フランシスと子アルとちびりすと

 暖炉の炎がパチ、パチ、とはぜていた。
 その部屋で、今――
 フランシスとアーサーとアルフレッドが談笑している。
 はっきり言って有り得ない光景だ。
 アルフレッドは、アーサーの座っているソファの隣に陣取り、その肘かけにもたれていた。
「なんだ。アル。こっちに来いよ。そこだと疲れるだろ?」
「ここがいいんだよ。アーサー」
 アルフレッドが、いつになく穏やかに答える。
 これは、世界平和の為の第一歩か……?
 その時、フランシスが言った。
「あー。アーサーってやつぁ、昔から口が悪くてね。最初の言葉が『バーカ』だったよ」
「アーサーらしいや」
 アルフレッドがくすくす笑う。
「でさぁ、こいつが昔からやたらやんちゃでねぇ……」
「昔の話だろ」
「で? アルフレッド坊っちゃんはどうだったの?」
 フランシスがアーサーに訊く。
「それはそれはいい子だったぞ」
 アーサーは何故か自慢げに言った。親バカ全開といったところか。
「それが今はこうかい」
「そうなんだよ」
「ま、お互い子育てには失敗したということで」
「子育てって、何のことだ?」
「俺もおまえの育て方に失敗したってこと。お兄さんは、子供の頃からおまえさんのこと、知ってるからな」
「兄貴風吹かすんじゃねぇよ。バーカ」
 アーサーが悪態をついた。
「ほら。そんなところがさ。紳士気取ってても地が出ちゃうんだよ」
「おおきにお世話様だよ。髭野郎」
 始めは面白く聞いていたアルフレッドも、だんだん不愉快になってきた。
(フランシスは、俺の知らないアーサーを知っている)
 子供の頃のアーサーは、さぞ可愛かったであろう。今の容貌を見れば、想像がつく。
 太過ぎる眉を除けば――いや、眉毛があっても、アーサーは整った顔立ちをしている。
 可愛い――と時々思うのは、惚れた欲目ばかりでもないだろう。
 その頃のアーサーを、フランシスは知っているのだ。
(アーサーだって、俺の子供の頃を知っている……俺は、アーサーに育ててもらったけど、アーサーの子供の頃は何にも知らないんだぞ……)
 そう思うと、情けなくなってきた。
「――だろ? アル」
 アーサーが何を言っていたのか、全然聞いていなかった。
「え? 何?」
「おまえだって、小さい頃は素直だったよな。子育て失敗したってわけじゃないよな?」
 子育てだと?
 アーサーにとって、俺は子供と同じだと言いたいのか?
 それに、アーサーには、幼い頃のことには触れられたくないというのに!
「どうせ俺は、君にとってはいつまでも子供のままだよ!」
 アルフレッドは立ちあがって、右足でどんと床を踏みしめた。
「あっ、てめ、床が抜けたらどうすんだよ」
 ここはアーサーの家なのである。
「そんなやわな床だったのかい! 君と同じく、古ぼけているからかな!」
「何だと!」
「俺出て行くから!」
「待ちやがれ! おい!」
「いいじゃんいいじゃん」
 アルフレッドの後を追おうとするアーサーを、フランシスが止めているようだ。
 いつまで経っても来ないアーサーを、アルフレッドは少し離れたところで、寒い中待っていた。
 雪はやんでいた。だが、結構積もっている。
「なんだい。アーサーのバカ……くたばれ、ジジイ……」
 アルフレッドは、鼻をすすりながら呟いた。

「で、私の家に来たというわけですか」
「そうなんだよー」
 出されたお茶を飲みながら、アルフレッドが泣いて事情を話した。
「私が迷惑するとは、お考えにならなかったのですか?」
 菊の珍しい率直な嫌味に、アルフレッドは、
「ちっとも!」
 とはっきり答えた。
 さすがの菊も脱力したようだった。
「空気を読めない方は嫌ですね……」
 誰にともなく、菊はぼそっと正直な感想を口にした。彼は膝の上のポチくんを撫でている。
「菊だったら、いい方法知ってるかもしれないと思って。ほら、菊は、フランシスやアーサーより爺さんじゃん?」
「失礼ですね。確かに老体なのは認めますが」
「それに、話聞いて欲しかったんだぁ」
 アルフレッドは、フランシスの言ったこと、アーサーの幼少期をフランシスが知っていることに嫉妬したこと、自分を子供扱いしたアーサーへの腹立ちをまとめて話した。お茶うけの美味しい羊羹を食べながら。
「わかったわかった! わかりましたから!」
 途中で、菊は遮った。
 ポチくんが「くぅん」と鳴く。
「あーあ。アーサーの子供の頃、見てみたいよ。フランシスのワイン野郎……ちょっと年寄りだからって、偉そうに……アーサーの面倒を見ていたなんて、羨まし過ぎるよ……」
「待ってください。つまりあなたは、アーサーさんの昔の姿を見てみたい、というのですか?」
「え? うん。見れれば嬉しいけど。一緒に遊べたらもっと嬉しい」
「だったら、いい方法がありますよ」
「どんな?」
「タイムマシンです」
「タイムマシン?」
 アルフレッドは、思わず訊き返した。
「日本には、タイムマシンなんてあるのかい?」
「ええ。ここにはありませんが」
「タイムマシンか! カッコよさそうなんだぞ! バックトゥザフューチャーの世界なんだぞ!」
 アルフレッドは興奮している。
「で、どこにあるんだい? そのタイムマシンは」
「今は秘密です」
 菊は、口元に人差し指を押し当てた。まるで、「静かにしなさい」とでも言うかのように。

後書き
続きます。
次回はあの博士が登場です。
2010.1.26

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