ドアを開けると赤司様がいました 105

「おはよう、光樹」
 あれ、赤司が二人……。オレはゴシゴシと目を擦った。ああ、そうか……。赤司が二人になったんだ……。赤司は二人とも、同じ笑顔をしている。けれど、どこかちょっと違う……。
 雰囲気が違うというか、何というか……。それに、僕司はオッドアイだ。
「さっさと着替え給え、光樹。朝食が待っているよ」
 あ、そうか……寝巻きを用意してくれたんだっけ。下着も……。
「ところでさ。俺司……何でオレ用の下着があったの?」
「いつか、オレの家に泊まってくれることがあるかと思ってさ。メイドもじいもそれは覚悟していたらしい。オレとキミが何をやったとしても、じい達は多分気にしないよ」
 オレが気にするんですけど……そして……。
「僕は気にするな」
 なんと、僕司がオレの味方になった。
「僕司……」
「我が家で光樹と抱き合ったりするのは僕の趣味ではないんだ。……アパートでの方がいいな」
「……ああ、僕司。お前ってヤツは……」
「お前だってあそこの狭いアパートで抱き合う方がいいんだろう? それとも、やっぱり征十郎の方がいいのかい? 僕だって征十郎なんだが」
「キミは征一郎じゃなかったのかい?」
 と、俺司。
「その名前もいいな、と思ってたけどねぇ……光樹がその名で呼んでくれないんじゃな。僕は僕司でも何でもいいけれどね。光樹が好きなように呼んでくれ」
「そ、そうか……」
 オレは何となくたじたじ。
「でも、公的な場所では征一郎と名乗ることにするよ」
「……ありがとう……」
「どういたしまして。さてと、僕は征十郎とこの部屋を後にするよ。――うっかりお前に欲情したら困るからな」
 はっはっは、と二人は笑いながら部屋を出て行った。俺司も僕司も、二人はどこまで本気でどこまで冗談かわかったもんじゃない。オレは、ぱぱぱっと手早く着替えた。
「やぁ、征十郎、征一郎、光樹君」
 食堂では征臣サンが新聞を読んでいた。征臣サンを見た時、オレは思わずほっとした。
「どうだい? もう一人のオレ。父様を見た時の光樹の顔。まるで監獄から娑婆に出られた時の顔に似てないか?」
「ああ、そうだな。後で二人でお仕置きしてやるか――」
 ぞぞぞっ。怖い話をしてんなぁ。二人とも。……征臣サンには気づかれないように、それでいて、オレには聞こえるように話しているのが質が悪い。
「光樹君は洋食と和食、どちらが好きかね?」
 征臣サンは新聞を畳みながら、のどかな話をしている。――まぁ、二人の赤司征十郎がいなければオレも、もっとリラックス出来るんだけどね……。
「オレは、どちらでも――」
「そうかい。じゃあ、二通り用意してくれたまえ」
「わかりました。旦那様」
「そ……そんな……それじゃ手間がかかり過ぎますよ……じゃ、じゃあ、和食で……」
「いや、いいんだよ。光樹君。君を満足させるのが、使用人の役目だからね」
「そうですよ。――遠慮なさらなくて結構ですよ」
 美人のメイドがにこっと笑った。可愛い……オレはつい頬が熱くなった。二人の赤司がまたひそひそやっている。
「やっぱりまだ、光樹は可愛い女の子に目がないようだな」
「お前が言うか。……けれど、今はもう、僕達以外恋愛の対象にならないようにしよう」
 あー、オレ、どうなっちゃうんだろう……。
 メイドが和食と洋食、両方持ってきた。
「はい。降旗様はお若いですから、これぐらいすぐに平らげてしまうでしょうね」
「あ、ありがとうございましゅ……」
 やべ、噛んじゃった。メイドさんがくすくす笑う。
「降旗様、可愛いですね。坊ちゃま達がお気に入りになられるのもわかります」
「そうだろう。光樹は可愛いだろう? 小動物のようで」
「はい! ついでにそう言う坊ちゃまも可愛いです」
 ……何だよ。赤司も赤くなってんじゃん。お前だって美人のメイドに可愛いって言われれば悪い気はしねぇだろ。それが男ってモンだ。それに、オレに出会う前は赤司もノンケだったらしいからな。
 ところで、前にいたメイドさんはどうしたんだろう。オレ、確かあの娘にも可愛いって言われたっけ――。懐かしいな。
「あの……前にここにいたメイドさんはどうしたんですか?」
「――誰だったかしら、ええと……」
「真紀ちゃんだったと思うわ。――そうね。あの子は辞めてしまったわね。メイドの入れ替わりは激しい方ではないけれど、最近ここを辞めたメイドは二人いたから」
 少し年嵩のメイドが言った。オレ達の話を聞いていたらしい。
