ドアを開けると赤司様がいました 103

「ここが光樹の実家か……間近で見たのは初めてだ」
 感無量と言った感じで僕司が呟いた。――別にそんなじろじろ見るまでもない家なんだが……。
「キミのお母さんには話しておきたいね。もう一人のオレのこと」
「う、うん……」
 俺司と母ちゃんはウマが合うようだった。僕司とは……どうなんだろう。――まぁ、いいか。オレはチャイムを押した。はい、と声がした。
「光樹の母さん? 赤司です。赤司征十郎です」
「あらあらまぁまぁ。今日は掃除もしてないのに、どうしましょう。でも、せっかく来たんだからあがってくださいな」
 そして母ちゃんはドアを開ける。実家の懐かしい匂い。いろいろな匂いが混ざっている、オレにとっては快い匂い。そういや、この頃、遊びに行ってやってあげなかったもんな。父ちゃんはともかく、母ちゃんはさぞかし寂しかっただろう。
「母ちゃん、あの……びっくりしないでね……」
 ――だが、オレの言葉は一瞬遅かったらしい。
「赤司さんが……二人……?」
「初めまして。赤司征十郎の双子の兄弟の赤司征一郎と言います」
「まぁ……初めまして。――光樹、この赤司さんの双子の兄弟は新しいお友達?」
 母ちゃんの質問にオレは、「うん、まぁ……」と答えることしか出来なかった。
 実は、オレの実家に行く道々、オレ達はこんな話をしていたのだった――。
(もう一人のオレよ。――お前の名前、どうする?)
(……征十郎でいいぞ)
(征十郎はオレの名だ。じゃあ、征十郎の名前をかけて、また1on1してもいいが)
(望むところだ!)
 ――オレは……実はまた二人の赤司の対決の続きを見たいと思っていた。でも、それどころではないこともまだわかっていた。僕司がいつまでも名無しのごんべさんじゃ可哀想だもんね。
 オレは、僕司が現れた時から考えていたことを言った。
(せ……征一郎というのはどうかな……僕司の名前……)
 俺司が何か言う前に、僕司が答えた。
(いいな! 征一郎! 光樹が僕の為に考えてくれた名前と言うのが、特にいい!)
(えへへ……)
 そんなやり取りがあって、僕司は『赤司征一郎』と言う名に決まったのだった。僕司は自分の名前が決まったのが嬉しいのか、上機嫌である。俺司は――彼はいつもの通りだったな。
「征一郎君……征十郎君と光樹も上がって」
「はい。ありがとうございます。これ、つまらない物ですが」
「あら、私の好きなお菓子だわ。ありがとう、えっと――」
「征十郎です。オレの兄弟はこっち。左目が金色だからすぐわかると思います」
「オッドアイね。かっこいいわ」
「どうも……」
 僕司――いや、征一郎は照れているようだ。うちの母ちゃんなんて、そんな大したモンでもないと思うけどな……。母ちゃんは奥の方へ引っ込んでいった。
「お前の母さん、いい人だな。光樹」
「え? ――まぁ、細かいところを気にしないところが長所かな」
「それは素晴らしい長所だ。その長所を光樹は受け継いでいるのだな」
「褒め過ぎだよ、僕司……オレなんて、母ちゃんと同じで、そんな大した存在じゃないと思うから……」
「そんなことはない!」
 俺司と僕司の目が同時に吊り上がった。
「ひっ!」
「――ああ、ごめんね。光樹。でも、自分のことを卑下するのはこのオレが許さないよ。何たってお前は――二人の赤司に愛された唯一の存在だからね」
「はい……もう二度と自分を低く見ません……」
「何しているの? 光樹。暇だったら手伝ってちょうだい」
「はい、ただいま!」
 母ちゃんに呼ばれてオレは行く。その前に、俺司と僕司が、さっきとはうってかわってにこやかな笑顔を交わすのをオレは見た。この二人って何だかんだで気が合うし、優しいよな……。
 オレが母ちゃんに使われてお茶を持って戻ると、気のせいか二人の雰囲気が更に和やかになっているのがわかった。流石自分同士。もうわかり合えたのかな。二人は同時に「光樹!」とオレの名を呼ぶ。
「光樹。このお茶はお前が淹れてくれたのかい?」
「は、はい……」
「ありがたくいただくよ」
「はぁ……」
 お菓子を盛った皿を運んで来た母ちゃんがこう言った。
「光樹……何か私に話があったんじゃないの?」
「うん。父ちゃんはまだ仕事だって言ってたよね。だから……母ちゃんから父ちゃんに話して欲しいんだけど……実はオレ、バイトがしたいんだ。バスケ関係の」
「まぁ……」
 母ちゃん、嬉しそう。
「光樹が自立の道を歩んで行ってくれて、母さん嬉しいわ。――お菓子どうぞ。赤司さん達から頂いたお菓子よ。ありがとうね。赤司さん達」
