ドアを開けると赤司様がいました 106

「それでは、行ってらっしゃいませ。父様」
「行ってらっしゃい。征臣サン」
「行って来る。征十郎、光樹君――征一郎。玄関まで見送りに来てもらえて嬉しいぞ」
 そして、征臣サンは車に乗り込んで仕事場へ向かった。
 今日もいい天気だなぁ。布団を干したらおひさまの匂いがしそうだな。だけど、異常気象でブリザードになってコチコチになったら困るな。――でも、暖かくはなって来ていると思う。
 もうすぐ、梅の香を聞く、春――。もしかしたらもう梅の花は咲いてるかもしれない。
「さてと――どっちが大学に先に行くかい? 僕司よ」
「征一郎と呼んでくれ給えよ。光樹がつけてくれた……」
「ああ、もう。言い合いはなし!」
 オレは二人にストップをかけた。
「ただの相談だよなぁ。俺司」
「ああ」
 俺司も頷く。――傍で見ているオレには相談なんだか喧嘩なんだかわかんねぇんだよ。
「僕司――いや、征一郎か……は、大学に行ってみたくないかい?」
「そうだな。キャンパスライフに未練がないと言ったら嘘になる」
 へぇー、僕司も大学に行ってみたいんだぁ。……そうかもしれないな。僕司が消えたのって、高校の頃だもんな。あの時は僕司は喜んで消えたようだけど……。
「征十郎。今、僕のこと、征一郎って……」
「うん、呼んだよ。例えかりそめの名であっても、光樹がつけた名だからね」
「う……それじゃあ、オレも征一郎と呼んだ方がいいのかなぁ……」
「そうだな。光樹。その方が僕は嬉しい」
 ――僕司が穏やかな顔をしている。僕司のこんな表情、珍しい気がする……。まぁ、僕司のことについては、俺司や僕司自身にしかわからないこともあるだろうなぁ。
 僕司を征一郎と呼ぶなら、俺司のことも征十郎と呼ばないと平等でないような気がするな。今度は俺司を征十郎と呼ぶとするか。――そうだな。よし、そうしよう。
「せいじゅ……っ!」
 やべっ、舌咬んだ!
「どうしたい? 光樹」
 俺司――いや、征十郎が心配そうにオレを見つめる。
「舌咬んだ……征十郎とよぼうとして……」
 いてて……。
「む、無理はしなくていいんだぞ」
「うん……」
「可愛いじゃないか。光樹は。――なぁ、征十郎」
「それどころじゃないだろう。征一郎……光樹。血は出てないかい?」
「……うん、出てないけど……」
 それに、普通に喋れるレベルなんだけど……。舌の傷はすぐに治るんだ。確か、漫画で読んだことがある。
「診てもらわなくて大丈夫かい?」
 心配性だなぁ。赤司、いや、征十郎は……。征一郎も眉を寄せているけれど。
「舌、舐めてあげようか?」
 オレはぶんぶんと首を横に振った。そこまでしなくていい。
「何だい。今更じゃないか。どうする? 征一郎」
「どうするったって、やっぱりここは舐めるしか……」
 征一郎が舌なめずりをする。オレは情けないことに「ひっ」と悲鳴じみた声を上げてしまった。
「征一郎。光樹は渡さないよ」
「僕だって光樹のことは譲れないさ」
 あー、もう、付き合ってらんねぇや。赤司二人を相手にしてたら遅刻してしまう。早く電車に乗らなくちゃ……。
「オレ、大学行って来ようっと」
「逃がさないよ。光樹……」
「光樹。征一郎……うちの車に乗って行き給えよ」
「気持ちはありがたいんだけど……」
 赤司家の車に乗って重役出勤。憧れだけど、これ以上赤司達に迷惑をかける訳にはいかないなぁ……。
「オレは電車の方がいい」
 何故、自家用の高級車でしゃなりしゃなりと出向くより朝のラッシュの方がいいのかわからないかもしれないが――オレにとっては慌ただしく人が吸い込まれ、吐き出されていく電車の方が落ち着くんだ。
「……それなら、早くしないとぎゅう詰めの満員電車に乗ることになるぞ」
「おお、満員電車か。懐かしいな。東京のラッシュも久々に味わってみたい。行こう。光樹。途中まで送って行くぞ。それとも、東京なら光樹の方が詳しいかな? 僕もそれなりに探索したことはあるが」
 僕司――いや、征一郎が嬉しそうに喋る。オレは答える。
「いやぁ、えっと……普段は大学とアパートを行き来しているもんだから……でも、誠凛の連中と遊んだりすることもあるよ」
 黒子達、元気にしてるかな……。後でLINEしてみよう。カントクや先輩達は元気にしてるだろうな……。後輩達や2号も……。赤司が二人になったと聞いたら、黒子はどんな反応示すかな……。それがちょっと楽しみでもある。

