光樹。ニヤニヤして」
う……征一郎にも言われてしまった……。
『――降旗クン?』
「あ、いいえ……一緒に住んでる友達が冷やかしたもので」
『そうかい。赤司クンだね? 南野クンから聞いてるよ』
「はい……」
オレは思わず頬が熱くなるのを感じた。友達じゃなく、恋人ですって言えればどんなにいいか……でも、オレの恋人はやっぱりバスケだし、征十郎も征一郎も愛おしいけど、男だし――。
オレと赤司達の関係を知ったら、小笠原さん何て言うかな――いや、小笠原さんはそう言う偏見を持つ人じゃないって思ってはいるけれど。――南野クンはどこまで話したのだろう。オレと赤司がルームシェアをしているところまでかな。
『それでね、降旗クン――その時の動画をyoutubeみたいな動画サイトにアップしようと思うんだけど、どうかな?』
「……え?」
『あのダンクは一見の価値があるよ。それで、キミが良ければ――』
そうだなぁ……小笠原コーチに認めてもらえるのは嬉しいけれど……。オレは何となく赤司達の方を見た。征十郎が訊く。
「何だい? その顔は――光樹、ちょっと当惑してる感じだね」
「うん……とてもいい話があったんだけど……オレのダンク姿、動画サイトにアップしたいんだって」
「いいんじゃないかな。……小笠原コーチは信頼出来る人だよ」
「ああ」
そうか……征十郎も征一郎も賛成か。でも……。
「は、恥ずかしいな……」
「光樹! 恥は捨てなきゃ! そんなんじゃ海外でやってけないぞ!」
「うん……」
征一郎の言う通りかもしれない。これじゃ、NBAどころかGリーグでも使ってもらえないかもしれない……。
「光樹。キミはもっと自分を売り込むことを考えないと!」
「う……うん、そうだね……」
オレはこくこくと頷く。征一郎が満足げな顔をした。そして、「はい」と手を出した。
「受話器を貸してくれたまえ。僕から話すよ」
「……えっ、いいよ……」
「だって、キミと小笠原コーチじゃ、いつまで経っても話がつかないじゃないか。訊いておきたいんだけど、キミはダンクの動画をアップするのは反対ではないんだね? ……じゃあ、恥ずかしいだけか……」
「どうも……」
征一郎に見透かされた感じになってオレは俯いた。
「光樹。征一郎に任せよう。こういう話し合いは征一郎にも向いているんだ」
「そうか……それじゃ……」
オレは征一郎に甘えることにした。征一郎の表情がぱっと明るくなった。征十郎がふふっと笑った。
「光樹に頼りにされて嬉しいんだよ。あいつは。――オレもそうだけどね」
征十郎がオレの耳元で囁いた。清潔な吐息がかかる。オレはくすぐったくて身を捩った。可愛い……と征十郎が言ったような気がするけど……空耳じゃないよね……。男の可愛いが何になるんだろう、と、オレもちょっと真剣に考えたことあるけど。
後書き
降旗クン、卑下をするのをやめるなんて、その心意気や良し!
そして、小笠原コーチから動画アップの話が……降旗クンも悪くない話だと思っているけれど?
2020.03.11
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