「こちらこそありがとうございます」
 ――彼らが殆ど同時に答えたので、オレはつい吹き出してしまった。母ちゃんも笑っていた。
「で、どこでバイトするの?」
「大栄ミニバスチームで。先方の意見はまだ訊いてないんだけど」
「あらまぁ。ダメじゃない」
「う……」
 後ろで僕司が笑うのがわかる。やっぱりミニバスチームの方には話を通しておくべきだったか……。
「先に母ちゃん達に話しておいた方がいいかと思って」
「いい子ですね。降旗クンは。きっとご両親が良かったのでしょう」
 ――俺司がオレのことを褒める。息子を褒められて嬉しくない親などいないと思うが、オレもちょっとこそばゆかったり。それは母ちゃんも同じらしく、困ったように「ふふ……」と笑った。
「でも、ミニバスチームの方々がOKを出せば、そこでバイトすることも考えているのね」
「うん。――実はちょっと頼まれてバイトしたことがあったんだ」
「あらそうなの。それなら、許可も出やすいかもしれないわね。私はいいと思うわよ。きっと父さんだって喜ぶと思うわ。――まだ帰って来ていないから何とも言えないけど」
「親父にも喜んでもらえたら、嬉しいなぁ……」
 その時、父ちゃんが帰って来た。父ちゃんも笑顔でオレのバイトを許してくれた。父ちゃんや母ちゃんを交えて少し談笑した後、オレ達は家を出た。
「光樹……まだ時間あるよね」
 俺司が言った。なんだろ。
「実は……オレも父さんに会いたくなった。そんなに離れていないから、構わないだろう? ――光樹も。もう一人のオレのことだって紹介したいし」
「……うん」
「それで……そのう、父さんには僕司の秘密、話してもいいだろうか……」
 今更だと思うけどね。緑間や高尾、青峰にも言ったし。でもそれは、彼らが赤司と縁があって、赤司のことをわかってくれてるから言えたこと。赤司の父ちゃんまで信じてくれるかどうか、オレは知らない。
「――じゃあ、赤司の実家に?」
「ああ……父さんはどうせ仕事だろうけど……馴染みのメイドとか、じいに会いたいからね」
 メイド……オレの中でデフォで思い出されるのは、メイド喫茶だけだよ……。一度行ったことあるけど、可愛い娘揃いで天国だった――オレがそう言うと、
「じゃあ、またオレの家に来ないか? 沢山のメイドが働いているよ」
 と、赤司がのたまったので、それはまた後日、ということで、伸ばし伸ばしにしていたのだった。赤司家には泊まったこともあるけれど。
 赤司はどういう訳か、オレを自分の家に誘いたがる。オレは赤司家は広くて人がいっぱいで迷いそうで――だから、どうしても、という時以外断って来たんだけど……。
 それに、今はもう、俺司とオレは関係を持っている。汚れたオレが――いや、赤司を汚したオレが、赤司家の敷居を跨いでいいものなのかどうか――。
 でも、もう一人の赤司をお父さんである征臣サンに紹介したいという赤司の気持ちもわかるし……。
「わ、わかったよ……でも、もう土産買う金なんかないからな……」
「大丈夫だよ。我が家には何でも揃ってる」
 赤司は胸を張って堂々と言い放つ。格好良くないこともなかった。やっぱり毒されているんだろうか……。オレは赤司を眩しく思いながら、
「はい……」
 と、答えることしか出来なかった。
「じゃ、ちょっと待ってね。家に電話をかけるから。これからオレ達が行くって――光樹」
「……赤司、今日はやめよう」
 オレは俺司の手を取った。僕司がムッとしてるのが手に取るようにわかる気が……。オレはぱっと離れた。
「あ、ごめん。僕司」
「征一郎でいい。征十郎、お前の家は僕の家でもあるんだ。光樹。今日は何がなんでもついてきてもらうよ。――僕だって実家に帰ってみたいんだ……」
 そうだよな。……僕司は消えてしまってから、しばらく家に帰っていないんだ。――赤司家の息子としては。少々気の毒かもしれない。
『もしもし? もしもし坊ちゃま?』
 あ、そうだ。ハンズフリーにしてあるんだ。赤司が言った。
「ああ、じい。オレだ。征十郎だ。今から帰る。迎えに来てくれ。場所は――」
 赤司はてきぱきとじいに指示を出す。それは、上に立つ者――指導者としての振る舞いで、実に堂々としていた。何でオレなんかに付き合って庶民の真似事をしているのか、わからないくらいに――。

後書き
パブリックな場所での僕司クンの名前、決定~!
しかし、赤司はかっこいいなぁ……。
2020.01.07

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