「久しぶりの満員電車だな……」
 征一郎はご満悦だ。
「冗談じゃないよ、全く……」
 どうして征一郎と満員電車に乗る羽目になったんだろう……。俺司は今日はのんびり家でくつろぐらしい。
「おっと」
 人がぶつかって来そうになる。征一郎はオレを体でガードした。これって壁ドン?! ――違うか。それに、いくら赤司相手でも、男に壁ドンされたってねぇ……。
 じゃあ、この胸の鼓動は何なんだ。
「気をつけるんだぞ。光樹」
「ふぁい……」
「おっと、またか……」
 その時――。オレと征一郎の唇が触れた。
「…………!」
 征一郎が耳元で囁く。――今のはラッキーだったな。オレもつい苦笑してしまう。その瞬間、オレは自分の気持ちに気付いてしまった。
 赤司が好きだ。俺司も僕司も。
 そして、この二人から想いを寄せられてるオレは、何て幸せなんだろうと思った。オレは――三国一の幸せ者だ。この想いには、答えなければなるまい。例え、腰が壊れても――。
 征一郎の金色のオッドアイが光ったように思った。
「征一郎……」
 彼が再び耳元で囁く。
「そんな声で僕の名を呼ぶな……乗り過ごしたらどうする。――いや、僕がお前に欲情してしまったら、お前はどうするつもりだい?」
「…………!」
 どっどっどっどっ。心臓が跳ね上がる。
 今ならば、まだ間に合うかな。俺司と僕司に蹂躙されてばかりの人生なんて、オレ、イヤだからね――まぁ、本当にイヤかと問われれば、ちょっと自信がないけれど――。
 ああ、参った。降参だよ。この二人の赤司には。
 何だか、ひそひそオレ達のことを取りざたされている気がする。――空耳ということもあるかもしれないが。でも、今日は本当に混んでいるから、赤司どころではないかもしれない。
「あ、ここで降りなきゃ」
「僕も行くよ。大学まで送ってあげる」
 ひぃっ! 征一郎が送ってくれるなんて――ありがたいけど、また悪目立ちしてしまうような気がするなぁ……。
「いいよ。お前にだって大学があるだろう?」
「けれど、光樹を無事に送り届けないと――」
 あ、なんかデジャヴるものが……俺司――征十郎もオレを送って行ってくれたことがあったっけ……。
 性格は違えど、同じようなところもあるってことか……。
「征一郎……キミの学校は大丈夫?」
「ああ。T大に行く道はばっちり頭に入っている」
 征一郎は軽くトントンと自分のこめかみを叩いた。
「それに、授業での遅れはないと思うぞ。――僕は全てを見ていたからね。全てに勝つ僕は全て正しい……」
 そして、征一郎はくすくすと笑った。ん? 征一郎のヤツ、またおかしくなったのか……? 昔に戻ったのか……? だとしたら止める手段なんてないぞ。
「――なんてね」
 征一郎はまたくすくすと笑った。猫みたいなヤツだな――とオレは思った。
 あの頃からオレもちょっとは余裕が出来て、多少、可愛いかな、と思うようになっていしまった。そんなオレはきっとどうしようもない甘ちゃんなんだろう。
「さぁ、来いよ。光樹」
 征一郎とオレは恋人繋ぎをする。征一郎が器用に人々の間を縫う。今度こそオレ達は本当にひそひそ声で囁かれた。
「あ、赤司……」
「何だい? 光樹。――ああ、浮かれてごめん。僕はずっと……光樹とこんな風に通学デートしてみたかったんだ……」

後書き
僕司様と降旗クンの通学デート♪
キスシーンは萩尾望都先生の『残酷な神が支配する』の1シーンを参考にしました。
2020.01.19

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