ドアを開けると赤司様がいました 117

 ――さぁてと。今日から初仕事だ。オレは大栄ミニバスチームへ行く。二人の赤司が見送ってくれた。
「頑張って」
「光樹なら上手くやれるよ。絶対」
 はは……ちょっと照れ臭いけど、嬉しいなぁ……。オレの頬は緩みっぱなしだ。この話が決まったすぐ後、南野クンは大喜びで電話をかけてきた。前に電話とLINEの番号を教えていたのだ。
(オレ達のミニバスチームに来てくれるんですか?! 嬉しいです! ありがとうございます!)
 南野クンはそう言っていた。赤司は来ないよ――そう言ったら、構いませんと言う返事が来た。
「オレ達の恋敵は南野クンだな」
 と、征十郎は苦笑いをしながら上手くない冗談を言っていた。面白くないって――。
 赤司にユーモアのセンスがないとは言わない。だけど、笑えない冗談も多くって。ボクサカオヤコロズガタカの人だもんなぁ――あ、それは征一郎か。でも、その中に本体の赤司征十郎もいたんだよなぁ……。
 大栄ミニバスチーム――ここだ。前にも来たから道順はすぐわかった。よーし、頑張るぞ。生まれて初めての本格的なバイトだからなぁ。前に赤司――いや、征十郎とちょっとだけコーチ役したことあるんだけど。
 あの子達、オレのこと覚えてるかな。赤司のことは覚えてると思うけど。オレは地味だったからな……。
「何してんの? 降旗さん」
 少年に声をかけられた。南野クンだ。
「さっさと入ろ? 皆待ってるんですから」
 皆待ってるって――え? この上もなく役に立たなかったオレを――?
「皆ー、来たよー」
「あ、降旗のお兄ちゃん!」
「待ってたよー」
 子供達がオレに声をかけてくる。オレは、「えへへ……」と、恥ずかしくなって頭を掻く。
「今日は赤い頭のお兄ちゃんはいないの?」
 うん。赤司のインパクトは強烈だよね。あの真っ赤な頭。――いや、火神も赤い髪だけどさ。人目を引くオーラ。そして、何より、あの凄いダンク。
 やはり赤司には敵わねぇか。敵う、と一瞬でも思った方が身の程知らずなんだよな。
 オレは敗北感を覚えた。けれど、それは心地良い敗北感だった。
「降旗さん、体の調子はどう?」
「――ん。バッチシ!」
 オレは南野クンに親指を立ててやった。南野クンはほっとしたらしかった。――古谷監督と小笠原コーチが皆を集める。皆が行儀良く座る。よく訓練されているよなぁ。すごい。それが自然体だからますますすごい。
「皆、今日からこのミニバスチームで私のアシスタント役を勤めてくれる降旗光樹さんだ。降旗さんは土日だけ、皆の相手をしてくれるそうだ」
「宜しくお願いします」
 パチパチパチ――拍手が鳴った。
 バイトは楽しかった。子供達はオレを慕ってくれた。前より上手! ――と、皆が言ってくれた。確かに今日は健康だから。
 だけど……。
「ありがとう。これ、バイト代」
「――いいんですか? こんなに……」
「うん」
 小笠原コーチはにこにこ笑っている。こんなにもらえるなんて……代金に見合った仕事、オレしてないよ……。
 それに、オレにはわかるんだ。子供達は赤司も待っていることを。あのダンクを見たいと思っていることを。
「それでね、降旗クン――」
「――え?」
「あ、降旗クン呼びダメだった?」
「いえ。別に。好きなように呼んでくだされば」
「……君も固いね。もう少しフランクに行こう」
「はぁ……でも、コーチは目上の人ですから」
「そうか。ところで、話があるんだった。――来週の日曜日、小学六年生の子供達がこのチームを卒業する。南野クンもだ。……寂しくなるな」
「そうですね……」
 オレは南野クンの笑顔を思い出していた。あの子が一番、ここの子供達の中でオレに懐いていた。中学でもやっぱりバスケは続けるんだろうか。――続けて欲しいと思う。
 オレにはオレで、目標が出来たから――。このチームの子供達のおかげだ。オレは頭を下げた。
「バイト代、ありがとうございます。オレは土日しか来られないけど、南野クンに宜しく伝えてください」
「オレならここにいるけど」
 うひゃ! 南野クン! ――びっくりさせないでくれるかい。オレはまだやっぱりビビりの降旗光樹なんだから……。
「やぁ、南野クン。まだいたのかい」
 小笠原コーチが心安だてに南野クンに声をかけた。
「もう、ここに来ることも出来なくなると思うとオレも寂しくなります。――それに、せっかく降旗さんが来てくれたのに……」
「OBでも来てくれて構わないよ」
「ありがとうございます。コーチ」
 南野クンが笑った。もうすぐ中学生とはいえ、まだ子供だ――可愛い。
「赤司さんにも宜しくね」
「ああ」
 ――そうだ。オレは、赤司に頼みたいことがあったんだ。

