ドアを開けると赤司様がいました 111

『それにしても、征一郎君のことについてはどうしたらいいんでしょうね…彼、戸籍ないんですよね』
 ――黒子はそこまで考えているのか……。
『オレもそれは考えていた。どうしたらいいか、とね。まさか、いつの間にかオレ達が二人に分かれたなんて、信じる大人は少ないだろう。…父さんは信じてくれたけど、以前の父さんだったら納得してくれたかどうかもわからないし』
 戸籍がないと、いろいろ大変だよな……赤司家にも相談しなきゃいけないかもしれない。征一郎が戸籍の問題で苦労するなら、それはオレのせいかもしれない。征一郎が、オレに触れ合いたいと思って実体化したのなら。
『何だよ。何とかなるだろ。そんなこと』
 火神……何でお前はそんなに脳天気なんだ。――日本での戸籍の問題は、いろいろ大変なんだぞ。だが、征十郎はこう答えた。
『まぁ、戸籍の問題は、オレ達が何とかするさ』
 そんな簡単に答えを出していいのかねぇ……。赤司家の力をもってしても、簡単じゃないんじゃないだろうか。――オレも、戸籍のない人の大変さは本で読んだことがある。
「光樹……そんなに気にしなくて大丈夫だから……僕は、自分で何とかするよ」
 征一郎が言った。
「いや、お前一人が何とか出来る問題じゃないだろ……」
「光樹の言う通りだ。父さんに発破をかけて、偉い人に働きかけよう」
 それで問題が解決するといいけどね。征十郎――。
「わかってるさ。問題がそんなに簡単でないことは――」
 征一郎が哀し気な横顔を見せた。征一郎は――アメリカとかに行った方がいいんじゃないだろうか……。
「なぁ、征一郎はアメリカや……征一郎が征一郎らしく暮らせる国に行った方がいいんじゃ……」
「いや、それじゃ、意味がない。――僕は、お前や征十郎を守る為に生まれて来たんだから――」
「光樹……どう考えても、どんな方法をとっても、征一郎が生きて行くってことは大変なんだ。人一人が、この地上で暮らして行くってのは、それ程大ごとなんだ」
『どうしました? 降旗君』
 黒子からメッセージが届いた。
『ちょっと…赤司達と話していた。戸籍のことについて。やっぱりオレなんかじゃ手に負えないよ…』
『わかります。ボクにも手に負えません。でも、出来る限りサポートはしたいと思います
『戸籍を作るところから始めないといけないかもな』
『そうですねぇ…ボクは戸籍の作り方など知らないんですが…』
「いいんだよ、僕は。征十郎や光樹と暮らせるだけで……」
 そうだな。今は、その問題は一時棚上げにしておこう。……一介の大学生には難し過ぎる。ただ、征一郎は無国籍のままでいたら、法律違反にならないだろうか……。
「お前達の迷惑になると言うんなら、僕はまた消えてもいいんだし――」
「駄目だ!」
「ダメだよ!」
 征一郎の言葉に、征十郎とオレが同時に反対した。――その時、青峰が入って来た。オレは、かいつまんで青峰にこれまでの話を説明する。青峰は言った。
『んだー? 赤司。お前、何か出来ねぇのかよ』
『突発的な出来事だったしね。征一郎の出現は。それに、これはオレの専門外なんだ』
『なーんだ。征一郎が征十郎に化ければいいだけの話だろうが』
 青峰……だから、話はそう簡単でないんだって……。
『そうだな…それしか方法はないかもしれないな』
 ええっ?! その話に乗っちゃうの?! 赤司――おっと、征十郎の方な。
『戸籍作った方が早いんじゃねーか?』
 ――これは火神の意見。
『そうかぁ…でも、おめー、戸籍の作り方知ってんの?』
 青峰が言うのも尤もだ。
『え…だから、赤司家の力で何とかしてもらって――征一郎は訳あって戸籍がなかったということを正直に役所に言ってしまえば――』
 オレは、火神の書き込みに頷いてしまった。確かに、正直が一番だよな。策を弄するよりも。
『ちょっと待って。オレらがアメリカに行くと言う手もある。やっぱりオレはNBAでプレイしたいし。だけど…やっぱりパスポートを作る時には戸籍は必要なんだよな…』
 征十郎がうーん、と唸った。
「征十郎。そう言った手続きは僕がするから」
「ちょっと待っててくれ。調べ物があるから――ふーん……征一郎。ちょっと黒子達と話をしててくれ」
 オレ達が四方山話を交わしていると、征十郎が戻って来た。
「征一郎。法務局や弁護士会で相談を受け付けているそうだ。それに――弁護士だったらうってつけのがいる。オレ達も世話になっている赤司家の顧問弁護士だ」
「ああ、あいつか……」
 征一郎は何となくぐったりした様子だった。
「そうは言うが、腕ききなんだよ」
