ドアを開けると赤司様がいました 113

「ねぇ、赤司――」
「どっちの赤司だい?」
 えーと……こっちの赤司はオッドアイだから、征一郎だな。
「アンタらはさ。朝日奈達のこと、どう思う?」
「どうって――君はどう思うんだい? 対決した方がいいって、さっき書いてたじゃないか」
「――うん。でも、最終的には本人達に任せておいた方がいいと思う」
「そうだな。そうだろうな。――オレは誠凛じゃないから、余計な口挟まない方がいいかもな。上手く行くように願ってはいてもさ。それに、黒子や火神の方が彼らのことをよく知っているだろう」
「そういや、火神はどうしたんだろう」
「ふむ。落ちた訳じゃなさそうだな。寝てるのかな」
「あー、寝落ちか。結構するよね」
「ほら、今もまた、キミも寝落ちしたんじゃないかと思われているのでは?」
 征一郎が言った。征十郎はスムーズにスマホの上に指を走らせている。何書いてんのかな。――オレがスマホを見ると……。
 ――虹村さん達のことが話題に出ていた。
『虹村さん、元気みたいですねぇ』
 ――と、黒子。
『灰崎と仲良くやってるよ。まぁ…虹村さんがリードしていることは間違いないけどね…』
『虹村さんは、灰崎君によく構ってましたもんねぇ』
 構ってる、か……。結構バイオレンスな関係だと、赤司からも聞いたことがあるんだが……。喧嘩する程仲がいいってヤツかな。けど、虹村サン、結構力強そうだったしな。
『あの二人も、ずっと上手く行くといいな。オレは…灰崎を切り捨てたから…』
 赤司――征一郎だか征十郎だかはっきりしないが――も、充分反省しただろう。一人称が『オレ』だから征十郎か。いつか、灰崎に赤司のこの言葉を伝えてやろうと思う。
『…そういえば、火神君は?』
『何だ。テツ。お前、火神と一緒じゃねぇのかよ』
『バラバラに暮らしているもので。一緒に暮らしている人達が羨ましいですよ』
『オレ達は一緒に暮らしてるもんねー』
 ああ、自慢気な高尾のセリフ……。
『赤司達だってフリと一緒に暮らしてるだろ。やっぱり旨い飯とか食わせてもらってんのか? フリ』
『うん。そうだけど』
 事実なので、オレは肯った。美味しい匂いのする、思い出すと唾が湧いてくるようなご飯。オレが人並み以上の生活水準を保っているのは、赤司達の力が大きい。征一郎も加わって、ますます賑やかになるだろう。
『かはっ。言うじゃねーか。フリ』
『だって、ほんとのことだから…』
 そう、オレは大抵ほんとのことしか言わない。――エイプリルフール以外は。
『青峰…お前が光樹に嘘をついたことをオレはまだ恨んでるぞ』
『悪かった、わーるかったって。だって、あの時は本当にそう思ってたんだ。…フリじゃ、赤司の相手になれないって』
『…でも、その出来事があったからこそ、今があるんじゃないか。赤司』
 ――オレは、征十郎を窘めようとした。征十郎はほっとしたみたいだった。
『そうだな。何にせよ、無駄なことなんてないんだな』
 ――その言葉を見て、オレもほっとした。
『うーん、ああ…眠かった。寝落ちするところだったぜ。おやすみお前ら』
 火神の文章だった。羊のスタンプが可愛い。
『おやすみなさい。火神君。いい夢を』
 オレ、火神と黒子の関係もいいなと思う。穏やかで、優しくて――。青峰には悪いけどな。青峰には桃井サンがいるじゃないか。あ、でも、高校時代に、青峰がマイちゃんのこと好きだって、どこかで聞いたことがあるな――どこでだったろう。
 ……青峰も結構浮気性だな。火神には黒子がいて良かったな。
『なぁ、青峰…今度、赤司と降旗の仲を邪魔しようとしたら、この高尾ちゃんが、月に代わっておしおきよ☆』
『かはっ』
 オレも、高尾の攻撃に思わず笑い転げてしまった。攻撃されたのはオレじゃないんだけど。
『…オレの代わりに緑間。お前が高尾におしおきされて来い!』
 そうスマホで伝えたのは青峰だった。
『な…何を破廉恥なことを…!』
『真ちゃんをおしおきかぁ…それも魅力的だな…って、何鼻血垂らしてんの?! 真ちゃん!』
『うるさいのだよ! 不可抗力なのだよ!』
『ぎゃっはっはっはっ』
 青峰……笑ってる場合じゃねぇだろ……。高尾達のところはさぞかし阿鼻叫喚だろうな……。
『ティッシュティッシュ……もう……ベッド以外で興奮しないでよ、真ちゃん』
『うるさいのだよ、高尾。お前も男の性はわかるだろ』
