ドアを開けると赤司様がいました 109

 征十郎は言葉の通りにオレに料理を残してくれた。旨そうな匂いに腹の虫がぐ~っと鳴く。――オレは、ありがたく、残った分を頂くことにした。
「ねぇ、光樹……いつかでいいから、オレの名前を噛まずに呼んで欲しい。『征一郎』という名は、お前がつけてくれたんだから……」
 あの時は必要があって仕方なく――と思ったが、やめにした。二人も征十郎がいたらややこしいだろうな、と思ったし――何より、僕司がいつまでも名前がないままじゃ可哀想だと思ったし。
 だから、征十郎をもじって『征一郎』としたのだ。もっと呼びやすい名前が良かったかな、と、ちょっと後悔。
 征、とかでも良かったんだろうか……。
 そう考えながら、オレはゆっくりと岡さんの料理を食べる。ああ、美味しい。赤司――いや、征十郎の料理も旨いけれど、旨さの質が違う。なんせ、あっちは本職だからな――。
 征十郎のご飯を食べた時に、「こんなに美味しい料理があったなんて!」と喜んだものだけど、岡さんのはそれよりも旨い。
 けれど……どちらを毎日食べたいかと言えば、征十郎の料理の方だ。
 そう言ってやったら、征十郎は喜んでくれるだろうか。――機会があったら言ってみよう。今は、それどこじゃない。この料理をやっつけなければ。
 食後のコーヒーを征一郎が淹れてくれた。征十郎のと、味が微妙に違う。だが、どちらも美味しい。
 ――どっちが美味しいかなんて決められないよな。
「美味しいかい?」
 征一郎が首を傾げて訊く。
「とても美味しいよ」
「――うん、まぁまぁの線だ」
「……光樹と違って、征十郎は素直じゃない」
 征一郎は征十郎に文句を言い立てた。でも、なぁ……もう一人の自分がやった仕事が上手く行けば、嬉しい反面、少し悔しい思いもあるだろうなぁ……。
 オレだって……この気弱なオレだって、もう一人の自分がオレよりバスケ上手かったりしたら、やっぱり複雑だもんな……。
「そういえば……征一郎はどうして征十郎がアパートに帰ってたこと知ったの? 連絡先、いつの間に交換したんだい?」
 オレは、疑問に思っていたことを訊く。征十郎と征一郎が、目と目を合わせて、にっと笑った。
「内緒」
 うーん、二人は魂の双子みたいなもんだからなぁ……でも、教えてくれたっていいじゃねぇか。……オレには関係ないことか。征一郎がエンペラー・アイ使ったのかもしれないし。
 征一郎の武器はエンペラーアイ。これからもバンバン使っていくんだろうか。ちょっと身辺の整理をした方がいいかもしれない。無駄かもしれねぇけど。
「お代わりいるかい?」
「是非とも」
「あ、オレもオレも」
 征十郎とオレは、コーヒーのお代わりを頼んだ。征一郎がふっと嬉しそうに笑って答えた。
「はいはい。――ついでに僕の分も淹れていいね」
「勿論だよ」
 けれど、征一郎はこんな高そうなコーヒーをどこで買ったのだろう。――征十郎がその疑問に答えてくれた。
「オレ、いい豆が入って来たっていつも行ってる店の店主に言われたから買って来た。確かにこれはいい豆だ。腕がそこそこでも美味しく淹れられる」
 征十郎もどこで何しているのかわからないヤツだ。それにしても、征一郎に喧嘩売るようなこと言わなくてもいいのに――だが、征一郎はスルーした。オレは内心ほっとした。
「キャンパスライフはどうだった? 征一郎」
「ん……まずまずと言ったところだ。光樹がいないせいかもな」
「光樹がいないんじゃつまらないよね。征一郎は来年はどこ受けるんだ?」
「受けるって……大学受験かい?」
「そうだよ。他に何があるんだい」
「光樹と同じ大学を受けようかなと思っているんだが……」
「――え」
 オレはつい、蛙をひっちゃぶいたような声を上げた。
「……何だい? 光樹。僕はお前と勉強したりバスケをしたり出来る。いいことづくめじゃないか」
「そりゃ、アンタにとってはね……」
 征十郎がくすっと笑った。
「何だよ。……征十郎」
 オレはゆっくり発音した。征十郎が答えた。
「だって――征一郎が来てから、光樹はカチコチに固まってたぞ。気づかなかったのかい? 見ていて面白いくらいに……」
 そして、征十郎は思い出したみたいに、忍び笑いをした。何だか猫に似ているな、とオレは思った。
「征一郎に対して緊張したんだろう? 無理もない。出会いがあんなだと、光樹が震え上がるのも無理はない。征一郎。……新しく行く大学では少し大人しくしていてくれ。――決して剥き出しの鋏は人に向けないように」
