ドアを開けると赤司様がいました 10

 いつも、あの人を見ていた――。
『それでは、今日の立役者、赤司征十郎さんにインタビューしましょう――』
 あの人がどうして、今、ここにいるのか――。
『そうですね――』
 あの人は遠い世界の人じゃなかったのか? それなのに――。
「やぁ、光樹。テレビなんて観てるのかい? オレのこと? ここに実物がいるじゃないか――」
 赤司は笑いながらテレビのスイッチを押す。
「今、カントクを観ようと思ってたんだけど。後、日向サン――」
「あれま、ごめんよ」
 赤司がネクタイを外している。
 今のは嘘だよ――。そんな風に言えたらどんなに楽だろう。
 今のこの生活は、赤司征十郎の気紛れで成り立っている。毎日がとても楽しい。赤司はオレの知らないことを知っていて、オレの知っていることを知らない。それが面白くて、目まぐるしくて――。
 ――赤司は何でオレと暮らすことにしたんだろう。オレといたって、赤司にとってはきっと退屈なだけだと思うのに。
 でも、オレは何とか赤司に喜んでもらえるよう、数品のおかずの作り方を覚えた。今日はセロリと塩豚のラーメンだ。エプロンをつけると、この家の主夫になったような気がする。赤司もそうなんだろうか。
 赤司に好き嫌いはない。湯豆腐が好きだって言ってたけど――あ、わかめは嫌いらしい。何でだろう。わかめは旨いのに。後、紅生姜も嫌いらしい。のけて食べているから。
 お馴染みの匂いがした。赤司の匂いだ。爽やかな洗いたての香り。
「手伝うかい?」
「えっ?! いっ、いっ、いや、いいよ! いつも赤司にばっかり任せてたから今日はオレが――」
「セロリと豚肉――何に使うんだい?」
「ラーメンに入れようと思って」
「それはいい」
「あの、この間テレビで作り方やってたから――」
「――光樹は器用で覚えが早くて助かるよ」
「そ、そんな、オレなんか何も――」
「今日はキミに任せていいかな。キミの手料理をじっくり味わいたい」
「は、それはもう――」
「光樹。いい加減オレに慣れてくれないかな。――これまで、少しは距離が縮まったと思ったのに……」
 ああ、今までは無我夢中だったから――。
「ねぇ、赤司。何でこの家にいるの? いや、出て行ってくれって言ってる訳じゃないんだけど、赤司だったら置いてくれるマンションのひとつやふたつ――」
「そうだね、あるね」
「それに、赤司と一緒に住みたがる女の人だってきっと――」
「そうだねぇ、いるね――」
 堂々と宣言しやがって!
 でも、赤司はどことなく上の空みたいだった。
「じゃあ、そっちへ行けば?」
「――そんな気がないのはキミがよく知っているくせに。出ようと思えばいつでも出られるんだけどね、オレは」
「赤司、アンタって変り者だね……」
「光樹ほどではないよ」
「じゃあ何で出て行かない?! アンタには賛美者も信者も大勢いるじゃないか!」
「――信者が大勢いるからとて、寂しくないとは限らないよ。キミもわかってると思ってたのに。……やっぱりキミもオレの信者のひとりだったのかい?」
「ああ、そうだよ! だから、アンタがここにいるのが違和感バリバリで仕様がないよ」
「うわははは」
「何故笑う!」
「オレはキミに感謝してるんだよ。一年のWCで会った時から――。キミには何かを感じていた。けれど、やはりキミも今までのオレの信者と同じかとがっかりしてたところだ。キミはオレに普通に接してくれた。オレがキミに逆らえないのはそういうところだよ」
「赤司が逆らえないって?! オレに?! オレはいたって普通だよ」
「キミは普通、普通って言うが、普通って何だい?」
「それは――」
「オレだって普通だよ」
「そんな、赤司まで自分のことを普通と言うなんて――」
「普通だよ。誰が何と言おうと――キセキのメンバーには少しはわかっていたようだがね。青峰も……オレは今だったらあいつの気持ちがわかる気がする」
「何でそこに青峰が出てくんの?」
「それから、黒子――彼は変わり者だね」
「赤司に変り者と言われちゃおしまいのような気がするけど――でも、アンタと黒子は似ている気がする」
「キミはいい勘をしているね。光樹――」
 お湯が沸いて来た。
「赤司。オレ、料理したいんだけど――」
「ああ、そうだね。楽しみにしている。セロリは嫌いじゃない。それから、光樹。オマエの料理もね――」
「……今度わかめと豆腐の味噌汁に挑戦しないか?」
「しない」
 あっさり答えて、赤司が席に着く。オレが長らく赤司を目標にしていたことを、赤司は知っているんだろうか。
