一夜の契り

 木吉鉄平がぶらぶら歩いていると、大柄な男が近付いてくるのが見えた。紫色の長めの髪――紫原敦だ。お菓子をばりぼり頬張っている。
「よっ」
「……アンタか」
 紫原は木吉を覚えていた。
「なんだ。今度は覚えていてくれたんだな」
「木吉……」
「まだ秋田に帰ってなかったのか」
「……せっかく東京来たから。やっていきたいこともあったしね。雅子ちんには話通してある」
「そっか。――またバスケしような」
「ふん」
 木吉が差し出した手を紫原敦はぱしんと引っぱたいた。
「嫌いだよ……バスケも……お前も」
「でも、ずっと続けてきたんだろ?」
「…………」
「紫原。オレにはお前がバスケ嫌いには見えなかったけどな。だって、ほんとに嫌いだったらとっくに辞めてるだろ?」
 どうだい?と、木吉は頭を傾ける。
「……アンタ、室ちんと同じようなこと言うんだね」
「へぇ、氷室君と。光栄だな」
「室ちんには君づけするんだ。どうしてオレは呼び捨てなの?」
「んー。何となく? 後――」
 木吉はへらりと笑った。
「お前はオレのライバルだからかなぁ」
「ふん……」
 紫原はまだお菓子を食べ続けている。
「あ、それ、新しい味のヤツじゃん。ひとつくれないか?」
「やだ。このお菓子は全部オレの」
「そう言わないでさぁ……」
「はぁ、ウザ……」
 紫原は長い溜息を吐いた。
「んじゃ、一つだけ……」
「ほんと? ラッキー……」
 その時、紫原は木吉の唇にキスを落とした。
「うん。悪くない味」
「紫原君……? オレはお菓子じゃないんだけどなー……」
「そんなの知ってるしぃ、もっと美味しいお菓子たくさん知ってるしぃ。てか、今更君づけ、キモイ」
「なら……」
「オレ、ちょっとアンタをつまみ食いしたい気分なんだよねぇ」
 そして、今度はもっと深いキス。
「はぁ……」
 長いキスが終わると、木吉の唇から艶やかな声が漏れた。紫原が言った。
「――ホテルない?」

