コーヒーブレイク ジャスティスタワーのうららかな昼下がり――。僕達ヒーローはてんでにトレーニングルームへ集まって来ていた。まだ来ない人もあったが。 この部屋では皆が汗を流しているというのに、木のかぐわしい温もり、には変わりがない。 「あらまぁ、可愛い」 ファイアーエンブレム――いや、ネイサンは、本当に食べたそうに実感を込めて言った。 「ハンサム―。アンタも見るー?」 「いや、いいですよ」 「だろー? うちの楓は可愛いだろー?」 虎徹さんがやに下がる。 「楓ちゃんか……」 確か僕のファンだって言う。いい子だね。僕もネイサンの傍から写真を覗いた。今より少し幼い楓ちゃんの笑顔が映っていた。 「ねぇー。この子本当にタイガ―の子ー? アンタの遺伝子どこにあるのさ」 「うるせいやー」 ネイサンは、可愛ければ男も女もみんな大好きだ。虎徹さんも笑っている。 「でもさー、楓、今バニ―ちゃんに夢中なんだよなー」 「その娘、ハンサムのファンなの? 見る目なーい」 ブルーローズはいつも口が悪い。でも、優しいところもあるので、虎徹さんがいなかったら、僕は彼女を好きになっていたかもしれなかった。……今は、虎徹さんを挟んでライバル関係にあるけれど。 「え? じゃあ、おまえは見る目あるのか?」 「あ、当たり前でしょ!」 虎徹さんの言葉に、ブルーローズは鼻をそびやかす。その様子は何だか微笑ましい。 「何よ、ハンサム」 僕の視線に気づいたらしいブルーローズが睨めつけてきた。 「いや、別に……」 「あーっ! バニーちゃん、もしかしてうちの楓に惚れた?」 「そんな訳ないでしょう」 「でも、楓がいくらバニ―ちゃんのファンでも、やらないもんねー。楓はパパのだもんねー」 「楓ちゃんていくつでしたっけ?」 「十歳だけど?」 「じゃあ、もう何年かすれば、結婚してもいい年ですよね」 「そうだけど……あー?! やっぱりおまえうちの楓狙ってるな?!」 「そういうわけではありませんが……」 「楓ー、お嫁に行ったらパパ寂しいよー」 「ま、今のうちに別れを惜しんでおくことね」 ブルーローズがずばっと言う。 「それに、成長しても楓ちゃんがハンサムを好きなままとは限らないんだから」 今の台詞に含みがあるのを感じて、僕は体勢を立て直した。 「どういう意味ですか? ――ローズ」 「だってさぁ……アンタ今はハンサムかもしれないけれど、この先どうなるかわからないわよー」 ブルーローズの鼻がぴくぴく動く。 「楓ちゃんが成長する頃には、アンタいいおっさんじゃない」 「そうですね」 「何も感じないわけー? 出腹でさ、過去の栄光にすがって、『おじさんも若い頃はねぇ……』なんてぐちるおっさんになるかもしれないってことに」 「夢も希望もないこと言わないでくださいよ。それに――」 僕はブルーローズから虎徹さんの方に目を遣った。 「僕は貴方の意中の人みたいに格好いいおじさんになる予定ですから」 「カッコイイ……あれがねぇ……」 虎徹さんは相変わらずでれでれとネイサンと楓ちゃんについて話題を交わしている。 「……今の発言は撤回します」 でも、格好いいところもちゃんとあるんですよ。 それを知っているからこそ、貴方もあの人に惚れたんでしょう。ねぇ、ブルーローズ。 「あー、なになに? 何見てんのー? ぼくにも見せてー」 ドラゴンキッドがやってきた。一人称は『ぼく』だが、一応女の子だ。 ……一応って言っては失礼か。紫苑の花飾りをつけて、めっきり可愛らしくなってきたのに。 「ああ、いいぞ」 「わぁ、誰、この子。タイガ―にちょっと似てるー」 「ちょっとじゃないだろー。おじさんの娘だよ」 「ふぅん。話合いそうかな」 「どうだろなぁ……。でも、おまえも楓も可愛いよ。おじさんには」 「えへへ……」 虎徹さんがドラゴンキッドの頭を撫でる。