 うわー、緑間って実はMだったとか……? おしおきされたいと言っても、高尾限定なんだろうな。オレは――否が応でもおしおきされる方だもんな……。
『ふふ…オレは緑間の気持ち、ちょっとわかる気がするよ…』
 おしおきされる方の気持ちわかってどうすんだよ。赤司……いや、征十郎……。今度はオレにおしおきして欲しいなんて言うんじゃないだろうな……。でも、サドはマゾの裏返しかもな……。
 ――オレはSMなんて興味ないけど。しかし、あのクールビューティーな緑間がここまで壊れるとはねぇ……。
『あー。オレもマイちゃんだったらおしおきされてぇ』
 ……青峰が言うと実に違和感がないのが不思議だ。
『もうボクついていけませんよ…取り敢えず、朝日奈君と夜木君に連絡します。おやすみなさい。あ、そうだ。降旗君、審判役は…やはり引き受けてもらえないでしょうか…』
『悪い。黒子。明日はオレも部活だ』
 高校の思い出はきらきらしてるし、すごく大切なものなんだけど――もう、終わったことなんだ……。オレにはオレの、新しい生活がある。ぽん、と征十郎に肩を叩かれた。
「大人になったな。光樹」
 オレは、征十郎の肩に頭を乗せた。涙が一筋、こぼれて行った。
『わかりました。じゃあ、ボク達が何とかします。…誠凛や2号のことについては、放っておくことは出来ませんから』
 黒子は責任感が強いなぁ。昔からそうだったよな。練習を誰よりもやっていて……流石元帝光中の幻のシックスマン。
『ああ、頼んだ』
「征十郎……」
「ん? ――ちゃんと噛まずに言えたね。ご褒美」
 赤司がちゅっとオレにキスをした。征一郎が恨めしそうにこちらを見ている。
「もう……」
 オレは泣き笑いの表情をしていたことだろう。征一郎がオレを顎に手をかけ、無理やり自分の方を向かせた。
「光樹……僕はお前を奪ってやる……オマエからもだ。征十郎……」
 ――オレはぞくっとした。もう一人の赤司の底力と、それと同時に奇妙な話だが、永劫の悲哀を見せつけられたようで……。この男は、とても恐ろしいのに、こんなにも――哀しい。
 けれど、きっと、ずっと征十郎を守って来たんだ……。征十郎が立ち上がってずいっと征一郎の前に出た。
「征一郎……オマエには感謝している。けれど、オレにも譲れないことがあるんだ……オレとオマエは一心同体。だが、光樹と一緒にいるところを見ると、自分自身とはいえ、どうしても妬いてしまう」
 征十郎の声もどことなく哀しい。哀愁の漂う表情で、征十郎はオレを見た。
「ごめんね。光樹……オレ、いや、オレ達に惚れられたのが運の尽きだと思ってくれ給え」
 征十郎……。
「何か? バスケットで勝負をつけるか? 誠凛の朝日奈と夜木みたく」
「いいね」
 オレはぞくっとした。征十郎からも、征一郎に似たオーラが漂っている。元は自分自身なんだもんな……。バスケ……1on1かな。やっぱり……。
「ちょっと待っててくれ」
 ……ん? 何だろ……。征十郎の指が再びスマホを操る。
『黒子…オレも光樹を賭けて対決することになるかもしれない』
『…降旗君、モテモテですね。…男に』
『ヤローにモテたって嬉しかねーだろ』
 ――火神に想いを寄せていた青峰の言葉とは思えない。火神なんて、190cmの大男だぜ。まぁ、火神は火神で、青峰にとっては別なんだろうな……。失恋したことは気の毒に思うけど。
 それに……赤司達にモテても嬉しいよ。オレはね。ただ、喧嘩さえしなければ……。
「なぁ、征一郎――キミも光樹を好きなことはわかった。ただ、オレ達は自分同士なんだから、お互いに歩み寄ることは出来ないだろうか」
「光樹のことがなければな……」
 征一郎は溜息を吐いた。
「話し合う余地はないだろうか。――キミとオレは長い付き合いだが、それでも知らないことはいっぱいあるからね……」
「…………」
 征一郎は黙ったまま唇を噛んだ。思うところがあるようだ。
「わかった」
 征一郎は、この場は矛を収めることにしたようだった。良かった。
「けれど、征十郎――せっかく二人に分かれたんだから、今度は正々堂々と真っ向から勝負をしてみたい。機会があればだが」
 征十郎が、「勿論だよ!」と、明るく言った。

後書き
二人の赤司様の対決は私も見たいです。
虹灰も好きなのでちょこっと話題に出しました。
2020.02.08

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