ドアを開けると赤司様がいました 123

 オレ達はテレビでバスケ選手の動きをじーっと観ていた。征十郎がいろいろ解説してくれた。征一郎がそれに耳を傾けてそれから質問をする。その質問に征十郎は答える。バスケの世界は日進月歩で、征一郎でも知らなかったことがあったのだそうだ。
 基本的には今までと同じだと思うが、征十郎のコメントはオレも随分勉強になった。バスケで他校の選手の研究していた時、カントクも解説してくれたけど。
 カントクって、何であんなにバスケ詳しいのかなぁ……好きなんだろうな。バスケが。きっと、日向サンの影響だ。
 オレ、高校が誠凛で良かった……でなかったら、赤司には鼻もひっかけられなかっただろうからな――。
「ほら、ダンクだよ! ――光樹。キミのダンクも観てみたかったなぁ……」
 征十郎が興奮気味に叫んだ。
「今度またね。……また成功するかどうかわからないけれど」
「まぁ、初めから上手く行くとは思っちゃいないさ。オレも随分失敗した」
「僕は最初から出来たぞ。征十郎。お前と僕とは出来が違うんだ」
「はいはい、そうですか」
 征十郎は征一郎を簡単にいなした。征一郎、ちょっと頭に来たんじゃないかな……オレは征一郎の方を見る。案の定、征一郎はムッとしていた。少し、何とか言ってやった方がいいかな。征十郎に――そう考えていた時に、ふわりと爽やかな香りがした。征十郎?!
「ちょっと! 征十郎!」
「ん……何だい……?」
 征一郎が見てるよ――そう言いたかったが、征一郎はもう画面に釘付けになっている。最早征十郎に質問することすらしない。
 そっか……あの集中力があったから、彼は天帝として高校バスケ界に君臨することが出来たのだ。その点でいえば、征十郎も同じはずなんだけど……。
 オレは、自分の肩に頭を預けている征十郎の方を見遣った。
 わー、征十郎いい匂い。どうしよう……試合に集中出来ねぇよぉ……。
 征十郎も目を開けたまま、一応観戦しているみたいだった。つーか、もっと観戦に専念しろよ。わっ、何だ! 今のプレイ!
「すっげー! かっこいい!」
 昂ったオレは立ち上がってプレイヤーに声援を送る。オレの好きなチームとはライバルであるチームの選手なんだけど、優れたプレイの前にはそんなことは関係ないね。
「光樹……急に立ち上がらないでくれないか……」
 征十郎は言ったが、オレは征十郎の枕じゃない。
「なぁ、凄かったよな! 征一郎!」
「ん……まぁ、滅多に観られないプレイではあるな……」
 そうかぁ……オレは初めて観た技だけど……。NBAは格が違うって感じだな。テレビに映っている観客席でも相変わらず「わーわー」と声が上がっている。何言ってるんだかまではよくわからない。
 オレ、本腰入れて英語勉強しようかな……。Gリーグでもいいから、アメリカバスケ界の舞台に立ちたいよ……。
 身の程知らず? そんなことわかってるよ。でも、この二人ならオレのこと笑わない。オレのこと、わかってくれる。
「……オレ、将来はGリーグで活躍したいな……」
 すると――。
「あーっはっはっはっ!」
 征一郎と征十郎! ダブルで笑いやがった!
「笑うなんてひでーよ。オマエら……」
「い、いや、光樹は将来NBAでオレ達と一緒にアメリカバスケ界を刮目させるものとばかり信じてたから……」
 征十郎が目に溜まった涙を拭う。
「いや、あの時はまだ何も考えてなくて――赤司……征十郎といれば、NBAも夢じゃないかも、なんて甘い考えを持ってたりして……」
「夢見ることはそう悪いことではない。けれど、夢は大きく! 少年よ、大志を抱け――だぞ」
 征一郎にまで説得されてしまった。けど、征十郎はともかく、征一郎には「オマエにNBAは無理だ」って言われるかと思ってたのに……。
 やっぱりこいつら、基本的には優しいんだ。オレの気持ち、わかってくれた……。本当は、オレもNBAの選手になりたいよ。大一番で華麗なダンクとか決めてみたいよ。レブロンや緑間のようなシュート打ってみたいよ。
 ……それに、オレも火神に負けたくないなぁ……。
 カワやフクは目を瞠るだろう――ビビりの降旗がこんな決意を……!と、意外に思うかもしれない。
 赤司がこの家に来た頃は、火神とは才能に差があり過ぎて、ライバル視することもオレの中では許されなかった。だけど今なら――目標にするぐらい、いいよな。朝日奈だって火神が目標だったんだし。
 これもカワやフクが知ったら、降旗光樹は別人になったという感想を抱くかも。……そうだね。オレの中では何度も成人の儀式をした。二人の赤司によって。
 どうだい! ビビりの降旗も大人になったもんだろう!
 それから黒子。……あれは異人種か……。
 黒子は、オレもバスケ続けていいんだと言う勇気を与えてくれた恩人だが……あいつは影だからな。自分で言ってたもの。幻の6人目。いつも影として誠凛を支えていた選手。
 でも、オレは――。
「オレにも、征十郎や征一郎みたいなスキルがあったらなぁ……」
「何ッ?!」
 いつの間にか熱中して前に乗り出してテレビを観ていた二人が急に振り向いた。なんだなんだ?!
「キミは自分の能力をわかってない!」
「光樹……オマエのことはあんなに征十郎が開発したのに、それでもまだ、自分にはバスケの才能がないと言いたいのかい? そんなことないってことを黒子や征十郎がJabberwock戦で見せたはずだが? あの戦いは日本中のバスケ少年へのエールだったんだよ! ――光樹、それにはオマエも含まれているんだぞ!」
 征十郎……征一郎……。特に、今の征一郎の言葉がオレには有り難かった。
「あ、ごめん……そしてありがと……」
「わかればいいんだ……あ、今のスクリーン見逃した!」
 征一郎がまた画面に視線を戻した。そして――オレのことも……征十郎のことすらも目に入らなくなったようだ。もう彼は征十郎に質問もしない。観戦に夢中なのは征十郎も同じことのようで、間もなくオレもそうなった。
 あっ、オレの贔屓チームの選手がパスミスした! 何やってんだよもう!
 黒子だったら、あんなミスはしない!
 オレにそんなこと言われたって、言われた相手も困るかもしれないけど――やっぱり黒子テツヤも或る意味一流だったんだな……そう思っていた時だった。
「黒子だったらあんな失敗は犯さない……」
 征十郎がぽつりと呟いた。そうだろう?! わかるだろう?! 征十郎にも!
 オレら、黒子と一緒に戦った間柄だったもんなぁ……征十郎は中学で。オレは高校で。あ、黒子と火神は赤司とJabberwock戦で協力した間柄だったか。
 黒子と火神――凄く上達してて、チームメイトのオレは嬉しかったんだぞ。
 だから、なぁ……もし出来ることなら……NBAで黒子や火神と対戦したいなぁ……。征一郎も征十郎も、もうオレのことを馬鹿にはしないだろう。オレがどんなにチワワメンタルでも……。
 でも、赤司達の言う通り、夢見るだけなら自由だもんな。赤司征十郎のプレイは、オレ達バスケ馬鹿へのエールだったんだ。
 赤司がキャプテンを務めたVORPAL SWORDSは、あのすげぇ腹立つ悪役、Jabberwockやナッシュ・ゴールド・Jrに勝ったんだもんな……。
 あの時は溜飲が下がったぜ。
 だからだな。オレが最初、「自分なんかがあの赤司征十郎と一緒に住んでていいんだろうか――」と悩んだのは。
 ――実は今でも悩んでいる。何で征十郎も征一郎も、オレなんかのこと気に入ったんだろう……オレ、夢見てて、目が覚めると征十郎に、
「このオレがキミなんかを相手にする訳ないだろう」
 と、言われ、その後見向きもしない――そんな想像だって何度もしたんだ。
「ん? どうした? 光樹――」
 オレがあんまり静かなんで、征十郎が気にしたらしい。――征一郎は相変わらずゲームに夢中になっている。
「いや、何でもないんだ、あはは……」
 こんな優しい征十郎を疑うなんて――そんなことしちゃいけないんだ。それくらい、オレにだってわかる。
 だって、征十郎はこんな穏やかな目でオレを見つめてくれるから。
 いつだったか、初めてオレが征十郎と寝た時に、征十郎はもうオレに飽きて、オレは捨てられるんじゃないかと思った。青峰にも、「赤司とフリじゃ釣り合わねぇと思った」みたいなこと言われたし。
 でも、征十郎の眼差しがオレに対して優しさを失うことはなかった。かえってますます愛情深くなったような――。
 いけね。もっとテレビに意識合わせねぇと――そして、オレはもう、自分の悩みを忘れた。