「あ……う……!」
 ベッドがギシギシと鳴る。正直こんな展開になるとは、木吉にも思ってもみなかった。
 でも、嫌じゃない自分がいる。
(てか、コイツこっちの方も意外と上手いんじゃないか?)
 ずっとバスケ好きでバスケ漬けだった木吉は好きな人も一応いたが、誰かとベッドインしたのは初めてであった。それも、紫原と――。
 でも、知識としては知っている。男同士の情交も。
「あ……そこは……」
「ん? ここダメ?」
「そうじゃなくて、何て言うか、変な気持ちになると言うか……」
 快感の解説をすると言うのも変な話だ。
「アンタのココ、意外とイイ感じ……」
「なぁ、紫原。つかぬこと訊くけど……初めてか?」
「当たり前じゃん。オレは室ちんと違うの」
「ははっ、そうだな……氷室か……アイツモテそうだもんな」
 紫原はちょっとムッとした。そして腰を大きくグラインドさせる。
「アンタがオレを呼び捨てにしたこと……なしにしてやっても……いいよ……」
 汗の下からくぐもった声が響く。
「え……?」
 木吉はそれどころではない。快楽の波に飲み込まれそうだ。
(まさか、オレが男に抱かれるなんてな――)
 木吉が意外さに驚きながら、それでも尚且つ紫原のリードについていっていると――。
「名前、呼んで」
「え? む、紫原――」
「そうでなくて!」
 紫原は苛立たしげに叩きつけた。
「下の名前で――呼んで。室ちんみたいに」
 なんだこいつ。氷室が本命なのか?
 木吉が目を瞠った。
(まぁ、ちょっと……妬けるけどな)
「いいぜ。アツシ」
「もっと」
「あ……あ……つし……」
「アンタの声、超イイ感じ」
 紫原の質量が増す。いいところに当たる度、木吉も喘ぎ声を上げる。自分が上げるとは思わなかった声だ。
「あ……あつし……もっと……」
「いいよ。室ちん」
 そう呼び間違えて、紫原の動きが止まった。
 二人の体をお互いの汗が伝っている。
「ははーん。これがベッドで相手の名前を呼び間違えるというヤツか」
「……アンタ、やっぱりやなヤツだね」
「自覚してるよ」
「許さないッ!」
 紫原は木吉の体からぎりぎりまで退いては貫き、退いては貫いた。
「お前みたいなヤツに負けるなんて――許さないッ!」
「ああ……」
「オレは、オレが、許せないッ!」
「紫原――」
 木吉が後出しの権利を発揮する大きな手で紫原の頬を撫でた。
「お前、イイヤツだな――」
 ふーっ、ふーっ、と言いながら紫原が再び動きを止めた。
「オレは、イイヤツなんかじゃない。アンタを抱いたのだって……むしゃくしゃしてたから」
「……で、落ち着いたか?」
 紫原はぶんぶんと首を横に振った。長めの髪が紫原の頬を叩く。
「わかんない! こんな気持ちイイのと湧き上がる怒りが同時に来たのは初めてだから!」
「オレは――お前のことを考える度にそう思っていたよ。だから、バスケを捨てられなかった」
 そう言って、木吉は手を伸ばして紫原の頭を撫でた。そして優しく微笑んでやる。
「バスケ、やめんなよ、アツシ」
「う……うおおおおおおおおお!」
 紫原は咆哮し、木吉の体をもみくちゃにした。そして、上り詰めた瞬間――うっ、と呻いて果てた。続いて木吉も。

「なぁ、アンタ――」
 紫原が汗みずくの体をタオルで拭う。
「何?」
「怒んないの?」
「どうして? オレには怒る理由はないよ」
 気持ち良かったしね――そう木吉は言う。
「アンタ――犯されたのに」
「オレは、バスケしてるみたいで楽しかったよ」
「こんなのバスケじゃない」
「バスケに必要な駆け引きもあったじゃないか。オレはそれが好きなんだ」
「ふぅん……」
 紫原には不可解に思ったようだった。木吉にもそれはわかっている。普通の人間には木吉の思考回路はわからない。紫原も普通の人間ではなかったが。
 ――服を着た紫原は木吉の頭にタオルを投げた。
「オレ、もう行くわ」
「そか……オレは一眠りしていくよ。――なぁ、紫原ぁ。膝、大丈夫か」
「……よく言うよ」
「――怪我は、怖いぞ」
「わかってる。つか、怪我したわけじゃないしぃ。一晩寝たら治ったよ」
「そうか。なら、いい」
 紫原は、木吉のいる誠凛高校との対決で膝に多大な負荷をかけていたのだった。その為、後少し、というところで跳べなかったのだ。
 ――木吉には、紫原の笑った顔が見えた気がした。
 木吉はベッドに寝転がる。パタン、と扉の閉じる音が聞こえた。
 雄の匂いが充満しているホテルの部屋。翌日やってくるボーイ(とも限らんが)はさぞかし眉を顰めることだろう。
 紫原が出て行った後、木吉は、
「やっぱ……受ける方はしんどいわ」
 と、独り言ちてそのままスプリングのきいたベッドの上で眠ってしまった。

後書き
紫原×木吉です。
ワンナイトラブです。紫原×木吉は一夜の関係っぽい……杏里さんの一言がヒントになりました。ありがとう、杏里さん。
どちらも本命いるから後腐れないですよね。
えりょもがんばって書きました。でも、私の書くえりょはワンパターンです(笑)。
木吉の誕生日は明日ですが、明日は緑高の日なので……。
一日早いですがお誕生日おめでとう、木吉。誕生祝いがこれというのもあれなんですが。
2014.6.9


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