ドアを開けると赤司様がいました 114

『では、改めて、おやすみなさい』
 ――黒子がLINEのチャットルームから落ちた。その前に皆、黒子に別れの挨拶をした。黒子はこれから朝日奈と夜木と話をつけるんだろうか。
『おやすみ、黒子。お前達にも心配かけて済まない。もう大丈夫だよ。…今のところは』
『…今のところはって、何か不安だな…』
 高尾が言うのも尤もだ。オレも心配なんだよな。赤司達が本気で戦ったら、無事では済まないかもしれない――。
『オレもちょっと気にかかるが…赤司は変わったとオレは信じている。だから、大丈夫なのだよ』
『そっか…真ちゃん、信じてるんだね。赤司のことを』
『ああ』
『真ちゃんが信じるなら、オレも信じよっと。…真ちゃんの方が、赤司と親しいからね』
 赤司と緑間。バスケ以外でも一緒に将棋を指したりしていたらしい。――赤司は三年間負けなしだったと聞く。
『オレは今回は全然心配していなかったぞ』
 ――そりゃ、青峰はそうだろうよ。
『赤司。今度また将棋でも指さないか? オレもなかなか強くなったと思うのだよ』
 緑間が赤司を誘う。
 おや、タイムリーな流れ。オレはそもそも将棋をあまりよく知らない。赤司に教えてもらったことはある。面白いけど、赤司はオレとはあんまり将棋をしなかったような気がする。……オレが弱過ぎるからかな。
「いや、それは違うぞ。光樹」
 征一郎の声がオレの物思いを覚ました。ああ、また心を見透かされたのか……でも、征一郎だったらいいや。
「征十郎は、光樹とは、将棋よりも楽しいことを沢山したと言っていたからな」
 楽しいこと……やっぱりバスケかなぁ……それとも、エッチ……。
 オレはぶんぶんと頭を振った。やっぱりバスケの方だろう。オレ達がエッチ関係でやったことは、初体験とチョコレートプレイだけだもんなぁ……。
 バスケだ、バスケ! 絶対バスケだ! プレイの楽しさだけでなく、あの体育館と、健康的な汗の匂いもオレを魅了する。
「光樹。今度は僕と1on1やろう」
 ――オレは嬉しくなって、汗を飛ばしながらこくこくと頷いた。だって、あの赤司と1on1やれるんだぜ。……多分、オレが負けるけど。
「征一郎。光樹はバスケ強くなったよ」
「わかってる。――オマエ達のことはずっと見てたから……。それにしても、あのカントクの采配の意外性にはびっくりしたよ」
「あの、一年の時のウィンター・カップの時のことか? あれはオレもびっくりした。あそこで光樹を投入するなんて、頭でわかってても、なかなか出来るものじゃない。肝の据わった女性だよ。相田先輩は」
 だよなぁ……。誰だって、あそこでオレが出てきたら、何考えてんだって思っちゃうよなぁ……。一番そう思ってたのは、このオレなんだけど……。
(あの時のフリ、ライオンとチワワに見えたもんなぁ……)
 青峰が笑い話として教えてくれた。ライオンは赤司。チワワはオレだけど……。
 ライオンの檻に子猫を入れると、ライオンは子猫を育てるって漫画で読んだけど、オレ達正にそんな感じ。オレは子猫ほど可愛くないけど。
「そんなことないぞ。光樹は可愛いぞ」
「征一郎さん、心の中を読まないでください」
 ――征十郎はくっくっと笑った。
「光樹。……征一郎にも負けなくなって来たね」
 まぁね……オレはこれでもう一年近く征十郎と暮らして来た訳だからね。少しは慣れて来るよ。征一郎だって、征十郎の一部だし。それに……征十郎が意外に可愛い性格なのも知っている。
「征十郎がそんなに光樹に執着しなければ、僕も光樹をこんなに好きになることはなかっただろうね。やはり、僕も征十郎の分身なんだ」
「そっか……」
「僕は征十郎視点で光樹を見ていたからね。気が付いたら光樹が可愛くなってた」
 ありがとう――と言うべきかな。それもちょっとおかしいか。
「光樹のことは、初めてのウィンター・カップで会って以来、ずっと気になっていたからね。キミもそうだろう? 征一郎」
「ああ。あの脅えた顔が可愛かった……」
 征一郎が何かを思い出したようにブルブルと体を震わす。えーと……この二人に惚れられて、大丈夫かな、オレ。オレはスマホの話し合いに戻った。
『あのさぁ、オレ、赤司達と暮らしていて、ちょっと身の危険を感じるんだけど…』
『貞操の危機?!』
 高尾が反応した。いや、それはもう……既にバックバージン奪われちゃったからな……。
『…命の危険だよ』
「命の危険?!」
 征十郎と征一郎は、ばっと、食い入るようにスマホの画面を凝視していた。そして、二人はオレにずいっと詰め寄る。同じ整った顔で赤い髪の青年二人。ただ、征一郎の左目だけが金色で――。
「何でだい? 征一郎が何かおかしなことでもしたのかい?!」
「何で僕のせいにするんだ? 征十郎!」
