ドアを開けると赤司様がいました 122

「オレもなんか手伝おうか?」
 オレが言うと、征一郎と征十郎が同時に首を横に振ったので、オレはつい吹き出してしまった。
「そんな……オレの料理の腕、信用してないのか?」
「そうじゃないんだ。光樹……キミは今日、疲れて帰ってくると思ってたからね。征一郎とも協力してご飯を作ろうってオレ達、互いに約束したし」
「案件や家での仕事も案外早く終わったから」
 流石。チート人間二人。ここにも美味しそうな匂いが漂っているんだよなぁ……。
 でも、ちょうど良かった。オレ、兄ちゃんに手紙書きたいなって思ってたところだったんだ。ヤバイところはぼかしてぼかして……! 兄ちゃんから手紙来るの、久しぶりだったし。
 皆、忙しいんだよなぁ……。兄ちゃんも忙しいところ、オレに手紙を送って、ご苦労様だよなぁ……。
「んじゃ、ちょっと部屋で手紙書いてくる」
 せっかく征十郎達が旨い飯作ってくれるんだから、渡りに船とばかりにオレは答えた。
「うんうん。岡さんには敵わないかもしれないけれど、それなりの物はオレ達も作れると思うから」
「征十郎。自信を持って僕達の作る料理は最高だと言え」
 征一郎は威張って言った。――やはり、ズガタカの人……!
 あ、ズガタカって言うのは、オレ達が高一だった時のウィンター・カップで征一郎の言った『図が高いぞ』の略ね。他にボクサカオヤコロってのもあるんだけど――征一郎にはこう言う略語が事欠かない。
 ネットでも、『赤司ってやべー!』って騒がれてたっけな。女子からも結構人気で……。チワワメンタルのオレはちょっと憧れたりもしてたんだ。
 今、そんな赤司達と一緒に暮らしているなんて、夢のようかもしれない。前に、何で平凡なオレのところに……とオレが訊いた時、赤司(征十郎のことね)が妙な顔をして言った。
(光樹……キミはそんなことを本気で言っているのかい? 相田先輩と結託してオレを――いや、僕司を出し抜いたじゃないか)
 あー、あの、件のウィンター・カップの時ね。確かにオレは赤司を罠にはめ、シュートを決めたけど……でも、普通のシュートだよ。オレがそう言ったら――。
(チワワのくせに『天帝』と言われた赤司――もうひとりのオレを罠にかけること自体そもそも普通じゃない。いくら相田先輩の指示があったとは言え)
 と言う答えが征十郎から帰って来た。
(あの頃から、オレはキミが気になっていた――でも、恋ではなかった。当時はな)
 じゃあ、今はどうなんスか――そう訊きたかったが、訊けなかった。やっぱりオレは、チワワの降旗光樹だったのだ。大学に行ってもそれは変わらなかった。
 だけど、あの赤司征十郎と住んでいるということで周りからは一目置かれることになった。赤司ファンからは反感を買ってたようだけど。
 ――でも、オレはちっとも変わってない気がする。変わったのは、赤司がこの家に来たことだった。
 ドアを開けると赤司達がいた。
 赤司が二人になった。本当に二人になった。このニュースが広まれば、一大センセーションが沸き起こるな。
 赤司は十人に一人――いや、百人に一人の逸材。しかも、二人いる。こいつらが力を合わせれば、二人前以上――いや、少なくとも十人前以上の仕事が出来る。それに、バスケに関してはとにかく天才なんだから。
 ――黒子達には負けたけど。
 でも、赤司征十郎はJabberwock戦で見事あの時の汚名返上をすることが出来た。NBAも日本バスケ界も赤司征十郎に注目している。
 オレだって、征十郎に対していつも心穏やかと言う訳ではない。彼の気持ちが汲み取れなくて、傷つけたこともある。けど――。
 オレは赤司征十郎を尊敬していた。
 征十郎一人でさえそうなんだ。征一郎が加わったら――日本のバスケ界は変わる。彼らならNBAでも通用するかもしれない。
 でも、何でその凄い赤司達がこんな狭いアパートの部屋で料理なんかしてるんだ? 世界のバスケ界の損失だぞ。全く……。
 けれど、ちょっと得意になっているオレもいるんだ。