 赤司みたいにはなれなくても、少しは近づきたくて――。
 オレは、大勢の人の前に立つのが苦手だった。今だってそんなに好きじゃないけど。でも、昔、そう言う場に出ることになった時、カントクが言っていた。
「自信持ちなさい、降旗クン。あなたは弱そうに見えるけど、決して弱くはないわ」
 どうしてオレの密かなコンプレックスをカントクが見抜いたのかは謎だ。だけど、その時、役目を果たし終えたのはカントクのその言葉のおかげだった。
 ――ラーメンが出来た。勿論、自動的に出来た訳ではない。オレだって手を動かしている。
「美味しいな。このラーメン」
「どうも……」
「今日のキミはどうも変だね。いつもだともっと軽口を叩いているじゃないか」
「――赤司、オレ、本当にアンタを尊敬してたんだぜ」
「知ってる。けれど、キミにわからないこともあるだろう」
 ――何だろう。赤司のわからないことって。それは、赤司にも知らなかったことは確かに存在している。けど、それはオレなんか想像もつかない程大きくて、誰にもわかってもらえなくて――。
 オレは今、何を考えたんだ? 目の前の赤司が可哀想、だなんて――。
 その赤司はふう、ふうとラーメンに息を吹きかけながら啜っている。
「食べないのかい?」
「ああ。……だけど、赤司がラーメン食べる姿なんてそぐわないなぁと思って」
「美味しいよ。この間緑間が高尾の自慢してたけど、オレも自慢し返してみるかな。緑間と高尾クンも一緒に住んでるんだったよね」
「この間聞いたよ。オレと赤司が一緒に暮らし始めたのと同じタイミングだなぁ、と思って感心していた覚えがあるから」
「そう。――まぁ、ちょっと羨ましくなってね。高校卒業して大学行き始めたら一緒に暮らすんだと緑間が惚気てて……オレも赤の他人と暮らすというものはどんなものかと知りたくてね――キミの家を選んだのはそれだけじゃないんだけど」
「緑間って惚気るの?」
「あれ? 知らなかったのかい? 緑間は高尾クンに夢中だよ。高尾クンもそうかもしれないけど。あの二人、将来は結婚するんじゃないかってオレは思ってるけど」
「へぇぇ……」
 あの気難しそうな緑間がねぇ……そういえば高尾のことは頼りにしていた気がする。まぁ、高尾はオレと同じフツメンでも、ハイスペックでコミュ力抜群だもんな。
「緑間の世話をしてくれてご苦労様って思わないこともないけど、高尾クンはあれが生きがいみたいなところもあるからねぇ……」
 オレはこくこくと頷いた。確かにおは朝と緑間の無茶ぶりに付き合うなんて、生きがい感じていなければやっていけないだろう。
 彼らはチャリアカーという、変な乗り物で公道を走っていた。それが高校の時だから、今はどうなっているのかな。やっぱり高尾は緑間をチャリアカーでご送迎しているんだろうか。それともやっぱり免許でも取っているんだろうか。
 そりゃ、オレも免許取得に向けて目下練習中だけど――。
「ご馳走様。洗ってくるよ」
「いいよ。まとめて洗うから――そこ置いといて」
 この会話だけ聞いていたら、ただの家族の会話に思えるだろう。でも、赤司は彼自身も言っていたように赤の他人――というか、オレなんかが家族になれるような人では、本当はなくて……。
「光樹と結婚する人は幸せだね。キミはいい旦那になれるよ」
 結婚ねぇ……考えたことなかったけど。――赤司が立ち上がる。
「この頃ね……緑間の気持ちがわかって来た気がするんだ」
「変人の気持ちが?」
 赤司が吹き出した。
「変人は酷い」
「何で? 変じゃないか。――高校の頃からずっと変だったぜ。チャリアカーに乗って現れることもあったし、おは朝狂だし――」
「確かにオレも緑間に関してはただの変人じゃないかとずっと疑っているけれどね。そうじゃなくて、愛する家族と一緒にいるという気持ちさ」
 ――オレにはちっともわからない。でも、最近、赤司がいるのが当たり前になっちゃっているからな。今日は改めてこの男と一緒にいる不自然さも味わった訳だけど。
 赤司の傍にいると落ち着くっちゃあ落ち着くんだけど……それは赤司が気を使ってくれてるからで、彼はオレなんか手の届かない遠い世界の住人なんだよな。きっと。
 だって、赤司の普通って、ちっとも普通じゃないもんな……。

後書き
赤司様を尊敬していた降旗。そんな、尊敬している人物と暮らすのは確かに違和感あるでしょうね。
ちょっと緑高緑要素も入れてみました(笑)。
2019.05.14

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