ドアを開けると赤司様がいました 121
「訊きたいことって何だい?」
征十郎が穏やかに問い返す。征一郎も興味がありそうにこちらを見てる。
「赤司――オマエ達、今日力を貸してくれたよな」
「え? 食事の準備でそれどころじゃなかったよ」
「へ?」
「まぁ――光樹のバイトが上手く行きますように、って祈ってはいたけどね。……オレ達は光樹の無事はいつも祈っているよ。皆祈りって言うと馬鹿にするかもしれないけれど――祈りって効くんだよ」
征十郎の隣の征一郎も頷いた。もしかして、赤司達の祈りが天に届いたとか? ――神様も粋な計らいをしてくれる。それに……。
うずうずした興奮を抑えきれなくて、オレは、わっと二人の間に飛び込んで肩を抱く。二人とも、清潔な柔軟剤の香りがする。高い柔軟剤だぞ! ――赤司が買ってくるヤツだ。
「わっ、何だい?!」
「二人とも――大好き!」
「えっ? えっ? 何でだい?」
「――さしずめ昨日のことが気に入りでもしたんだろう」
征十郎は度を失いかけ、征一郎は一生懸命冷笑しようと努める。でも、口の端がニヤてけているぞ、征一郎!
「外れだよ。征一郎」
まぁ、あれも良かったことは良かったんだけどねぇ……。おっと、心の中を読まれないように気をつけなきゃ。征一郎に(ふん、やっぱり……)と思われかねないぞ。興奮は覚め、オレはいつものオレに戻った。
――オレは一定の位置に離れた。
「ミニバスチームのバイトで――ダンクが成功したんだよ!」
オレは武勇伝を話す時の子供さながらに言った。今のオレはさぞかし目をきらきら光らせているだろう!
「……そうかい! それはおめでとう!」
「そんなめでたい日にグラタン如きじゃ味気なかっただろうか……」
征十郎は手放しで喜び、征一郎は真剣に思案している。何だよー。グラタンだってオレの家ではご馳走だったんだぞ! オレは中流の家の出で、上流社会の名家のご馳走の味なんて知らんもの。
「まぁまぁ。せっかく用意したんだし、今日はグラタンで我慢してもらおうじゃないか。なぁ、光樹」
「うん! グラタン大好きだからな!」
――こんな些末なことで祝ってくれる赤司達が愛しい。
「品数だけは沢山あるから……こうなったら質より量だね。満漢全席とはいかないけれど」
「本当に――征十郎がケチらなければ……」
征一郎が溜息をもらす。
「あ……金さえあれば何でも出来るという考え方、そういうの、嫌いだな」
「必要経費は大事だと言ってるんだ」
あわあわ、せっかく仲の良かった二人の間柄がギスギスしたらやだな……。
それに、オレだって満漢全席は生涯に一度くらいは……食べ過ぎて死ぬかもだけどね……。
とにかく、伝え聞いたメニューとか見てても、中国人の情熱は多岐に渡っていて凄いよ、ほんと……。流石、白髪三千丈の国なだけのことはあるな……。この間ぐぐってみたら西太后が食した幻の料理と言うのがあったけど、ほんとかなぁ……。
まぁ、今のその満漢全席は、清朝だの昔の料理を想像力で補って出すというところも少なくないようなんだけどねぇ……。
しかし、赤司達二人は満漢全席を丸ごとオリジナルで出すかもしれないからちょっと怖いよ。
――ま、楽しみでもあるんだけどね。
二人の起こす騒動が楽しみなんて、オレも図太くなったもんだぜ。でも、赤司達と一日いればわかる。ほんとわかる。――自分が強くなっていくのがわかる。
いろいろな意味で企画から外れてるもんなぁ、この二人。征一郎なんか苔の一念で生まれて来たし。
「光樹と暮らしている間に、しみったれた根性が身に着いたんじゃないのかい?」
征一郎の多少意地悪さが込められた言葉に、オレは我に返った。しかし、しみったれた根性って……聞き捨てならねぇなぁ。
「征一郎! 光樹を馬鹿にすると許さないぞ!」
――征十郎が味方をしてくれる。征一郎は、怒るか、それとも拗ねるか……。
「そうだった。しみったれているのは征十郎だけだった。――済まない、光樹」
そして、征一郎はオレに跪いて手の甲にキスをした。
――えええええっ?!
あの征一郎がオレに跪いた? まるで、オレが社交界の貴婦人ででもあるかのように?!