ドラゴンキッドは嬉しそうだ。 あんなところにもライバルがいたか……。ドラゴンキッドに他意はないのはわかっている。きっと、キッドにしてみれば、虎徹さんは優しい素敵なおじさんだろう。それ以上でもそれ以下でもありはしない。 だけど――僕はブルーローズと視線を交わして、そのまま互いに違う方を向いてしまった。 「おー、これがジャパニーズガールですか?」 折紙先輩が顔を赤くしながら感心していた。 「折紙。おまえ、楓が好きならもらってやってくれよ」 ぬっ。僕にはやらないって言ったくせに! 「可愛いね。この子、僕のことなんか好きになってくれるでしょうか」 「ああ。折紙とだったらいい恋人になれるんじゃないの?」 「まぁ、折紙先輩とだったらお似合いですね」 楓ちゃんの嫁ぎ先が決まった(?)ところで、僕達は拍手をしてあげた。 ここは一先ず退きますか。僕が好きなのは虎徹さんなのだから。本人は何も知らないけど。 ブルーローズもそうだ。二人の間に何があったかしらないが、彼女も虎徹さんに夢中だ。 虎徹さんは何故か人を惹きつけてしまう。彼は太陽のような男だ。 酸いも甘いも噛み分けているからかもしれない。ほんの少し哀愁が漂うところも、僕の好みだ。彼はレジェンドなんかよりずっと格好いいと思う。彼にそんなことは言ったことがないが。 「やぁ、みんな」 スカイハイさんがやって来た。 「遅いじゃなーい。スカイハイ」 「ん? ロックバイソンくんはどうしたのかな?」 「まだ来てないのよー、早く来て欲しいのにー」 ネイサンはしなを作った。 「ははは。ネイサンくんはロックバイソンくんが好きだからな」 「ん。そうよー。あの男らしい腕に抱かれてみたいわぁ」 「それよりもさ、バーナビーくん」 「はい、何でしょう」 「今夜、つき合ってくれないか? なぁに、近くのバーへさ」 「あら。スカイハイったら、ハンサムがお目当て?」 「違う違う。彼と話がしたくてさ」 スカイハイと一緒に来たのは、『ゴールデンレトリBAR』という変わった名前の酒場だった。僕としては是非鏑木商店の方へ行ってみたいと思うのであるが――。 焦げ茶を基調にした、瀟洒な感じの店だった。熱帯魚を飼っているのは、店主の趣味だろう。 「バーナビーくん、君、ワイルドくんが好きだろう」 世間話の後、いきなりそう訊かれて、僕は危うくせっかくのマルティニを吹いてしまうところだった。ワイルドくんとは、ワイルドタイガ―……つまり、虎徹さんのヒーロー名である。 「うん。やっぱりそうか。僕も恋をしたことがあってね……まぁ、ふられちゃったけど」 「それと、僕とどう関係があるのです?」 「君もブルーローズも恋する者の目をしていたからさ。君のワイルドくんを見る目には……そうだなぁ……情熱があったよ!」 情熱……ねぇ。当の虎徹さんでさえ勘づいていないのにスカイハイも見抜いたのだ。さすがといおうか、僕がわかりやすいのか……。 「でも、僕の片思いですよ」 「わかってる。ワイルドくんはモテるからねぇ。ブルーローズも彼が好きみたいだし。僕は二人に言いたい。がんばれ、そしてがんばれ」 そう言って、スカイハイはちらっと時計を見た。 「……ああ、時間だ。それでは。今から夜のパトロールに出かけなくてはならない。勘定は僕が払うから安心してくれたまえ」 そう言って、スカイハイは颯爽と出て行ってしまった。 あれだけ爽やかな青年も珍しい。性格が良くて見た目も良くて。 彼を振った人って、どんな女の子だったのだろう――いや、女とは限らないかもしれないが。 恋する者の情熱。それは確かに僕には初めて持てたものかもしれなかった。昔とは景色が一変して見える。そんな魔法を虎徹さんはかけてくれたのかもしれなかった。 後書き 牛さんを出せなかったのが心残りです。 2011.11.28 |