ドアを開けると赤司様がいました 12

 ああ、いい匂いだ……。オムライスとシャボンの匂い……。
 でも、この匂いはどこかで嗅いだような……。
「……樹、光樹……」
 何だか安心する声だな……。
「ん~、後五分……」
 現実世界へ連れ戻されるのを一刻でも長引かせたい……。
「……オムライス作ったってば。光樹……」
 オムライス! オレはガバッと跳ね起きた。ルームメイトの赤司がこちらを覗き込む。オレが起きるとほっとしたように見えた。
「良かった。今日は悪い夢を見ていたんじゃなさそうだね」
 ……う~ん、もう少し夢の世界にもいたかったけど、赤司の作ったオムライスも食いたい……何て贅沢なことで悩んでいるんだ? このオレは!
「ほら、オムライスあるよ。着替えて食堂に来い。待ってる」
 赤司の作ったオムライス、何故か懐かしいんだよな。その疑問をオレが何とはなしに口にしたら、
「光樹のお母さんから作り方を教わったんだよ」
 と言って、赤司は笑って済ませていたっけ。旨いご飯にありつくことが出来れば、オレはそれでいいんだけど。
 って、おやぁ? オレは大切なことを忘れてないか?
「あーっ!」
「どうした光樹! 大丈夫か?!」
 赤司が力づくで押さえつける。赤司、馬鹿力……。
「今日はオレが朝飯作る当番だった~!」
「そんなのいいから! 前に言ったろ。オレは料理が趣味なんだって。光樹の喜ぶ顔を見るのが嬉しいんだよ」
 しかし、チワワメンタルのオレは、赤司の前で土下座した。
「赤司様許してください! オレ、今日一日は何でも赤司様の言うこと聞きますから!」
 オレが拝み倒すと、赤司は、ふむ、と思案顔で応え、首を傾げた。自分の置かれた状況を把握して、それからアンサーに移るらしい。
 いいよ、赤司。今日だけは。キミが踊れと言ったら裸踊りも踊っちゃうよ。
 因みに、当番制はオレが赤司に、最近になって申し出た意見だ。何だか、赤司に任せてばかりはいられないと思ったから。それでは独り暮らしの意味がないではないか。――二人で暮らしてるけど。
 けれど、その当番制を言い出した本人が惰眠をむさぼってたなんて……やはりオレは自分が許せない。例え赤司が許したにしてもだ。
 まぁ、今まで当番制がなかったのが不思議だったくらいだし、赤司はオレの家政婦や嫁じゃないんだから。
「困ったな……じゃあ、マジバに連れて行ってくれるかい? 光樹」
「え? でもそれは元々の予定で……」
「そうだけど、キミに案内して欲しいんだ」
「そう言うことなら……」
 はて、赤司に丸め込まれたような気がするのは気のせいか?