「む……まぁ、あの男が有能なのはわかってはいるが……」
「疲れてる場合じゃないよ。何かあったかい物でも淹れてやろうか。光樹に征一郎」
「……コーヒーでも淹れてくれ」
 征一郎は征十郎にそう頼んだ。そう。征十郎の淹れてくれたコーヒーは絶品なんだ。大人の苦みや香り立つ湯気――オレも好きだが、なるほど、征一郎も気に入っているのか。気が合うな。オレ達。
 ――もう、長い間この地球で暮らしていた気がする。でも、征一郎はどうなんだろう。征十郎は?
『…降旗君?』
 ――黒子の文章だ。青峰は相変わらず火神と喧嘩をしている。いい友達同士なのにね。――青峰は確か火神に惚れてたんじゃなかったっけ? ……失恋したけど。
 喧嘩を出来るってことは、いいことなのかもしれない。え? オレ? まぁ、オレだって言うことは言うけどね。赤司達の方が一枚上手なんじゃないかと考える時もある。キセキのヤツらはなんだかんだ言って性格も一癖ある。
 ……そいつらと渡り合ってきた黒子はやっぱりすごいな。尊敬しちゃう。
 ――ああ、コーヒーが美味しい。
「征十郎、コーヒーありがとう」
「ああ。だが…黒子が心配してるぞ」
「心配って程でもないと思うけどね。でも、待って。今返事書くから」
『何だい? 黒子』
『2号について考えてたんです。今年で朝日奈君や夜木君も卒業でしょう?』
『ああ、2号か…2号なら、誰にでも懐くから、残った後輩にも可愛がってもらえるんじゃないか?』
 なんせ、あの火神の心さえ溶かした犬だもんなぁ……。2号が誠凛からいなくなったら、みんな悲しむんじゃないかな……。
『2号が誠凛から捨てられるとか…?』
『…その反対です』
『…は?』
『朝日奈君と夜木君が、2号の取り合いをしているんです。…二人とも一歩も譲らずと言った態で…』
『へぇ…せっかく仲良くなったと思ったのに…』
『誠凛の連中も2号にはいてもらいたがってるらしいしな。モテモテなんだぜ。2号は』
 今度は火神の言葉だ。黒子が続けた。
『2号、散歩などの時にもいい子にしていて、子供達の人気者でもあるんですよ。で、どうしたらいいか、と。ボク達の在学中も、朝日奈君と夜木君が主に率先して世話焼いてましたからね…』
『じゃんけんで決めりゃいいじゃねーか』
 投げやりそうな文で青峰が提案する。
『それで二人が納得すると思いますか。それで、二人には1on1で決着つけたらどうかって話してたんですが…』
『決戦日は明日だぜ』
『ほう…なかなか興味深いな。黒子。結果がわかったら教えてくれ。…オレ、いや、征一郎が審判してもいいんだが』
『お願いします。実は審判役がいなくて困ってたんですよ。その日はボクらも忙しいし…本当は降旗君に頼む予定だったのですが…』
『オレだって、朝日奈対夜木の1on1は観てみたいよ。しかし、夜木が朝日奈に敵うかねぇ…朝日奈、ほんとに強いから…』
『今の夜木君だったら勝てます!』
 黒子は断言した。確かに、夜木悠太も、ロードを走り切ることの出来なかった一年の頃から見ると、随分逞しくなって、バスケも上手くなった。
『でも、朝日奈君が、どうも夜木君と戦いたくないそうなんです』
『…何でだい?』
『さぁ…とにかく戦いたくないんだそうです』
『初恋の少年とは戦いたくないってことかい?』
 オレはぶーっとコーヒーを噴いてしまった。あー、きたね……。征十郎ったら、何てこと言うんだ……。皆が皆、おめーらと同じだと思うなよ。
『…いや、それがどうも当たらずと言えども遠からずって具合で…』
「へぇぇ~」
 征十郎と征一郎がにやりと笑った。何か変なこと企んでるんじゃないだろうな……。
『なら、朝日奈と夜木を呼び出して、お互いに告白してもらえば…』
『そう簡単に行きますかねぇ…』
『簡単に行かなくても、どうせ他人事だ』
『…割り切ってますね。赤司君。……ほんと、他人事だと思って…』
『だって、他人事だもんよー。文章見てオレ、げらげら笑っちまったぜ。オレだって、高尾のような笑い上戸じゃねぇと、自分では思ってたんだけどよぉ…でも、応援はするぜ。身近に感じたからな…』
『…青峰君は桃井サンと付き合えばいいんですよ。美男美女でぴったりじゃありませんか』
『…テツ…そいつはさつきに対して気の毒と言うもんじゃねーか? …さつきはテツのこと好きなんだぜ』

後書き
征一郎の戸籍問題が出て来ました。
さつきちゃんの恋心はどうなるんでしょうね。私は青桃で上手く行って欲しいな、と思いますが。
2020.02.04

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