 やーい。オマエらはそう言うけど、こちとら天帝赤司と一緒に住んでんだもんね――そう、オレを馬鹿にして来た相手に舌を出すこともある。オレってば性格わりーの。
 黒子はもっと素直だ。自分が影であることを堂々と認めている。考えてみるとこいつも変なヤツだけどな。
 火神も6人目のキセキと言われた程の天才だ。黒子と組めばその力は計り知れない。
 日本バスケ界どころか、海を渡ればNBAだって変えることが出来るかもしれない。八村選手だって、オレ大ファンなんだけど、既に騒がれてるじゃん。
 ナッシュとやらももう、日本人のバスケを舐めたりはしないだろう。ヤツらは負けたんだから。赤司や黒子達に。当時まだ高二だった彼らに。
 そんな凄いヤツらとオレが仲良くしていることを兄ちゃんにはいつも伝えている。兄ちゃんはオレよりバスケが上手いから――まぁ、プロになる程の力量はなかったから大人しく会社勤めするようになったんだけどね……。
 プロになるって、大変なことなんだ。名誉なことなんだ。赤司達はまだプロじゃないけれど、望めばいつでもプロになれる。
 赤司征十郎は第二の河村勇輝だ――あ、河村がプロ入りしたのはまだ高校生の時だったっけ? 赤司もやれば出来ただろうに、何でプロ目指さなかったのかなぁ……。
 でも、インカレでも大活躍して赤司征十郎の名は一般でも有名になりつつある。
 兄ちゃんも赤司達の話、もしかして聞きたいかなぁ。征一郎のことは一応書くべきだろうか……。
 文章がなかなかまとまらないや。……兄ちゃんに手紙書いててこんなに悩んだのは初めてだ。
 オレ達も昔、家族と一緒に住んでいた頃は父ちゃんや母ちゃんや兄ちゃんとオレとで、四人でよくテレビでバスケ観戦したものだった。父ちゃんはいない時も結構あったけど。
 だからかなぁ……好きになった女の子と付き合う為に――「何かで一番になったら」という条件を満たす為に、オレが選んだのはバスケだった。それは自然のことだったように思う。
 そして――赤司征十郎に出会った。それがオレにとっていいことだったのか、それとも悩みが増えただけかもうわからない。
(誕生日にリストバンドもらったのことはもう書いたよな……)
 赤司――征十郎は兄ちゃんも誕生会に呼びたがっていたようだが、兄ちゃんはその時海外へ飛んでいた。――弟の誕生会に駆け付けるのはちょっとムリだった。
 赤司達も、いつかは海外に飛び出すだろう。オレは……どうかな。
 オレもいつか海外で活躍出来る選手になれればいいんだけどな……。NBAでプレイするのも夢だし。バスケに関わる少年達の憧れじゃないかな。NBAは。
 ――八村選手のおかげで、NBAが少し身近なものに感じられるようになったし。
 それにしても、兄ちゃんも社会人バスケ始めるって凄いな。
 オレら、バスケ一家になりつつあるんじゃね? ――既になってるか。オレの父ちゃんも母ちゃんもバスケ観戦が好きだし。テレビで観る為にわざわざ料金を払う程。
 誠凛がウィンター・カップに行くって決まった時は、母ちゃんがお祝いだと言っていっぱいオレの好物作ってくれたし。
 オレって、幸せ者だよな……。こんな風に手紙を書ける相手がいて。
「光樹――今、いいかい?」
 征十郎――だか征一郎の声がする。多分征十郎だと思う。
「もうご飯だよ。美味しく出来たと思うよ」
 そっか……もうそんな時間か。オレは時計を見た。
「うん。わかった。今行く」
 オレは席を立った。部屋から出ると、やはりオレを呼んだのは征十郎だった。
「お兄さんに手紙、書いてたところかい? もしかして邪魔したかい?」
「ううん。――征一郎のことは書いた方がいいかな。今までだって、征十郎のことは書いてたけど」
「征一郎のことはな……まぁ、光樹のお兄さんになら書いてもいいかな。お兄さんに宜しくな」
「わかった。伝えとく。もう、お袋は征一郎の存在を知っているから」
 ――兄ちゃんは、征十郎に対しては好感を持っているようだった。征十郎はバスケが強いからかな。
(あの赤司征十郎と同居なんて凄いじゃないか!)