「最初から素直になればいいんだよ。征一郎。さ、立って」
征十郎が征一郎を立たせる。
「光樹……征十郎……ここに来てから思ったんだが、こんな狭い貧乏ったらしいところで暮らしていては人間みみっちくなるぞ。……父様に掛け合って赤司家で暮らさないかい? それとも、僕だって金がない訳じゃないんだから……」
「征一郎……その金は将来の為に取っておこうと約束したじゃないか……」
――今度は征十郎が溜息を吐く。
うーん、赤司達もなかなか……複雑なんだなぁ……。
征十郎の方が経済観念しっかりしているように見えるけど、きっとオレと貧乏暮らししているからだな。それでも、征十郎も人のこと言えるのかよ、と言いたくなるけれど……。
オレ達の部屋にある家具や電化製品は、征十郎の――いや、赤司家で買ったものなのだから……。
――征臣サンにもお礼言わなきゃなぁ……。オレがそう考えていた時だった。
「ああ、そうだ、これ」
征十郎がレターラックから未開封の手紙を持って来た。
「これ、君に――定期便」
「ああ」
それだけで、誰から来たのかわかった。兄ちゃんだ。
兄ちゃんは一人暮らしをしていてもうバリバリ働いている。いつも手紙を寄越してくれる。――昨日、兄ちゃんのこと思い出してたから……そんな時にタイムリーに手紙が届くなんて、大学の教授が言ってた共時性ってヤツかな。
「ペーパーナイフ使うかい?」
「ありがと」
オレは征十郎からペーパーナイフをもらう。――いくら何でもこのペーパーナイフでは人は切れない。だって、木で出来てるんだもん。
それに、征十郎は鋏の人ではないし――。
オレはペーパーナイフで封を切った。征一郎が好奇心でうずうずしているのがわかったが、多分読まれて困るような変なことは書かれていない。オレと違って兄ちゃんはノーマルだから。
……いや、オレだって赤司と一緒に住むようになるまでは全くのノーマルだったんだけどさ――。
『拝啓 光樹へ』――手紙はそう始まっていた。
いつもと同じような内容。会社で何があった、こんな失敗をしてしまった。そして――。
兄ちゃんも社会人バスケやるんだとさ。オレの影響らしい。理由は光樹を見てたら、楽しそうだなって思ったのを思い出したかららしい。会社の同僚に誘われたんだそうだ。
……オレも後で返事を書こう。
オレの場合、秘密は多過ぎるんだけど。
オレは征十郎とも寝てしまったし、それに――そうだ。征一郎の存在もあるんだ。
世間にだっていつまでも隠しおおせる訳ではないだろうけれど、征一郎はちょっと厄介な存在なんだ。多分、社会的にも。
征一郎の面倒は征臣サンが何とか見てくれるかもしれないが、征一郎には戸籍さえ、ない。
……オレは征一郎も好きだから再び消えて欲しくなんかないなぁ……。
オレは、手紙を読みながらそんなこともぼーっと考えている。
あ、追伸がある。見落とすとこだった。
『P.S. 光樹。彼女は出来たか?』
オレはぶっと吹き出しそうになった。だってオレには――彼女はいねぇんだから。……恋人はいるけどさ。
赤司達がオレの恋人です、と言ったら兄ちゃんどんな顔するかな。
いや、今までだって、オレ、女の子に恋したこと、ない訳じゃない。バスケをやろうと思ったきっかけは好きになった娘からだし、キャンパスのマドンナと付き合ったこともある。――キス止まりだったけど。
あー、どう書けばいいんだろ。赤司達のこと。――書かなきゃいいだけなんだけどね……。
赤司とあんなプレイもこんなプレイもしてしまった降旗光樹は多分絶対ただれてます……。
こんなことを兄ちゃんに知らせる訳にはいかないっ!
征一郎は征一郎で、
「後でお兄さんのところへ挨拶に行かなきゃなぁ……」
なんて言っているし。それはオレにとってもやぶさかではないのだが……。
頼む! 征一郎! オレの目の届かないところで勝手に兄のところへ訪ねて行かないでくれ!
「征一郎……兄のところへ行くなら、一緒に、行こうな」
オレは一緒に、のところで力を入れた。
「ああ、そのつもりだ。案内してくれるだろうね」
「それは、当たり前だろう?」
「征一郎。今はオレ達も忙しいんだ。バタバタしてるのが収まったら、一緒に行こう。光樹と」
――ああ、征十郎も行く気なんだ。……トラブルの予感はするものの、オレは何だかほっとした。征十郎はオレにとって心強い味方なんだなぁ……。今までの付き合いでの情愛もあったからかもしれない。
いずれは、明らかになることなんだ。赤司征一郎の存在は。両親にはもう紹介してるし。兄ちゃんももう知ってるかもな。母ちゃん、何でも喋っちまうから。
でも、征一郎が天国から下って来た人物であることは知らないはずだ。母ちゃんにも言ってないもの。
母ちゃんなら、征一郎の生まれた経緯を知っても「あらあらまぁまぁ」で済ますかもしれないけれど――。
うちの父ちゃん……そして兄ちゃんはそうはいかないかもしれない。
赤司征十郎はオレと一緒に暮らす時、まずうちの母ちゃんを説得して――そして、多分お袋が父ちゃんを説得して……。
手紙にも、『赤司君にも会いたいな』と言う文章があった。兄ちゃんは赤司は征十郎一人だと思ってるだろうから、赤司が二人いると知ったら驚くだろうな……。ああ、料理の匂いがまだしている。オレもなんか手伝おうかな。
後書き
降旗クンは赤司様達が大好き! でもあそこでいきなり飛びつくとは、書いてる私も思いませんでした。
それにしても、赤司様達の祈りは、届くんだねぇ……。
2020.02.28
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