ドアを開けると赤司様がいました 118

 もっと高く、もっと高く――。
「おらぁっ!」
 ……オレの体に火神が取り憑いたように思った。流石にメテオジャムは出来ないけど。がこんっ! ――ダンクだ……不完全ながらもダンクが出来た……。
「やっ、たーーーーーーーー!」
 オレはガッツポーズをした。
「良かったな。光樹!」
「よくやった光樹!」
 オレを褒めてくれる赤い髪の青年が二人。赤司征十郎に征一郎だ。今日はずっと、オレの特訓に付き合ってくれていた。
「こらー、うっせーぞー」
 道を行く学生に叱られた。黒髪で眼鏡をかけている。――そっか。薄暗がりになってしまったし、そう言われても仕方ねぇか。もうとっくに電灯の灯りがついている。
「――済みません」
「おっ、降旗じゃねーか。高校出てから何してるんだ? やっぱりまだバスケしてんのか? おい、何とか答えろよ。――ほら、オレだよ。高良」
 ――あ。
 懐かしい記憶が戻って来た。眼鏡を外したら高良だ。高良京司。オレの中学の同級生だ。
「知ってる人?」
「中学時代、降旗をいじめてた者っス」
「何だと――?」
 二人の赤司が気色ばむ。
「いやいや、オレはもう心入れ替えたよ。今は真面目に大学生やってんのさ。降旗。てめーのおかげでな」
「オレの?」
「高校時代、オレのお袋がオレの黒バス読んでてさー、ピックアップでおめーの記事載ってたの見たんだよ。そしたらさ、あのババァ、『降旗クンもこんなに頑張ってんだからアンタも頑張んな』って――確かにオレ、このままじゃいけねぇなとは思ってたんだ」
「中学時代、オマエはオレの光樹に何してたんだ」
「違うだろう。征十郎――僕のだ」
 あー、もう恥ずかしいから黙っててよ。征十郎、征一郎――二人とも。高良が面白そうに笑う。高良にはちょっとカツアゲされただけなんだよ……。ほんとだよ。
「オレ? 金が足りねー時に貸してもらってただけ。ま、尤も返す気なんてさらさらなかったけどな」
 がはは、と高良が笑った。
「貴様、殺してやる!」
「やめてくれ! 征一郎」
 征一郎の金色の左目がぎらりと光る。ついでに言うと、征十郎は両目とも赤い目だ。――オレは征一郎を説得しようとする。
「まぁ、落ち着け。おしおきは高良とやらの話を聞いてからだ」
 征十郎が凄絶ににやっと笑う。電灯の明るさを反射してさながら炎の精めいて。……征十郎は隠れサドなんだよな……。怒ると征一郎よりよっぽど怖いと思うのは気のせいかな。……まぁ、慣れては来たけどさ。
「別になんてこたねぇよ。降旗とはただ単に遊んでいただけだよな」
「うん」
 ――高良が普通だったので、オレも普通に返した。……というか、征一郎と征十郎の怒りを目の当たりにしてこんなに冷静だとは、こいつも大物だな……。
 高良が言っていたのは本当の話だ。オレ達は一緒に泣いたり笑ったり、上級生と喧嘩したり、カラオケで歌ったり――。高良は単純だから、褒めると勝手にいい気持ちになってくれるのだ。でも、オレ達はそんな高良が好きだった。
 ――こいつはガキ大将だった。
 でも、ガキ大将はガキ大将なりに器を求められる。二人の赤司の迫力にびくともしない彼は、その器があったのかもしれない。
 オレは、ちょっと高良と話したかったが、高良も忙しいらしい。――新しい連絡先を交換して別れた。……二人の赤司に凝視されながら。
「おいっ! 光樹! 今の男は一体何なんだい!」
「――幼馴染だよ」
 赤司達に説明するのも面倒になって来た。高良は赤司を知っていたらしく、
(アンタ、赤司征十郎だよな。――双子だったのか? そんな話聞いたことなかったぞ)
 ――と言っていた。あいつ、案外顔広いから、赤司が二人いる情報はもう都内には流れているかもしれない。赤司達だったら何とか切り抜けると思うけど。
「ところで訊くのを忘れてたんだが――どうして急にダンクがしたいなんて……」
 征十郎が訊く。
「もうずっと前から言ってたように思うけど……」
「いや、今回は本気度が違っていた」
「……南野クンに……見せたかったんだ……」
 南野クンは、今度あのミニバスチームを卒業するので、ダンクシュートを見せてやりたい。――そう言うと、二人の赤司ははんなりと笑った。
 南野クンに不可能なことは何もないよって、教えてあげたかった。オレだって、赤司達の指導の下、ダンクが出来たんだから――。
 それから、ミニバスチームを卒業しても、南野クンにダンクを教えてあげたかった。