「あの子は、坊ちゃまが好きだったのよね……」
 ……やっぱりそうか……。ごめんね。真紀ちゃん……だっけ? 赤司には、オレなんかよりキミのような可愛い娘の方が似合うと思うんだけど。
 オレはそっと、一度会っただけのメイドさんに心の中で囁いた。
 ――赤司家の飯は旨い。オレも好みの味だ。専属シェフ雇っているだけあるよな。オレは夢中で食べている。二人の赤司は上品に食べていた。この二人、食べ方も似ている。
 でも、こんな暮らししていたら、かえって気詰まりになりそう……オレはやっぱりあのアパートの部屋の方が好きだ。赤司はどうなのかな。
「こんな和やかな食事は久しぶりだ」
「キミは食事自体久しぶりだろう」
 僕司の言葉に俺司がツッコむ。オレはついふっと笑ってしまった。この二人のやり取りは、傍で聞いてる分には結構面白い。――漫才師になれるんじゃないか? 二人とも。『俺司僕司』とかさ――。
 オレが、赤司達が漫才師になることを仮定して、コンビ名まで想像していると――。
「どうだい? 美味しいだろう? うちのご飯は」
 僕司が訊いた。
「はい。とても美味しいです」
「食べっぷりが気持ちいいね。――光樹君。この家の養子にならないかい?」
 と、征臣サン。オレは、「え……?」と絶句してしまった。
「ああ、いやいや。気が進まないならいいんだ。けれど、私の息子達が君を気に入ってしまっているのでね――」
『私の息子達』か。もう一人の赤司のことを征臣サンはすんなり受け入れている。度量が広いのだろう。それとも――やっぱり征臣サンも変わったんだろうか……。
「うちの食事が好きなら、重箱に詰めて持っていくといい」
「ありがとうございます」
 俺司、僕司、そしてオレは声を揃えてこう答えた。征臣サンはふふ……と笑った。
「征十郎、征一郎……いつでもここに帰って来ていいんだよ。――そして、光樹君」
「ふぁい?」
 ローストビーフを口に入れながら、オレは返事をした。本当はマナー違反だよな。口の中に食べ物入れながら話すなんて。ごくんと飲み込んでから、
「済みません、食べてる最中に話してしまって……」
 と謝ってしまうオレ。征臣サンが続けた。
「君もまた、ここに遊びに来たまえ」
 うーん、でもなぁ……赤司家は気軽に遊びに行くにはちょっと立派過ぎるよなぁ……。
「光樹。そんなに固くならずに……」
「そうそう。僕達がいるじゃないか。リラックスし給えよ」
 オレは、俺司と僕司に囲まれて食事をしていたのだ。オレは、困ってしまって「あはは……」と笑った。お前らがいるからリラックス出来ないんだよ!
 それに……オレは、上流階級というものにいまいち馴染みがない。母ちゃんのように順応性があればいいんだろうけどな。――そういえば。
「征臣サン、お仕事は?」
「行くに決まっているだろう。――今朝は、光樹君や、私の息子達と共に食事をしたいと、またしても無理を言って時間を作ったんだ」
「父様は時間を作るのが上手いですよ」
「いいや。お前には敵わんよ。――征十郎」
 俺司は、尊敬する父に褒められたのが嬉しかったらしい。はにかんだ笑顔を見せた。――オレも、不覚にも可愛いと思ってしまった。そういえば、赤司もまだ成人前なんだよなぁ……。
「もう一人のオレも、時間を作るのが上手いですよ」
「どうも」
 俺司の誉め言葉を、僕司は当たり前のように受け取ったらしい。確かにこの二人、チートだもんなぁ。二人揃えば無敵のような気がする……。
「要領はオレよりいいんじゃないかと思います」
「征十郎……お前もなかなかのものだぞ。流石、もう一人の僕なだけのことはある」
 ――この会話、知らない人が聞いたら変に思うだろうな……。
「いずれ、オレ達も父様の仕事を手伝える日が来ると思いますよ」
「そうかね? けれど、仕事は片付いたと思っても、終わりがないからな。――本当に……きりがない……」
 征臣サンは溜息を吐いた。苦労してんな……。
「二人の征十郎よ……勝利ばかり押し付けて来た私をいつも鬱陶しく思っていたんじゃないのかね?」
「そんなことありません!」
 赤司達は同時に返事をした。二人とも、征臣サンが好きなのだ。きっと、父である征臣サンの期待に応える為に、赤司征十郎は二人に分かれたのだ……。

後書き
赤司様は父親思いのいい子だと思います。
『俺司僕司』の漫才はもっと見ていたい……(笑)。
2020.01.15

BACK/HOME