 オレは、冗談だと知りつつ、ププッと笑った。征一郎が微笑む。
「やれやれ。僕もやっとリラックスした光樹を直に見ることが出来たな。お前は、征十郎の前では結構自分を出しているが、僕の前ではそうじゃなかっただろう?」
「そ、そんなこと、ないと、思うけど……」
「まぁ、光樹とは一緒にいた時間はお前より長かったからな。征一郎」
「……うむ」
「あ、オレ、ちょっとスマホやってくるよ。黒子達の反応が見たい」
「ああ、それだったら、もうオレ達が知らせといたよ。黒子も青峰から聞いたみたいだし」
「……何だ」
 せっかくオレの方から報告しようと思ったのに……流石は赤司征十郎。ぬかりはないようだな。
「……誠凛の方でも話題になってるかな」
「それはオレもよくは知らない」
「――カントクは知っているよ。相田リコくんね」
 ちょっと脱線するけど――女の子に『くん』をつける場合、どうして女の子を男の子と同じように呼ぶのかな、と子供の頃疑問に思ったことがある。まぁ、どうでもいいっちゃどうでもいいけど。
 でも、カントクに知ってもらえているのは何となく心強い。
「僕が言ったからね。カントクはすぐに理解を示してくれたよ。こんな、現実離れしたシチュエーションをね」
 赤司が本当に二人になったという話か。カントク――納得したんだ……。オレだったら話だけでは信じなかっただろう。懐が深いよ、カントク……。
「ところで、光樹はNBAに行きたいのかい?」
 征十郎の方が訊いた。
「ああ……」
「だったら、今の大学じゃ駄目だよ」
 もう少し前だったら、憤慨して反駁したであろう征十郎のセリフ。でも、今は――。確かに学力も必要かもしれない。NBA選手をきりきり舞いさせたナッシュだって頭は良さそうだったもんな……。
 オレの考え方も変わってき始めた。
「考えてみるよ……今は、バイトのこともあるし……」
「そうだったな。バイトで時間を削られないといいが……でも、前に比べて随分考え方が柔軟になって来たじゃないか。――征一郎のおかげかい?」
「いや……光樹はバスケが好きなんだよ。僕達よりもね」
 そう言って征一郎は首をゆっくり横に振った。
「そっかぁ……急に他の学校行ってもいいみたいなこと言うのは、NBAを目指しているからかい?」
「うん……」
 オレは征十郎に頭を撫でられた。
「本気なんだな。光樹。……バスケに対しては。――バイト先もバスケにしようと思い定めているらしいしな」
 征十郎が慈愛の目で言った。オレは、確かにビビりかもしれない。優柔不断かもしれない。けれど、バスケについては――バスケにだけは!
 大好きなバスケにだけは、嘘を吐きたくない。
 バスケの為なら、学校だって変わってやるさ!
「燃えてるな。光樹」
 征一郎がオレの肩に手を置く。吐息が近い。
「僕も、バスケには命を懸ける覚悟がある。お前もそうだと知って嬉しいよ」
「ああ――オレもだ。光樹のことも大切だが、まずバスケが大切だ」
 征十郎も続ける。俺達は円陣を組んで、おー!と叫んだ。
「んじゃ、スマホやってくる」
「オレも入っていいかな。キミ達の輪の中に」
「……もう充分入ってきているくせに」
 ……しかもぐいぐいと。征一郎は征十郎と隣り合わせでスマホを見ることにしたらしい。征一郎はもう自分の分もちゃっかり買って来たようだが。
 黒子もLINEをしていた。オレは声をかける。
『黒子ー』
『降旗君!』
『僕司とオレもいるよ。僕司の名前が決まったことは言ったっけかな。赤司征一郎。名付け親は光樹だよ』
『僕もこの名前が気に入ったよ』
 う……ただの思い付きで言った名前だったんだけどな……。そんなに喜ばれると、実は適当につけました、だなんて言いにくい。僕司だったら、征十郎の名にこだわるだろうな、と思ってたのに。
『赤司征十郎じゃなくていいんですか? 僕司くん…いや、ええと、征一郎君』
『ああ。征十郎の名前はもう一人の僕に託すことにしたよ。光樹が考えてつけてくれた名前と言うのが、嬉しいんだ。それに、何しろ僕は一番が好きだからね』
『相変わらずですね。赤司君……降旗君はどう思っているんですか?』
『うーん、ちょっと…照れるかな。黒子…お前はオレと付き合い長いからわかるだろ? 実を言うと、オレ、あんまし考えずにつけちゃったんだ。征一郎の名前のこと…』

後書き
燃えている光樹クン。
でも、NBAは甘くないと思うぞ~。
そして、LINEで黒子クンとお喋り。私はLINEやってないのですが、LINEのシーンは楽しいです♪
2020.01.27

BACK/HOME