ドアを開けると赤司様がいました 120

 ざっと体だけ洗って寝てすっきりしたオレは、今日も赤司達に見送られてバイトに行った。二人の赤司が家事やいろいろな案件を片付けながら待ってると言うことだった。
 オレは……バスケットボールを回しながら歩いていた。鼻を近づけるとゴムに似た匂いがする。ああ、すっかりお馴染みのものになったボールの匂いだ……。
 大栄ミニバスチームに着くと、コーチと監督、子供達がわっと集まって来た。
「光樹兄ちゃん。おはようございます」
「おはよう」
 自然と笑みがこぼれた。くるくるっと指でボールを回転させる。
「何、それ――超上手い」
「そう? 赤司はもっと上手いよ」
 何てったって、何でも出来る赤司様だからなぁ……どちらも。
 南野クンがオレに近づく。
「降旗さん……オレ達、後少しでここを卒業なんだ。……昨日、話したよね。でも、バスケはずっと続けるつもりです」
「うん。だからね。オレも餞にこれを送ろうと思うんだ。――コーチ、監督、ゴール貸してください」
「ああ、いいとも」
 監督がくしゃっとした笑みで言った。監督は年配のおじさんだ。帽子をかぶっている。
 ダムッ! ダムッ! オレはドリブルを始める。そして――ダンクが決まった! ……我ながら、昨日より確実に上手くなっていた。
 もしかして、これは赤司達の力なんだろうか……。
 選手のポテンシャルを引き出す力。――赤司達は遠く離れていても、オレの潜在能力を開花させたとでもいうのか……!
 でなきゃ、オレにこんなダンクが出来るはずもない。それとも、これでもまだ卑下し過ぎとでも言うのだろうか。オレだって、本当はこれがオレの実力なんだぞって言いたいけど、いろいろと常識外れな赤司達がいるもんなぁ……。
 征一郎だって世間や世界の常識を破って実体化したし――。
 そんなダンクでも子供達は目を輝かせた。
「すげーっ!」
「今、光樹兄ちゃん、空の上を歩いてたよな!」
 エアウォークか。火神じゃあるまいし。だが、オレは思わずくすっと笑ってしまった。
 これも、赤司達の力だろうか――。
 ありがとう。
 オレはこの場にいない赤司達に礼を言った。南野クン達に最高の餞が出来たよ。
「降旗さん……オレにもダンク教えてくれませんか?」
「オレもオレも」
「えー? こういうのは赤司の方が得意なんだけどな……」
 それでもオレは断らない。オレだって一応バスケプレイヤーなんだ。――昨日と今日でコツはわかったつもりだ。それに、オレには赤司達がついている。
 ――赤司。オマエらの代わりに、オレが次世代のバスケを担う子供達にダンクを伝授するよ。
 オレの脳裏の赤司達が笑ったように思えた。
「みんな! オレは最初はバスケ下手だったけど、ダンクだって出来なかったけど、でも、コツコツ努力していれば世の中に不可能なことは何一つないんだ!」
 ――熱のこもった拍手が送られて来た。
 ダンク出来なくたって、それを目指すのは無駄じゃない。……高校一年生のウィンター・カップの時、オレは赤司との試合で普通にゴールを決めたんだから――。例え、カントクの采配であったとしても。
 カントクって大胆だよな。女にしとくのが勿体ないくらい。いや、今は女も強いからな。T大の女バスはさぞかし今まで以上の強豪になることだろう。

