ドアを開けると赤司様がいました 101

「へぇ~。で、気がついたら赤司が二人に分裂してたって訳か」
「大人しく消えたと思ったのに……何で戻って来るんだ……」
 赤司が頭を抱えていた。オレはお茶を啜る。あ、このお茶美味しいな。味も香りもなかなかだ。――高かったんだろうな。赤司にもう少し倹約して欲しいと言っておかねば。
 ――と、赤司は二人いるんだった。
「何で赤司は二人に分かれることが出来たの?」
「僕が言おう。愛の力だ」
「あ、あい……?」
 オレはずるっとずっこけそうになった。実際にずっこけた訳じゃないから、お茶はこぼさずに済んだけど。それにしても、どっかで聞いたことがあるような台詞だな……。
「光樹。キミのせいだぞ」
 多少困惑したように、赤司が重ねて言った。一人称『僕』の赤司は高校時代は短髪だったはずだが、髪が伸びて、オレが今まで同居していた一人称『オレ』の赤司と見分けがつかなくなっている。
「どゆこと?」
「光樹……僕はいつでも俺司が羨ましかった……」
「俺司?」
「一人称『オレ』だから俺司だ。僕はずっと俺司が羨ましかった。光樹に触れたい。光樹を抱きたい。光樹と暮らしたい――そう思ってたら僕の意識が実体化してた」
 それってどこのファンタジー? しかも抱きたいって――。
「まぁ、こいつのことはオレが面倒見て行くことにしたけど、心配なのはこの後だ。僕司は戸籍もない状態だからね」
 ああ、一人称『僕』の赤司で僕司か……。僕司だって赤司家の人間だ。上手く立ち回れるとは思うんだけどねぇ……。
「光樹。オレの存在は迷惑かい?」
「いや、そんな訳じゃないんだけど……」
 オレは嘘を吐いた。本当は少し迷惑、いや、かなり迷惑なんだけど――。消えてしまった僕司の幸せは願っていたけれど。
 ――こんな安直な設定がまかり通るなんて思わなかったよ。神様の意地悪。でも、追い出したって僕司には行くとこないよな……。オレは言った。
「赤司……いや、俺司が面倒見てくれるならいいや」
「ありがとう、光樹」
 俺司――の方だよな――が、オレに抱き着いた。僕司がぎりりと歯噛みをしている。
「ああ。僕司? 光樹、抱いてみる?」
「い、いや、しかしここでは……」
「何考えているんだい。もう一人のオレ。ただ抱き着くだけなら許してやると言ったんだよ」
「何……? お前はどうしてそう僕に偉そうに命令する? 僕に逆らうものは――『僕』でも殺すよ」
 う、うわわわわ。この険悪な雰囲気は……!
 二人の赤司ったら……自分同士で喧嘩してどうすんの?!
「けれど……ちょうど良かったかもしれないな。オレはいろいろ忙しいと思ってた最中だったから」
「お前の代わりを僕がやれと言うことか――」
「光樹と暮らせるんだ。悪い取引じゃないだろう。な、もう一人のオレ――」
「……仕方がない」
「もしキミの存在がバレそうになったら……双子で押し通そう」
「ああ。――真太郎辺りにはいつかバレそうだがな。……テツヤにも」
 真太郎……テツヤ……そうか。僕司は人を名前呼びするんだった。俺司が名前呼びをするのはオレだけだったけど――。ちょっと、特別っぽい? 俺司にとってこのオレは――。
 いや、有頂天になるな。降旗光樹。赤司に捨てられた時に泣くぞ。――青峰だって、以前、オレが赤司に捨てられるって言ってたもんねぇ……オレと赤司じゃ釣り合わないから、別れるような予感がしたんだろうか。
 けれども、オレ達は周りが引くほど熱々だ。オレだって、赤司は嫌いじゃない。俺司も僕司もどっちも好きだ。そりゃ、僕司はちょっと怖いところがあったけど。
「光樹はお前には渡さん。征十郎」
 僕司が天帝のオーラを放つ。赤司がふっと笑った。
「やれるかい? キミに、このオレが――」
 どうしよう……やっぱりここはオレが止めた方がいいのかな……。よし。
「それ以上喧嘩するなら、オレはこの家を出て行くよ」
 そう。元凶はオレみたいだから、オレがいなくなれば丸く収まる。
「――僕から逃げようったってそうはいかないよ。光樹……」
「……いや、逃げるんじゃなくて、少々鬱陶しくなって来たから――アンタにゃ俺司がいるから寂しくないだろ?」
「お前がいなきゃ意味ないじゃないか! お前のせいだぞ光樹……初めは、お前のことなんか何とも思ってなかったんだが……今はもう、可愛く見えて仕方がない……いけないチワワだ。僕を誘惑するなんて。少しお仕置きが必要だね」
 僕司の言葉に俺司は溜息を吐いた。
「まぁ――こう言うヤツでもオレなんだ。オレが面倒見るつもりでいるが、少し光樹にも手伝ってもらいたい。……頼めるか? もう一人のオレのことを。やたらと偉そうだが、悪いヤツじゃないのは、このオレが保証する」
 そっか……赤司のことは赤司自身がよく知ってるはずだよな。でも、赤司が二人いるって、変な感じ……。
「今日の昼食は何にしようか……」
 俺司(だよな?)は、一見のほほんと構えている。
 顔は同じでも、二人の醸し出すオーラはほんの少しだが違うのだ。
 それに、僕司はオッドアイだし。
「湯豆腐がいいんじゃないかな」
 俺の言葉に、俺司と僕司は「いいね!」と同時に叫んだ。好物は一緒か。――湯豆腐って晩御飯にした方が良かったかな。
「じゃあ、豆腐買いに行ってくる」
「待て」
 ――僕司がオレの手を掴む。
「キミが可愛いからってちょっかいを出す輩がいないとも限らないだろう?」
「もう一人のオレよ――それはお前だ。……まぁ、気持ちはわかるが」
「すぐそこだから……」
「僕が買って来るよ。俺司に光樹――お前達は留守番していてくれ」
 そう言って僕司が部屋を出た。オレと俺司は顔を見合わせた。俺司がふうっと溜息を吐いた。
「悪かったね。もう一人のオレが――」
「い、いやぁ……」
「もう一人のオレも……光樹に恋をしてるんだ。わかるね? Jabberwock戦で『天帝の眼』をオレに託して消えたんだが――キミへの思慕の情はまだ残っていたらしい」
「あ、ああ……」
 赤司征十郎みたいないい男にこんなに想われて、オレは光栄かもしれない。オレが女だったら良かったのにな。
「光樹。もう一人のオレは、オレの力を使うことも出来る。――どういことかわかるね」
「……日本のバスケ界は大きく揺らぐだろうね」
「――そうだ。あいつは悪いヤツではないが、性格が少し厄介でな――でも……もう一人のオレに会えて良かった……」
 俺司、いや、赤司が、泣いてる――?
「キミのおかげだよ。光樹。キミのおかげでもう一人のオレが戻って来てくれたんだ。ありがとう、ありがとう――」
 ああ、やっぱり赤司も僕司が好きだったんだ……。
 僕司が消えた後、どうしたらいいかわからなかったけど、僕司のいなくなった穴は、僕司自身にしか埋められないよね――。
 やば、オレも涙が……。本当に、良かったよ。赤司――。僕司がいつか、無の世界に戻ることになっても、思い出は消えないだろう。出来れば、オレも僕司にはここにいて欲しい。
 オレは赤司を抱き寄せた。
「ただいま……って、何してるんだ! もう一人の僕に光樹!」
「あ、お帰りなさい。僕司」
「お帰りなさいじゃないだろう。全く、人に見えないと思っていちゃついて――悪いけど、僕はもう俺司とは違うから、『天帝の眼』もバンバン使わせてもらうぞ」
「それじゃ、オレのプライバシーは?」
「ないに等しいと思え」
 やっぱり……。今まで赤司、いや、俺司がそうしなかったのは、俺司の優しさなんだろうな。僕司も悪いヤツじゃないとは聞いているけれど――豆腐買って来てくれたし」
 俺司がにっこり笑った。
「今夜はパーティーだよ。もう一人のオレが帰ってきたお祝いだ!」

