ドアを開けると赤司様がいました 110

 うう……これを聞いたら征一郎は気を悪くしないかな……。だが、こっちを向いた征一郎のオッドアイは爛々と光っていた。
『素晴らしいよ! 光樹! それはインスピレーションと言うんだよ!』
 うーん、そうかなぁ……。良くいやそうだろうけど、悪く言えば、単なる思い付き。それに、征十郎と言う名前が下敷きにあったから。
 赤司征十郎。立派な名前でないか。
『…降旗君、二人の面倒を見るのは大変でしょう』
『黒子、オレが赤司達の面倒を見ることが出来るように見えるか? オレの方が面倒見てもらってるよ…』
 それは事実だ。今日だって、征十郎征一郎と舌噛み噛みなオレを気遣ってもらった。情けねぇ……。どうして赤司達の名をスムーズに言うことが出来ないんだろう。――そりゃ、すっと出てくる時もあるけれど。
 やっぱり、好きだから――大切な人の名前だから、大切に言おうとすると舌も噛みやすくなるのかな。それに、この二人は舌を噛みやすい名前であるからして――なんて、責任逃れもいいとこだな。
 今でも……ドキドキするんだ。正直言って。――ピロン、という音で我に返った。黒子からだ。
『降旗君?』
『あ、ごめん。ちょっと考え事してた…わり』
『いいんですよ。降旗君が幸せなら何よりです』
 黒子の文面に、赤司達がばっと振り向いた。
「光樹……オレといて幸せだったかい?」
「僕という存在が加わっても迷惑じゃなかったか?! ――いや、僕が近くにいるのに不幸だなんて言わせない! 君が僕を必要としないなら、僕は消えるよ」
「え、えっと……オレ、どっちの赤司も好きだから……」
「ほんとかい?! 光樹!」
「遠慮せずともいいんだぞ。光樹――まぁ、僕を嫌いになる理由なんて、あるはずはないのだが」
『黒子…』
『何ですか? 降旗君』
 二人の赤司に迫られています。助けて――とは書けなかった。二人ともこの文面見てるから。
 そこへ――。
 火神が入室して来た。
『よぉ、黒子、降旗。赤司』
『こんばんは。火神君』
 黒子が火神に文章を寄越す。た、助かった~。オレが勝手にテンパっているだけとわかってはいても――。でも、征一郎は今朝だったか、オレにお仕置きが必要だとか何とか言ってたからなぁ。
『よぉ、火神』
 オレは冷静を装って火神に挨拶する。二人の赤司も火神に挨拶した。
『火神…黒子と一緒に頑張ってるようじゃないか』
『え? ああ、バスケな…NBAで活躍するにはもっと実力もつけないとな』
『火神君は僕の練習の相手もしてくれているんですよ』
『へぇ! そいつはいいな!』
 オレはつい嬉しくなった。黒子はバスケが下手だった。――あのパス捌き以外は。でも、一年足らずですごい上手くなった。カントクの采配も良かったんだろう。それに、黒子はパスに特化した選手だ。
 強豪校と言われる帝光中で、『幻のシックスマン』と呼ばれた実力は伊達じゃない。もう一人のパス特化型選手、黛千尋さんも黒子には敵わなかった。
 ――オレは、とんでもないヤツの中でプレイして来たんじゃないだろうか。その贅沢な環境に慣れ切ったせいか、今の大学のバスケ部では少々物足りなくなってきている。
 オレが今の大学を辞めることを考えたのも、ひとつにはこれが原因だった。
 でも、焦っちゃいけない。性急に物事を考えてもいけない。今は大事な時だ。だから、じっくり考えたい。
 オレは征一郎の方を見た。征一郎がこくん、と頷いた。「わかるよ」――とでも言いたげに。オレはこう書いた。
『オレ……やっぱりバスケが好きだ!』
 そして、バスケのスタンプ。
 誰にそしられてもいい。下手だと笑われてもいい――オレは、バスケの練習がしたい。子供達にもバスケの楽しさを教えてあげたい。
『オレ、バイトすること考えてるんだ』
『へぇー、でもお前、赤司達と一緒に住んでるんだから、金には困らないんじゃね?』
『そういう問題じゃないんだってば…』
『そうですよ。火神君。降旗君がバイトしたいというのは、バスケ絡みですよね? そうなんでしょう? 降旗君』
『ああ。黒子には読まれてたか。…前にちょっと子供達のバスケを見たことがあってね。オレで役に立てればいいなぁ、と』
『それはいいんですが、どこのチームですか?』
『大栄ミニバスチームというところだ。尤も、まだコーチや監督にも話は通してないんだけど』
『そういうことはちゃんとした方がいいですよ』