 兄ちゃんは確かそうも書いていた。実情を知ったら驚くだろうな。
 オレが赤司征十郎と寝たと知ったら――。
 兄ちゃんは口をあんぐり開けて驚くに違いない。――そして、オレが赤司征十郎……そして、征一郎を愛していると知ったら……。
 ――兄ちゃん、ますます仰天するだろうな。オレが兄ちゃんの立場だったらそうなるもの。それはさておき。
 ふわんといい匂いがするな。グラタンの匂いだ。今日はポテトグラタンだって、言ってたもんな。グラタン好きだから嬉しいぜ。それに――赤司の作る料理はそんじょそこらのレストランより旨いもんな。
 ……母ちゃんの料理はまた別格だけど。
 いつかまた、母ちゃんの料理も食べたいよなぁ。でも、とにかく今は赤司達にご馳走になろう。
「グラタンの他にいろいろ作ってみたよ。征一郎がいたからとても捗ったよ」
 笑顔の征十郎の傍で、誠一郎が無言で肩を竦めた。
 流石赤司達。協力すると発揮される力は並じゃないね。
「ありがとう、征十郎。征一郎」
 征十郎と征一郎。噛まずに言えるようになったぞ。オレは本当に嬉しくて顔がにやけた。二人の顔が真っ赤になった。何だろう――まぁ、お礼を言われると嬉しいもんだよね。
「さぁ、座って座って」
 征十郎が椅子を動かす。オレはそこに座った。
 バスケは楽しいし、旨い飯は赤司達が作ってくれるしで、オレは本当に恵まれているんだなぁ……。オレもお礼になんか作らなきゃ。勿論、赤司達には敵わないけれど。
「いただきます」
 オレ達は手を合わせるとまずはメインのポテトグラタンに手を伸ばした。
「うん! 旨い! 美味しいよ! 二人とも!」
 征十郎と征一郎は、お互いに顔を見合わせて笑った。何だか照れているようだった。赤司達ってお礼なんて言われ慣れていると思うんだけど、こんな初々しい表情するんだな……。
 オレはポテトを口に運びながらそう考える。
 ――まぁ、二人が仲いいことはいいことだよ。仲良きことは美しき哉。
 あ、やっぱ美味しい……このホワイトソースもいける。本当に――腕も上がったんじゃないかな。岡さんの料理も美味しかったけど、あっちは本職だからな。
 赤司達の料理は立派に店出せるレベルだよ!
 それなのに、バスケも天才でって――どれだけチートなんだよ!
「あのな……光樹。征一郎とも話してたんだけど」
「ん? なぁに」
 まずはポテトグラタンを休んで、スープをやっつけながらオレは訊いた。
「今日、1on1したかったけど、この時間だろ? 光樹も疲れていると思うし――だから、今日バスケの試合があるから、征一郎と一緒に試合観戦しようかと」
 試合観戦?! 赤司――征十郎の方――ともしてたことあるけど、家族ともしたこともあって……何だろう。オレにとっては無性に懐かしい。
「僕は、よみがえってからバスケをテレビで観たことがなかったからね――世界がどんなにレベルアップしているか、楽しみだよ」
 征一郎がそう言って嬉しそうに口の端を上げた。DVDに録画しておこうね――そう言った征十郎はるんるんと楽し気だった。オレも結構バスケのDVDは観る方だった。これでも、オレだってバスケプレイヤーなのだから……。

後書き
今回は少々長め。
ズガタカの人に思わず自分でも笑ってしまいました。
赤司様二人の手料理は私も食べてみたいです。降旗クンラッキー!
2020.03.05

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