 ――マジバは今日も盛況だった。
「これがマジバかい。店に入ったのは初めてだからな」
 赤司はキョロキョロしている。赤司はカジュアルなスーツ姿だ。普段着のオレとスーツ姿の赤司。溶けこめることが出来ればいいんだけど……。
(あ、あれ、赤司様じゃない?)
(ほんとだー。こんなところでお姿見られるなんてカンゲキー!)
 ……げぇっ! すっげぇ目立ってるよ! オレ達ー!
 ……いや、目立ってんのは赤司だけどさ。こういうシチュエーション苦手なんだ。赤司のおかげで目立っているというのに、自分が目立ってると思い込める程オレは自意識過剰ではない。
 ここに来るまで赤司逆ナンされっぱなしだったし。オレは通行人Aとしてしか見られるてねぇんだろうな。それはそれでフクザツだけど。
「よっ」
 頭に手を置かれた感触があった。この声――。
「火神!」
 元誠凛高校エースの火神大我。火神の力に引っ張られて、誠凛高校は一躍高校バスケの強豪校と呼ばれるようになったんだっけ。
 ――ということはあいつも? あいつもいるのか? なんか、どこにも見当たらないんだけど、うっすいヤツだからなぁ……。そう、火神の相棒で影の存在の――
「降旗クン、誰かをお探しですか?」
 黒子ー!
 帝光中の幻のシックスマンで、火神の相棒! 火神とは光と影の名コンビだって言われた! あの黒子テツヤ! あー、なっつかしーなー。
「あれ? 降旗クン、泣いてません?」
「いや、久々にお前らの顔を見たら、気が緩んでつい……」
 オレは目元の涙を拭った。赤司との生活はそりゃ楽しいこともいっぱいあるけど、いつの間にか緊張していたんだなぁって、思い知らされて。だからって、赤司との暮らしがイヤな訳じゃないけど。
 今度は火神のオーラが怖いからか、皆遠巻きに見てる。だいじょうぶだよー、みんなー。火神はそんなに怖くないよー。弱点は犬だよー。赤司や黒子の方がよっぽど怖いよー。
「やぁ、黒子」
「お久しぶりです。赤司クン」
「お前らなぁ……久しぶりならもうちょっと愛想よくしろよ。ほら、降旗が何かに怯えて震えてるぜ」
 火神が指摘する。あ、オレ、やっぱり震えてた? でも、誰も悪くなんかねぇんだ。悪いのは不甲斐ないオレ自身で……。
「大丈夫ですか?! 降旗クン!」
「大丈夫か?! 光樹!」
 黒子と赤司の二人が声を揃えて叫ぶ。あっ、今度はギャラリーもオレを見てる……。黒子が言った。
「取り敢えず席に座らせましょう。あっ、バニラシェイク二つお願いします」
「――三つで」
「二つ!」
「三つ!」
 赤司が黒子に対抗してる……黒子も相変わらず負けず嫌いだなぁ。――赤司も。意外と赤司って負けず嫌いなんだ。だって、誠凛にバスケで負けるまで、勝利しか見てなかった男だぜ。赤司が負けず嫌いじゃないなんてことは、ありえない。
「あのー、ご注文はおいくつで……」
「四つ」
 火神は興味無さそうに言った。火神のヤツ、バニラシェイクひとつで足りるのかね。まぁ、追加注文するんだろうけど……。
「それからマジバどーんと山盛り!」
 出たーッ! 大雑把な火神の注文! これって絶対店員泣かせだよなぁ……ほら、店員のお姉さんも青褪めてる。
「今すぐ用意して来ます」
 女性店員が何事かを同僚とおぼしき男と話し、その店員が厨房に引っ込んでいる間、黒子はオレに訊いた。
「大丈夫ですか? 降旗クン。赤司クンにいじめられたりとかしませんでしたか?」
「そんなことないって。赤司結構いいヤツだぜ」
 ――これホント。
「そんな……オレなんて光樹に助けられてばっかりで……知らなかったことも随分知ったし――」
「赤司クン! 降旗クンに何したんですか?」
「何も」
「いーからおめーらすわろーぜ。こんなとこに立ってられっと、みんなの邪魔だろ」
 火神が言った。ああっ。あの火神が常識人に見える。――ていうか、神に見える!
 ――バニラシェイクもマジバーガーの山も机に並んで一段落。でも、新たに災難の予感が……。
「真ちゃーん。急に二人でマジバ行こうってどしたの?」
「うるさいのだよ。高尾。黙ってついてこい」
「どうせラッキースポットとか言ってオレを連れて来たんだろ? 仕様がないな。全く――」
 出たーっ! 緑間真太郎と高尾和成! 元秀徳の光と影!
「それだけではないのだよ。今日のラッキーアイテムは……黒子、こんなところで何してる」
「キミがボクを一目で見分けられるのがまず意外でした。それから、今日のラッキーアイテムは確か――運命を共にする相手でしたね。パソコンで調べました」
「あ、ああ……」
「なぁんだ。真ちゃん。それ、新手のプロポーズ? 高尾ちゃんはいつまでもついて行きまっせ~?」
「うるさいのだよ。ひっつくな、高尾!」
 自分が連れて来たくせして、緑間は高尾を持て余しているようだった。
 ていうか、オレ、赤司と来てるんだけど……。
「赤司。もしかしておは朝のサイト観た?」
「光樹。オレはこう見えても忙しいんだぞ」
 だよなぁ……ああ、ちょっとドキッとして損した……。
「でも、運命の相手が光樹だったら悪くない」
「まーたまたご冗談を……」
「満更冗談ではないんだが……オレは決して嘘は言わない。心にもない冗談もだ」
 オレらが言い合いをしている間、火神はハンバーガーの山からひとつを取り出してもっきゅもっきゅとリスみたいに食っている。こいつはいつでもマイペース。ああ、火神の神経の図太さが羨ましい!
「あっらー。赤司クンじゃない。何やってんの? 降旗クンも」

 to be continued…

後書き
この話、緑高、火黒、日リコもあります。
マジバデート(笑)、続きます。
2019.05.18

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