 確かに、黒子の言う通りだ。影が薄いくせに、この黒子テツヤという男は、なかなかしっかりした考えを持っている。謎は多いけど――というか、謎だらけだけど。彼の家をオレは知らない。火神は知っているんだろうか。閑話休題。
『でも、オレ、夢の為にこの日本を飛び立つことも考えてるんだ。バスケと言えば、アメリカだろ?』
『そりゃ、まぁ…』
『大学へは行っておいた方がいいですよ。今の大学に不満はないんでしょう?』
 今度はオレが、『そりゃ、まぁ…』という番だった。――火神が『オレの真似をするな』と笑い顔のスタンプと共にそんな文章を送った。
『今の大学生活も大事にした方がいいですよ。…さては、降旗君、赤司君に焚きつけられたでしょう!』
 う……鋭いな黒子……。
『でも、降旗君がバスケを愛しているのはわかりました』
『あ、わかってくれた? 実はオレもどうしたらいいかわからないんだよ』
『ボクは、今はもう、NBAにこだわることもないと思ってますけど。日本のバスケも随分レベルが上がったし。…八村塁選手は知ってますよね』
『うん!』
『八村選手だって、身長2m超えているんですよ』
『ああ――紫原も2m超えてたなー、と思ったから、覚えてるよ』
『バスケはサイズのスポーツとも呼ばれていますからね。赤司君は足りない身長を補ってあまりあるけれど』
『黒子…オレも身長は気にしているんだ…』
「僕もだ……」
 征十郎の書き込みを見て、征一郎が同意した。
『もっと身長があればオレは完璧なのに…』
 はん! チートめ! もう既に征十郎は完璧人間じゃねぇか! それ以上を望むのはバチが当たるってもんだよ。――まぁ、でも、同情の余地はあるかな。赤司達が努力家なのは知っているが、身長は努力じゃどうにもならないもんな。
『紫原……とまではいかないが、せめて緑間くらい身長があったらと思うよ』
『赤司君…ボク、キミに対して段々ムカついてきました』
『黒子。お前もか。オレもそうだよ』
 黒子と火神は同じ意見らしい。オレもちょっと赤司達にはムカついて来たな……。
 でも、赤司達にも人並みにコンプレックスがあるのかと思うと、ムカつくと同時に親近感も湧く。
『赤司君。バスケがサイズだけでないことを証明してみせてください』
『もう既に充分証明したと思うけど?』
 うわー、征十郎ってやっぱりやなヤツ!
 ――でもま、取り敢えずはオレも今の大学やめるの保留にしておくか。オレも赤司征十郎のおかげでだいぶ力はつけてきたけど、NBAでは通用しないだろうな……。
『降旗君には、日本バスケ界の底上げを頑張って欲しいです』
 黒子の言う通りだ。だとすると、オレのバイトはちょうどいいってことになるな。次世代のバスケ界を担う子供達を育てることになるから……。
 ああ……でも、オレはダンクが出来ないんだ……練習はしてるんだが……。
 火神のダンク……かっこよかったな……赤司のダンクも様になってたな……。
 緑間は訳のわからんポリシーでダンクを嫌ってたけど――やっぱり、ダンクっていいよな。華があるよ。
 だけど、オレには、縁の下の力持ちが似合う。
『オレは、縁の下の力持ちを目指しているから…』
『そうです。そうです。そういう降旗君だからこそ、カントクはキミに期待したんです』
 と、黒子。
『オレもそう思う』
 征十郎がそう打ったので、オレは彼の方を見た。征十郎はにやりと笑った。
「黒子の言う通り、そう言うキミだからこそ好きになったんだ」
「オレも好きだぞ。光樹……」
 征十郎と征一郎にそう言われると、何だか少し照れるな……。
『二人の赤司君との生活には慣れましたか? 降旗君』
『そう簡単に慣れることが出来れば、苦労はしないよ…』
『でも、お前、結構順応性あるじゃねぇか』
 火神が話に入って来た。えー? そうかなぁ……。征十郎一人の時でもプレッシャーで神経すり減らしていたオレだよ。征十郎も征一郎も優しく接してくれているけどさ。きっとオレが頼りないから放っておけないんだろうな。
『そうだよ。火神。光樹は強いヤツだから…』
 えーと……征十郎にもそう言われると、オレだってひとかどのヤツなんじゃないかと、ちょっと得意になっちゃうじゃんか。
「ありがとう、征十郎」
 オレは、征十郎に直接礼を言った。今度は噛まずにすらっと言えた。
「いえいえ。どういたしまして。――オレはキミに嘘はつかないよ」

後書き
『縁の下の力持ち』は、降旗クンの座右の銘。
だけど、そんな降旗クンが私も好きなんですよ~。
2020.01.31

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