「ダンクをやりたい?」
 征十郎は嬉しそうな顔をし、征一郎は眉を顰めた。
「ああ。だから、赤司達にはダンクを教えて欲しい」
「それは構わないが、征一郎はどう思う?」
「無理しなくていいと思う――はい、これ。オマエも紅茶お代わりするかい?」
 オレ達は香ばしいクッキーと紅茶でティータイムとしゃれこんでいた。征十郎も、征一郎も紅茶淹れるの上手いな――ローズティーだから、この部屋には一気に薔薇が開いたような香りがするよ。うっとりするなぁ。
「――オレは、光樹に向上心があっていいと思う」
「わかった。じゃあ、僕達が光樹に稽古をつけてあげよう」
「ほんと?!」
 征十郎と征一郎が加われば百人力だね。――まぁ尤も、コーチが良くても生徒がポンコツでは、赤司達にもどうにもならないかもしれないけどさ。絶対頑張んなきゃ。
「こら、光樹」
 征十郎に呼ばれた。――何だろう。
「そんなに力まないで。でないとコチコチになって、実力が発揮しにくくなる」
 そして、オレの額をつん、と人差し指で押した。――ああ、そうだった。リラックスが大事だよな。リラックスリラックス……。
 出来ねぇ……。
 今からダンクの練習をやるんだと思うと、楽しみで武者震いがする。そりゃ、火神程上手くはなくても、ダンクシュートが決められたらいいなぁ。ダンクには華があるから――。
「取り敢えず、ゆっくり茶を飲もう。特訓はそのあとからで――」

「いいかい? 今教えたことを忠実に守るんだよ。そしたらキミはダンクが出来る。――キミとオレとは、いつもバスケをしていただろう? ダンクが出来るだけの実力はついているはずだ」
 そうだよな。天才赤司征十郎がオレにバスケを教えてくれていたんだもんな。なまってはいないつもり。
 ――体が熱い。
 オレは、今からダンクを決めるんだ……。
 出来るかどうか不安じゃないかって? 不安じゃない。このビビりのオレが不安を感じないなんて――悔しいけど、赤司達のおかげだ。
「行け! 光樹!」
 赤司が言う。これは、征十郎の方だろうか。それとも征一郎? 声が一緒でよくわかんないや……。
「行け!」
 今度は二人の声が重なった。――よし。降旗光樹。行きます! ――はは、ちょっとアムロの真似してみた。冗談は置いといて。
 オレは駆け出した。
 オレは天才肌と言うよりは職人気質だと自分では思っている。でも、将来バスケで食べて行くのなら、ダンクは絶対身に着けたい!
「光樹! 君はダンクが出来る! 基礎はオレが教えたからだ!」
 ――ああ、そうだ。素地は作られていたのだ。でも、失敗したらどうしようと、オレが勝手に怖がっていただけで――。
 腹筋も背筋も、体幹だって鍛えたし――。
 後は、一歩を踏み出す勇気。
 いつか夢を叶えられるように――。
「おらぁっ!」
 オレの指がリングに触った。ボールがリングを通る。
 えーと……これも、ダンク……?
 オレは二人の赤司達の方を見た。二人とも、目が優しい。特に、征一郎なんて初対面の時の険しさがなくなっている。――征十郎が言った。
「――もう少しじゃないか。でも、基本はしっかり身についてるよ。もっと高く飛び給え」
 そうか、もっと高くか……。鳥になったつもりで――かな。でも、今回は今までで一番、形になってたような気がする。ダンクって、決められたら最高だろうな。
 ――オレは、メテオジャム(流星のダンク)を決められる火神が羨ましくなった。緑間は『ダンクなどサルでも出来る』と馬鹿にしてるようだけど、やっぱりダンクはいい!

後書き
メテオジャムはかっこいいですよね。
コミックスで紫原クンが、「ジャム……旨そう……」とかって言ってませんでしたっけ?(笑)
2020.02.18

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