 ――湯豆腐はすっかり胃の中に納まってしまった。鰹節は湯豆腐にぴったりだと思う。海藻嫌いの二人の為、昆布は入れなかった。昆布も旨いのに。夕飯は何か他の物を考えると、赤司――俺司が言ってくれた。
「ちょっと汗をかいたから、オレはシャワー浴びるよ。僕司よ。光樹に変なことしたら許さないからな」
「わかってるよ。少なくとも、お前が上がってくるまで待ってるから。それに、お前だって光樹に抱き締められてたじゃないか。羨ましいぞ」
 そうだね。オレも少し僕司と話がしたかったんだ。
「僕司……アンタ、実体化しちゃって困ってない?」
「困ってない。光樹と再び話すことが出来たからね。――愛してるよ。光樹。……このぐらいなら、もう一人の僕も許してくれるだろう」
 僕司は、オレの頭をくしゃっと撫でた。
「僕はお前ともバスケがしたい。俺達はバスケで繋がっているから――」
 こういうところは、やっぱり赤司だよなぁ。バスケを何よりも愛しているんだ。オレと同じくらい……いや、オレよりもっとバスケを愛している。それは、俺司と僕司の共通点だ。
 二人の赤司――オレもやっぱりお前達とバスケがしたいよ……。今からでも行こうか。バスケコートに。……僕司がこう言った。
「訊きたいことがあるんだが――お前は僕ともう一人の僕、どちらが好きなんだい?」
 う……それには簡単に答えらえないよ……俺司でも僕司でも、赤司は赤司だし……でも、オレは、赤司征十郎という存在を丸ごと愛しているから――。

後書き
新たな季節の始まりです。
赤司様が二人になってどうなることやら?
2020.01.01

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