「はー、疲れた……」
 オレがシャワーを浴びて、汗だくになったシャツから洋服に着替えると――コーチに呼ばれた。コーチはオレの手を取って、涙を流した。
「いいものを見せてもらった。ありがとう、ありがとう……」
「い、いや……オレは……」
「正直、君にあんなダンクが出来るとは思わなかった。……前から出来ていたのかい?」
「いえ、最近、です……」
 オレは、赤司達のことは伏せておいた方がいいかな、と思ったが、やっぱり伝えることにした。
「オレがダンクをやりたいと言ったら、赤司が協力してくれて――今だって、本当は赤司が力を貸してくれたんです」
 嘘は言ってない。可能な限り真実を言っただけだ。
「そうか――降旗クン。それは君の努力の成果でもあるんじゃないかい? いくら赤司クンが優れたコーチでも……今までの積み重ねがなかったら、あんなダンクはとても出来ない……」
「はぁ……」
 オレは何と言ったらいいか迷う。だけど結局こう言った。
「今回のダンクは赤司が力を貸してくれたんです。これは本当です」
「うんうん。赤司クンが君の練習に力を貸してくれたと言うことだな」
 コーチは訳知り顔でうんうんと頷く。オレはこれ以上コーチに説明して無駄な時間を割くのを諦めた。どうせ誰も信じちゃくれまい。赤司達が遠くからどうやってかしんないけど、オレの潜在能力を引き出した――なんて。
 ほーんと、赤司って謎だよなー。
 ……オレは南野クンに対してズルしてしまっただろうか……。
 南野クンが、「オレもあんなダンクをしたい」 と言った時、あれは赤司の一種の超能力で出来た技なんだよって答えたら――ショックだろうな。やっぱり。
 オレってば……なぁにが「コツコツ努力」だ。赤司に力を貸してもらわなきゃダンクだって出来ないくせに……。
 ――やっぱ、黒子に相談しようかな……。
「ほら、これ、バイト代。活躍してくれたから昨日より色をつけたよ」
「……ありがとうございます……」
「何か浮かない顔してるね。疲れちゃったかな?」
「ええ、まぁ……」
「ゆっくり休んでおいで。明日も学校があるんだろ?」
「はい……」
 ――やっぱり黒子に電話しよう。

『そんなことで悩んでたんですか。降旗クン』
 何だよ、黒子。そんなことって――。
「でも、あれは、赤司の力で――」
『赤司君に訊いてみたんですか?』
「う、まだ――」
 黒子の溜息が受話器の向こうで聴こえた。
「それが赤司君達の力だったとしても、キミが受け取らなければ意味がない。キミはその力を受け取る資質があったんですよ。――キミは赤司君達に選ばれたじゃありませんか」
「う……うん……」
 それが未だにわからない。どうして赤司達はオレなんかを選んだんだろう……。
「それよりも最高のダンクが出来たんでしょう? そっちを喜ぶべきではありませんか」
「あ、ああ……だよな……」
 結局黒子に言いくるめられてしまった。でも不思議と嫌じゃない。
 黒子と赤司って――やっぱりちょっと似てるなぁ……。プレイスタイルも性格も違うヤツらなのに……。
「取り敢えず、赤司には礼言っとくわ」
『ああ、そうそう。僕はキミに赤司君達が二人になったことをどこで知ったか言ってましたっけ?』
「え? ああ――どうだったかな……確か、赤司から連絡したって――」
「青峰君からも教えてもらいましたが。赤司君……俺司君の方ですが……こんなこと言ったんですよね。『これからはもう一人のオレのことも宜しく頼む』と――」
「ああ……」
 赤司達は黒子を頼りにしていたに違いない。Jabberwock戦の時もそうだったもんな。
 オマエが羨ましいぜ。黒子。オマエは赤司に認められてるじゃねーか。オレなんかペットか弟扱いだもんな。
 それに、黒子はウスくても、卑怯だったり弱かったりするヤツじゃない。むしろ曲がったことは大嫌いな正義感溢れる男だ。――ナッシュに単身抗議に行ったんだってな……。
 それがきっかけでチームが上手く動き出したんだと、赤司に聞いたことがある。
 黒子はやっぱり凄いヤツだ。その証拠に、オレもすっかり説得されちゃったもんなぁ……。
 負けたくない。赤司や黒子に。勝てはしないまでも――負けたくない。……って、いや、そこは勝たなきゃダメだろうが! 降旗光樹!
 まぁ、でも、今は……心地良い敗北感に浸っていよう……。
「話、聞いてくれてありがとな」
『なんの。いつでも電話ください。火神君もきっと君の電話待ってますよ。――LINEでもいっぱいお話しましょう』
「ああ、じゃな」
 ――オレは電話を切った。
 家では二人の赤司が待っていた。なんか、二人とも顔の色艶が良いような――。
「どうしたの? 征十郎。前より元気そうじゃね?」
「――征一郎に手伝ってもらうようになってから、仕事が捗るようになってね。流石はもう一人のオレ」
 さいでっか……。オレはくんくんと鼻を蠢かす。生クリームと牛乳の匂いだ。何か作ってるんだろうか……。
「今日はポテトグラタンがメインだよ。二人でいっぱい作るから、沢山食べてくれよ。光樹」
「そっか。……言ってくれたら手伝ったのに……。オレもバイトはあったんだけどね。そういや、赤司――オマエらに訊きたいことがあったんだっけ」

後書き
火神は確かエアウォークが出来るんでしたっけね。
降旗クンが赤司に訊きたいこととは――? 次回へ続く(笑)。
2020.02.26

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