ドアを開けると赤司様がいました 100
二人で密着しながらシャワーを浴びた後、オレ達はお揃いのバスローブを着て、寝た。最高のバレンタイン・デーだった。
勿論、こんな日々が続いたら、恥ずかしくてどうかなってしまいそうだけど。
シャワーを浴びるついでにシーツの下洗いをしたら赤司から「ご褒美だ」と、額にキスをもらった。
勿論、綺麗好きな赤司は歯にも気をつけているらしい。
――朝はオレが先に起きた。赤司はまだ寝ている。綺麗な寝顔、してんな……。男なのに。それに、いつもいい匂いがする。
とても、ゆうべチョコレート・プレイを仕掛けて来た男とは思えない。青年と言うより、あどけない少年のようだった。オレは、こめかみにキスをした。――ぱちっと、赤司が目を覚ました。
「やぁ、おはよう、光樹……」
「……おはよう」
「さっき、オレのこめかみにキスしたのはキミかい?」
答えがわかっているような質問をする。――オレ以外に誰がいるんだよ。でも、オレはしらばっくれることにした。
「さてね――今朝はオレがサラダでも作るよ。パンは買ったヤツでいいね。赤司も気に入っているパン屋のパンだよ。それから、今日は海藻サラダだから」
「――海藻サラダ?」
赤司の声には険がある。
「オレは海藻自体が嫌いだが――まさか、わかめがあるんじゃないだろうな」
「当たり」
オレはごくごくさり気なく答えたつもりでいた。赤司にはわかめ嫌いを克服してもらいたいんだ。――オレが、わかめが好きだから。これはオレの我儘だと思う。でも、わかめって美味しいんだよ。
「き、キミ……! 人がイヤだと言うものを無理して食べさせないでくれないか」
「じゃあ、食べなくていいよ」
そんなに嫌いだったらさ。無理することはないよ。オレは食べるけどね。
「ああ、せっかくの光樹の手料理だと言うのに……」
「だから、無理して食べなくていいってば。また何か作り直すよ」
「うーん……でも、勿体ないな……」
「オレが全部食べてやるって」
「――この際だ。オレも海藻食べられるよう、努力するべきかな。……全てに勝つ僕は全て正しい。もう一人のオレが残した言葉だな。ふむ。これを機にわかめにも勝ってしまおう」
赤司……そこまで頑張って……海藻は嫌いなはずなのに……オレは感涙に咽ぶ思いをした。
「偉い!」
オレはガシッと赤司の肩を掴んだ。
「それでこそ天帝赤司様だよ! わかめ嫌いを克服するんだね!」
「ああ……まぁな……」
赤司が少々青褪めて見えたのは、多分オレの気のせいだろう。……本当に気のせいだったのだろうか。でも、何となく赤司が可愛く見えた。赤司にも苦手なものってあるんだぁ。
それが嬉しくて、オレはわかめを多めによそおうとしたが、最初は少ない方がいいだろうと思って減らした。
「『あーん』してくれないか? 光樹。そしたら食べられるかもしれない」
……何が悲しくてもうすぐ成人になるという男に「あーん」せねばならないのか……でも、オレ達はもう、恋人同士なんだよな。恋人同士で「あーん」は当たり前なんだろうか……。
それにオレら、もっと凄いこともやってんだし……。
赤司はもう、いつもの彼に戻っていた。赤司は微笑んだ。
「光樹……――コーンポタージュも作ってくれたんだね。いい香りだ」
「インスタントのだけどね。今朝は時間がないから」
「何でもいいよ。ああ、お腹空いたな」
赤司が食堂の空気を吸い込む。だが、赤司がこう言ったのもオレは忘れなかった。
「これでわかめがなければな……」
赤司はあっという間にパンとスープを平らげ――サラダだけが残った。赤司はサラダを見つめていた。盛り付けは、我ながら割と良く出来たと思う。
「……光樹。約束だ。オレは食べる」
「うん。でも、ほんとにいいの? 食べて、不味かったら不味いでいいからね」
「何を言う! 光樹の手料理に不味い物などない!」
そう言えば、赤司はオレの作った物にケチつけたことなかったな。焼き飯に関しては絶賛してくれたし。これは母ちゃんがオレに料理の手ほどきをしてくれたからかな。ありがとう、母ちゃん。
オレが、思わずそっと遠くに離れて暮らしている母ちゃんに向かって手を合わせていると――。
「何をしている。光樹……約束だと言っただろう。「あーん」してくれないのかい?」
そう言ってブーイングを言う赤司が子供みたいで、オレは密かに萌えてしまった。
オレはネットで萌えを知った。――萌えって、こういう状態のことを言うんだろうな……。赤司はオレがネットをするのをあまり好まない。勉強で使うのはいいが、あまり変なサイトとかに触れさせたくはないようなのだ。
――スマホのLINEとかで黒子達とわいわいやってる分にはいいみたいだけど。というか、赤司だってLINEを使う機会は多い。
でも、スマホも小さなパソコンだからな。「キミがネットスラングを覚えてしまうのは仕様がない」と常日頃言っている。灰崎の存在もあるしな。――閑話休題。
成人男子に「あーん」するのはちょっと気恥ずかしいけれど、これで赤司のわかめ嫌いが治れば!