 二人の赤司は夕食の焼き魚を噛み締めている。二人とも、和食好きなんだよなぁ……。焼いた魚の匂いが香ばしい。
「美味しいね。このめざし」
 めざしなんて、かえって赤司達には珍しいもののようだ。めざしなんて安いから……。まぁ、昔はもっと安かったって言うけど……。
「うん、旨い」
 征十郎の言葉に、征一郎も同意する。今日はオレが作ったんだよね。お礼も兼ねて。
「味噌汁がいっぱいあるけど、食べる」
「ああ、お代わり!」
 征十郎と征一郎が、空になったお椀をオレの前に突き出す。オレは思わず笑ってしまった。
「はいはい」
 苦笑しながらオレは二人のお椀に味噌汁をよそう。
「それにしてもだな、今日の高良とかいう男だが……」
 征十郎が言った。
「ん? 何だい?」
「オマエの昔の男か?」
 ぶっとオレは噴き出した。味噌汁に唾が飛ぶとこだった。危ない危ない。
「僕もそれが気になってた。あの男は、何なんだ! ……僕達が一言言ってこよう。光樹は僕達のものなんだと」
「やめろよ! 二人とも!」
 それにオレは、オマエらの『物』になった覚えはない。オマエらのおもちゃになった覚えもない。――オレはちょっと赤司達を睨んでやった。赤司達の目が二人同時に瞠られたような気がする。
「征十郎……光樹が怒ってるな。……まぁ、そんな光樹も可愛いけど」
「光樹はいつだって可愛いよ」
「――オレもご飯、片付けるよ。まだ食べ終わってないからね」
「あ、ああ……わかった……」
 オレがまた普段のオレに戻ったので、赤司達は毒気を抜かれたようだった。今の赤司達は、もうちっとも怖くない。二人とも、髪と目の色が皆と少し違うだけの(赤司は赤い髪なのだ)、優しい青年に見えた。オレを脅えさせないよう、天帝のオーラは引っ込めてあるのかな。
 まぁ、それでも、いつも纏っているオーラは消せるものではないけれどね……。それに、二人が怒ると怖いのは、これまでの経験で散々実証済みだし。
 それとも、オレが赤司に慣れたのか――。
 皿洗いが終わった後、高良からLINEが来た。
『よぉ、降旗』
『おう、何? 高良』
『あそこで会えて嬉しかったぜ』
「LINEかい? 光樹」
 征十郎が優しく訊いて来る。――高良からだよ。オレがそう言うと、赤司の綺麗な眉が顰められた。
「高良とやらに何か言ってやりたい気もするが、光樹に嫌われたら困るからね」
「相手に迷惑かけなきゃ、嫌いになんてならないよ。――好きだよ。征十郎。アンタも知ってるだろう?」
「ああ。オマエとは素の部分で付き合える」
 征十郎がほっとしたように言った。征一郎が、甘いな、とふんと鼻を鳴らして笑った。征十郎はシャワーへ、征一郎は本を読み出した。けれども、征一郎はオレのことが気になるらしく、オレの方をちらちら見ていた。
 ――オレはもう、気にしないことにした。
『高良、眼鏡かけるようになったんだね』
『ああ、オレ、桐皇行っただろ? そこで今吉サンと会ったんだ。バスケ部の。お前も知ってんだろ?』
『…よく存じております』
『だから、ちょっと、ね。視力も落ちて来たし、今吉サンの真似して眼鏡かけてみようかと。ああ、キセキの世代とアメリカ人どもの試合ね、オレも観たよ。ナッシュって言ったっけ? オレ、ぶっ殺してやりてぇと思った』
『ああ……』
 やっぱりこいつの血の気の多さは変わっていない。例え、外見が真面目学生になったとしてもだ。
『オレはバスケ部での今吉サンはそんなに知らないけど、オレに付き合ってくれてた頃の今吉サンは知ってるから……』
『オマエ、今吉サンとは高校の時からの先輩後輩だったんだ…というか、その頃から高良に付き合ってくれてたのか?』
『うちのババァが大学に入学した今吉サンをかてきょ代わりに連れて来たんだよ。今吉サンもヒマじゃねぇのに……でも、あの人よく面倒見てくれたよ。眼鏡してるのは今吉サンに対するリスペクトさ』
『良かったね。そういえば、高良、オマエ、ちょっと感じが今吉サンに似て来たな。――関西弁じゃねぇけど』
『ほんとか?! …だから、赤司はオレの恩人なんだよ。今吉サンの敵を討ってくれたから。後で降旗からも礼言っといてくれるか?』
『それより高良が赤司本人に言った方がいいよ。…実はオレ達、同居してるんだ』

後書き
またまたオリキャラ登場!
高良クンの設定はぼーっとしながら考えました(笑)。
2020.02.20

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