「あー、いいゲームだったな。そう思わないかい? 征十郎に光樹」
「――それは良かったな」
「良かったな……」
 征一郎は征十郎やオレとはライバル関係にあるチームを応援していたらしい。オレはどよんとした目で征一郎を睨んだ。
「何だよ。その顔は――オマエ達の贔屓にしていたチームが負けたからと言って……」
「ああ、そうだよ! 悔しいぜ! なぁ、征十郎!」
「ほんとにそうだ。光樹の言う通りだ。征一郎」
「まぁ、わからないでもないけどな。僕だって応援していたチームが負けたら寝覚めが悪いから。じゃ、先にシャワー浴びて来るぞ。征一郎。光樹も一緒にどうだい?」
 オレは黙って首を横に振った。
「いい加減僕の存在にも慣れ給え。光樹――まぁ、光樹は今は征十郎の物だけどな。いずれ僕に感謝し、僕しか目に入らなくなるようにするよ」
「征一郎!」
 征十郎が怒った。征一郎はははは、と笑いながらタオルを手にバスルームへと消えた。
「……どう思う? 光樹」
「……は?」
 何がですか? そう続けようとした時だった。
「征一郎のあの態度! オマエは何とも思わなかったのか! まるで、もうすぐキミが自分にしか興味を持たなくなるような、そんな確信に満ちた顔……」
 そんなこと言われても……オレ、困ってしまうよ……。征十郎がはっとして、それからすぐに青褪めた。
「まさか、オマエ、もう征一郎のこと……」
「ん……」
 好きになったみたい。そう言ったら征十郎はどんな反応示すかな。でも、オレ、征十郎のことも好きなんだ。征十郎がキスをした。優しいキス。でも、征十郎は泣いていた。――何で?
「あいつのおかげで、オレがどんなにキミが好きかわかった……キミのことはあいつには渡さない……絶対に……!」

後書き
テレビで試合観戦をする降旗クンと赤司達二人。
降旗クン、夢はでっかく! NBAを目指してください!
2020.03.09

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