「はい、あーん」
赤司の顔が苦行を耐えている人間のようなものになった。笑ってはいけない。笑ってはいけないんだけど……。オレは思わず吹き出しそうになった。
「ほら、このニチャニチャした感触がイヤなんだよ。――光樹が作った和風ドレッシングは美味しいけどね」
「あ、わかる? 手作りなの。作り方、ぐぐってもみたよ」
――おかげでスープは手抜きになっちゃったけど。何とか赤司にわかめを食べさせたくて、サラダは頑張っちゃったんだ。どうしても、と言うんなら、オレが代わりに平らげるつもりだったけど。
「食材は……冷蔵庫にいっぱいあったから」
……全部赤司が買って来たヤツだ。二人暮らしなんだからそんなにいらないと言うのに、赤司はいっぱい買い物をする。それで、味が落ちて悪くなってしまったら、「ごめんね……」と心の中で呟いて捨てるのがオレの役目だ。
「何でわかめなんて買ったんんだい……」
「オレ、わかめと豆腐の味噌汁好きなんだよ……一人で食べる分にはいいかな、と思って。でも、一人だけ違う味噌汁ってのも味気ないと思ってたけど」
「わかった。全てに勝つオレは全て正しい……だから、わかめにも勝ってやるよ」
赤司が再び口を開けたので、わかめを運んでやる。
「美味しい?」
「ん、まぁ……慣れた分だけ、抵抗はなくなった、かな?」
オレと同じだ。オレ、あんなにアナルセックスに抵抗があったのに……。食わず嫌いと言うのもあったのかもしれない。赤司の場合は、わかめのことをちゃんと食べてから嫌っているのだが。
――朝食を盛った食器が空になった。オレ達は、「ご馳走様」と手を合わせる。
洗濯物――洋服などを洗濯機に入れて、シーツも洗おうとしたところ、赤司に止められた。
「光樹。あまりシーツを洗わせると、洗濯機が機嫌を損ねてしまうかもよ。コインランドリーで洗おう。一度、コインランドリーに行ってみたかったんだ」
――なるほど。
「それに、今日はいつもより早めに帰って来る予定だし、ね?」
赤司が首を傾ける。何だか、赤司が可愛く見える。ベッドでは容赦しない男なのにね。体を重ねたことは一度しかない訳だが。
「じゃ、頼んだ」
オレと赤司は同時に家を出た。
いやー、遅くなっちゃった。すっかり暗くなってしまって。バスケに興が乗り過ぎたかな。我が家に着くと、赤司が台所で焼肉を焼いていた。肉の焼ける良い匂いがする。
「へぇー、えらく庶民的なメニューじゃん」
「今更だろう? それに、光樹が好きだって言ってたから。オレも焼肉は嫌いじゃない」
「コインランドリーの次は焼肉屋にでも繰り出す?」
「いいね! コインランドリーで思い出したけど、あそこで久々に実渕玲央に会ったよ。この近くに住んでるんだって。灯台下暮らしだね」
実渕サンか……彼(彼女?)の女子力は半端なかったな……。それでいて、女々しくもない。オレは嫌いじゃない。どうやら赤司もそう思っているらしく、
「いつか実渕サンも呼べるといいね」
と、肉を盛りつけながら話していた。
「光樹。柔軟剤、買って来ておいたよ。ダメじゃないか。忘れちゃ。オレもうっかり紛れてしまうことがあるから気をつけないといけないんだけどね」
――オレ、赤司も女子力……というか、主婦力が身に付いたと思う。
ふぅ……いいお天気。まだ二月なのにもうこんなに暖かい。こんな陽気が地球温暖化のおかげなら、少しも嬉しくはないんだけど。でも、空気の匂いもどこか暖かいから――。
オレは、階段を昇ってドアを開ける。
「やぁ、光樹」
「久しぶりだな。光樹」
――ドアを開けると赤司様が二人いました。オレは一旦、パタンとドアを閉めた。
えええええええ?! 何で赤司が二人いるの?!
わかった! これは誰かのいたずらだ。青峰か黒子辺りの。――だけど、青峰にこんないたずら考えつく頭があるとは思えない(青峰ゴメン)。と言うことは、黒子辺りか――?
いや、黒子は実はくそ真面目なんでこんないたずらしそうにない。ということは――オレの気のせいだな。うん。
オレはもう一度扉を開けた。二人の赤司がうれしそうに、にこっと笑った。そして、同時にこう言った。
「お帰り。光樹」
うわああああああ! 何で?! どうして?! 赤司が二人に? 一人でも持て余していると言うのに……て、赤司が聞いたら怒るかな。
パニクっているオレを見て、赤司は困ったようにもう一人の赤司を見た。
「取り敢えず、説明しておいた方が良さそうだね。もう一人のオレ。オレも最初見た時は吃驚したものなぁ……。――光樹。ここはキミの家なんだからさっさと入ってよ。今、お茶淹れるからね」
――オレは、二人の赤司に引っ張られて行った。
後書き
記念すべき『ドア赤』百話目です。
赤司様が二人になりました。降旗クンにとっては新しい展開の始まり?
2019.12.30
BACK/HOME