ドアを開けると赤司様がいました 11
「――ごめんな、赤司」
「何がだい?」
赤司はシャワーを浴びてもうパジャマに着替えている。青いパジャマだ。赤と青――信号か。
「お前だって努力してるだろうに、才能が違うんだ、と思ってしまったりして――」
「何だ、そんなことか……気にしてないよ」
赤司が近寄る。ボディソープの匂いがする。赤司が愛用しているヤツだ。
「結構言われることだしね。『才能が違う』って。いちいち気にしてたらきりないよ。それに――努力だったら光樹もしてるじゃないか」
「あ、えへへ……オレ、ホントに何もないから……努力ぐらいはしろっていう話っつーか……」
「頑張り屋な光樹……オレは嫌いじゃないよ。おやすみなさい。あ、そうだ」
赤司は何か思いついたらしかった。
「明日はマジバへ行こう。あ、キミはレポートだっけ?」
「もう終わったよ」
「マジバでやれば良かったじゃないか」
「だって、それやると店の回転率が落ちちゃうから」
赤司が目を丸くした。そして、
「ああ、そうか!」
と、ポンと手を叩いた。オマエ、マジか?
「喫茶店だとゆっくり出来るのにねぇ……昔の作家なんて、喫茶店で作品書いてたよ」
「あのねぇ、時代が違うの」
「みたいだねぇ。――勉強になったよ。ありがとう」
赤司のヤツ、マジだよな。ボケじゃないよな。――赤司は部屋の電源を切って、「おやすみ」と言った。オレも寝床に潜った。
ズズズ……。
黒いオーラが辺りを包む。それが凝って人の形になる。
「光樹……」
赤司の声がオレの名を呼ぶ。オレはぞっとした。どうしよう、どうしようどうしようどうしよう――。オレは反射的に赤司を抱き締めた。
「……赤司、元に戻って……赤司ーっ!」
その時、ゆさゆさと揺さぶる感触がした。
「光樹……! 光樹! 光樹! 大丈夫か?!」
お馴染みになった快い匂いがオレの意識を取り戻させる。
はっはっ……オレの息は荒くなる。盗汗が流れ出す。ああ、赤司。……いつもの赤司だよな……。赤司の端正な顔が心配そうに歪む。オレは笑おうとして引き攣った。まだ引きずってんのかな。夢のこと。
「大丈夫だよ……ちょっとやな夢見ただけ……」
まさか、怪物が赤司になった夢を見たなんて言えない。そんなこと言ったら赤司に悪い。
「そうか。――良かった。やや、酷い汗じゃないか、光樹」
「うん。シャワー浴びて来る」
オレは赤司をかわし、シャワーを浴びに行く。トイレとシャワーは共同だ。オレは、シャワーを浴びながら考える。
――今のあの夢、あの夢は何だったんだ……?
赤司が実は化け物だったとしたって、うん、そういうこともあるかもな。じゃあ、化け物の赤司は怖いか?