 うーん……やっぱり征一郎がサドだからかなぁ……でも、征十郎だって時々凄くおっかない……。
「オレに抱かれるのが嫌なのか? 嫌だというなら、オレは特にしなくてもいいから……」
「そうか! じゃあ、これからは僕が光樹を愛撫してやることにしよう!」
「何でそうなるんだ! そんな羨ましい!」
 うう……ここでオレが二人の赤司にヤリ殺されても、黒子や火神はオレのことを思い出してくれるだろうか……。――ピロン、という音が気になる。オレは赤司達を振り切ってスマホを見る。
『フリ! おい、フリ!』
『赤司君に殺されそうになってるんですか?!』
 二人とも本気でオレのことを心配してくれているらしい。あんなこと書くんじゃなかった……。例え冗談半分でも。青峰も黒子も、赤司の気性は飲み込んでいるからなぁ……。
『大丈夫なのだよ。青峰、黒子。赤司はそんなに怖い存在ではないのだよ』
 そう言う緑間もオレにとっては充分怖い。
『真ちゃんは慣れてるからいいだろうけどさ――降旗はビビりだから怖いんじゃね?』
 悪かったな、高尾。どうせオレはチワワメンタルだよ。
『ああ、はっきり言って怖かったね』
「――光樹!」
 スマホの画面に戻っていた赤司達が同時に叫ぶ。オレはこう書いてやった。
『でも、今は、そんなに怖くない』
「……光樹……」
 征十郎はほっとしたように呟いた。征一郎も多分同じ気持ちだろう。
 ――例えヤリ殺されたってさ……オレは最期まで幸せだったと思うよ。そりゃ、そんなことになる前にもっとバスケしたかったな――と思いもするだろうけど。
「光樹。オマエのことは大切にするよ」
 征十郎がオレの茶色の髪を梳いた。
「僕のこともまだ怖いかい?」
 征一郎が訊く。大丈夫。もう怖くない。
「怖くないよ。だってオレら――友達じゃんか」
「そこは恋人と言って欲しかったな」
 征一郎と征十郎が揃って笑う。相変わらずの美声で。確かにオレと征十郎は恋人みたいなこともしたが、征一郎とはまだで――まぁいいや。
 でも、いつか、征一郎とも寝ることになるのかな。――オレはそんなに色気違いだったのか。でも、多分、その日は来ると思う。早いか、遅いかの違いで――。それにしても、オレがもし女の子だったらと、考えることもあるよ。
『降旗もビビりから卒業したね。オレは怖いよ』
 と、高尾。赤司征十郎にはだいぶ鍛えられたからね。――征十郎はいつもとても優しかったけど。でも、怖いと思う時もあった。
 そして、もう一人の赤司――。
 こいつは前は怖かった。文句なく怖かった。けれど、今はオレに気を使ってくれてるような気がして――そりゃ、物騒なことを言う時もあるけれど、それは仕方がない。彼の生い立ちを考えてみれば。
 征一郎の頭には、勝利のことしかなかった。そうでなくては、親にも征十郎にも認めてもらえないから……。オレは、一途な征一郎をぎゅっと抱き締めてやりたくなった。何だか、彼が愛しくて――。
 これが、母性本能ってヤツだろうか……。
『オレも赤司なんざ怖かねぇぜ』
 青峰には怖いものなんて何もないような気がする……。それとも、青峰にも怖いものはあるんだろうか……。
『ねぇ、青峰って、何か怖いものあんの?』
『そんなものねぇぜ』
 うわお、自信満々。
『青峰は蜂が苦手なのだよ』
『わっ、こら、バラすんじゃねぇよ。緑間』
 そのやりとりに、オレと赤司ズが同時にくすっと笑った。そうか。緑間は青峰と同じ中学だったから、青峰の弱み知ってるんだ。
 でも、蜂はなぁ……刺されたらオレだってこえぇよ。
『なんか、青峰って怖いものなさそうな気がするんだもん。赤司達にも怖いものなさそうだけどな』
「オレは光樹を失うのが怖い」
 征十郎が声に出して言った。うっ、それは……。オレも赤司達がいなくなってしまうのが怖い。何と言うことだ! ――今になって、赤司を失うのが怖いだなんて……。征十郎と征一郎。どっちもいてくれなきゃやだよ……。
 ……まるで駄々をこねているガキだな。征一郎とももっとバスケがしたい。征十郎とも。
 オレは、赤司達と沢山バスケがしたい。
 ――オレは、時計の方に目を遣った。時間の経つのは早いもんで、もうこんな時間か、と思う。
『オレ、落ちるよ。これからシャワー浴びて寝るんだ』
 オレにも皆がおやすみコールをしてくれた。……赤司はまだスマホを続けているようだった。赤司は一晩くらい寝なくても平気な感じがする。オレは部屋に戻る時、振り返って、二つの赤い頭が寄り添っているのを確認すると、訳もなく安心した。

後書き
真ちゃんを信じる高尾ちゃん。良い子です。
私も将棋をあまり良く知りません。
囲碁だったら父がやってましたけどね。
2020.02.10

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