結論。怖くない。びっくりはするだろうけれど。化け物の正体が赤司だと知ったら、怖くない。さっきはちょっと驚いただけ。
怖いはずのものが怖くないだなんて、オレも相当怖いよなぁ、などと思いながら、オレはタオルで体を拭く。赤司と代わりばんこで洗濯するのだ。もしかしたら、これは赤司が洗ったヤツかもしれない。
マジバから帰ったら、シーツも洗おうかな。この頃洗ってなかったもんな。布団は行く前に干して――。
風呂場から上がったら、赤司が卵がゆを作ってくれた。
「やぁ、光樹。もしかして体調が悪いんじゃないかい?」
「ううん、全然」
精神的にはちょっとクるものあったけど――赤司が微笑んだ。
「シャワーも止めようと思ったんだけどね……熱、計った方がいいんじゃない?」
「……だるくはないから大丈夫。寒気もないしね。かえって熱いくらいだよ」
「熱い?! やっぱり熱があるんじゃないのかい?! ほら、――体温計があったはず。……はい」
赤司って意外と過保護だなぁ、と思ったのはこんな時。赤司も両親に可愛がられて育ったんだろうな。――だって、赤司はこんなにいいヤツだもん。今日の夢は気のせい気のせい。
「どうしたんだい?」
「いや――何でもない」
熱は36.3℃。平熱だった。赤司はほっとしたようだった。
「マジバは急がないよね。また今度にしよう」
そうだなぁ……久々に行ってみたい気もしたけど……。
卵がゆを温めると言って、赤司はレンジを使った。オープン機能のあるヤツだ。――赤司が買ったヤツだ。
こうして、オレの平穏な日々は赤司に侵食されていくんだろうか――今更だな。だって、赤司は、オレの平穏な日々に既に組み込まれていて――オレも、もう、赤司がいなければ生活していけない。
「赤司――夢見た?」
「ん? 今日は見なかったけど……そうだなぁ。オレはあまり夢見のいい方じゃないからね」
「時々夜中に目を覚ます?」
「――何でそんなこと知ってんだい?」
赤司が気色ばむ。オレは夜目がきくんだ。
「だって、赤司、時々起きてることがあるだろ?」
「参ったな――光樹の目は誤魔化せないか……」
「オレは、赤司の目の方が誤魔化せないと思うけど……天帝の眼とか」
「あれは……まぁ、オレの財産だからね。赤司家の財産と言おうか……」
赤司が今度は一転、言いにくそうに喋る。オレはそれに応えて言った。
「バスケでは赤司の眼に苦しめられたよ。でも、それ、大事にした方がいいと思う。せっかく、もう一人の赤司からもらった才能なんだから」
「――ありがとう」
もう一人の赤司。一人称は『ボク』。もう消えてしまったと赤司は言ったけど、そう言った赤司の表情は少し寂しそうだった。――オレは、確かにおっかなかったけど、もう一人の赤司も嫌いではなかった。
「さぁ、卵がゆを食べよう。キミがちょっと元気なさそうだったからね。お腹にも優しいよ」
「お、おう。わかった。オレの方こそ――ありがとう」
オレがそう言うと、赤司はにこっと笑った。
「どういたしまして。光樹が元気ないと、オレもつまんないからさ」
――赤司征十郎……こいつは本当はすげぇピュアなヤツなんじゃないだろうか。子供の時に母を亡くして、いろいろ苦労もしたんだろうけど。
……いいお母さんだったんだろうな。あんまりそう言うこと話さないヤツだけど、いつかは話してくれるだろうか。
「音楽かけよっか」
赤司はクラシックが好きだ。バッハをかける。……バッハだよな。確か。
「これ、バッハ?」
オレが訊くと、赤司は、「ああ」と言った。
「……バッハは母も好きだった。ショパンやシューベルトも」
「へぇ……」
意外に早く話してくれた。勿論、大した話ではないけれども。
「赤司はピアノ弾けるんだよね」
「当然だ。オレに出来ないことはない」
自慢に聴こえるのに、哀愁の響きがあるのは何故だろうか。
赤司はずっと一人だったんだ。きっと、心を許せるのはもう一人の自分だけで――。
オレは言った。
「あ、あのさ、嫌でなかったらだけど――この家にはいつまででもいていいぜ。そりゃ、半分は赤司が家賃払ってんだけど――」
赤司は嬉しそうに笑った。けれど、どこか儚げで、また、
「ありがとう――」
と、言ってくれた。
オレは赤司と布団を干して――テレビの間に寝転んだ。
「気持ちいいな、光樹――」
「ん……?」
オレは声にならない声を出す。今日はいい日だ。この暖かさ――ずっとこの天気が続けばいいと思う。
「テレビつけてもいいかい?」
「いいよ……」
テレビの音を適当に聞き流し、オレは眠ってしまった――。ああ、気持ちいい……。赤司が優しく見守っててくれていたような気がした。――気のせいかな。オレはころん、と寝返りを打った。
今日は土曜日だ。マジバは明日行くことになった。
後書き
この話もpixivからの再録です。
マジバデート(笑)はまた今度。
2019.05.16
BACK/HOME