君が僕を捨てても僕は君を捨てない

 相田リコは誰もいなくなったジムのベンチに腰かけていた。日向は今日も来ていない。
「バカ……」
 日向君の、バカ……。
 ジムにはいつもあいつの姿があった。あいつはいつも体を鍛えていた。
 日向はいつも熱心にバスケをしていた。その姿は眩しかった。
 それなのに……日向はバスケを辞めたと言った。髪もみっともない金髪にして、ヤンキーを目指すのだという。今の日向は明らかに浮いていた。
 あいつのおかげで――私もバスケが好きになったのになぁ……。
 今のあいつに興味はない。バスケをしてない日向なんてただのインチキ眼鏡だ。それに――第一かっこよくない。
 日向は真面目な性格で、成績こそ見た目から想像するほど良くないけれど、バスケに対しては一途だった。
 それを……辞めてしまうなんて……。
「リコ、順平を待ってるのか?」
「パパ」
 リコに、パパ、と呼ばれた男は笑っていた。
「まぁ、あいつは帰って来るよ」
「どうしてわかるの?」
「勘さ。――あいつがバスケを捨てても、バスケがあいつを捨てない。あいつがバスケを辞めるなんて有り得ない」
「うん……そうだといいけどね」

 しかし――それは突然やってきた。
「ここがリコのお父さんが経営しているジムか。話には聞いてたけど立派だなぁ」
 そんなことを言いながら、くすんだ色の髪の大男が入ってきた。続いて日向も。
 リコが微笑んだ。
「日向君、金髪やめてよかったわね」
「ああ。元に戻したよ」
 日向は短い黒髪に戻っている。
「伊月達は笑うし、オレにはあの金髪は似合わないことがよっくわかったよ」
「それだけじゃないだろう?」
 大男が言った。
「うるせぇ! ……バスケやろうやろうってしつこく誘うもんだから、付き合ってやろうと思ったんだよ」
「日向君、やっぱりバスケが好きなのよね!」
「おう……悪いか」
「やっぱりパパの言う通りだったわね」
 リコは父に笑いかけた。彼はウィンクした。
「1on1でな、こいつに負けたんだよ」
「順平が1on1でねぇ……名前は?」
「木吉鉄平。よろしく」
 木吉はリコの父の前に立った。かなりでかい。高校生とは思えない。
「…………」
 木吉はでーんと構えている。
「…………」
 木吉はどーんと構えている。
「…………」
 木吉はずーんと構えている。
「――すみません。申し遅れました。相田です。リコの父です」
「パパ! 位負けしてどうすんのよ!」
「しかし、いいガタイですな」
 リコの父は娘を無視して木吉に話しかける。
「失礼ですが、おいくつで?」
「15です」
「ええっ?! では高校一年生になったばかりですか! とてもそういう風には――いや、失敬」
「いやいや、いいんですよ。バスケをやる時には高い身長は有利ですしね」
 木吉が機嫌よく朗らかに笑う。
「えーと、木吉さん。順平をもう一度バスケの道に引き戻したのはあなたなんですね」
「――いえ、違いますよ」
「え?」
「日向はすごくバスケ好きなんですよ。オレは――もう一度バスケをやるきっかけを作ったまでです」
「けっ、うっせーよ」
 日向は優しいところもあるが、実はかなり口が悪い。
「主将の役も引き受けてくれたし」
「あれはオマエがいきなり……」
 そうね。日向君は案外適任かもね。これで辞めるに辞められなくなったわけだし。
「日向君は……どうせ言わないだろうから、私が代わりに言うわ。――日向君にバスケの楽しさを思い出させてくれてありがとう!」
「リコ……!」
 日向はメンチを切ったが、リコは動じない。どうせいつものことだから。
「いや、いや」
 木吉は嬉しそうに、にこにこしている。
「リコ、パパの言った通りだろ?」
「うん」
「んだよ。二人して」
「日向君がね――もう一度バスケするようになるって……ここに帰ってくるってパパが話してたんだよね」
 君が僕を捨てても僕は君を捨てない。
 そんな言葉がリコの脳裏を掠める。
 今のは、バスケの神様の言葉?
(まさかね……)
「誠凜にはバスケ部ないから、オレが創ったんです」
「ほう、君が」
「ったく、バスケ部がないから誠凜にしたのによぉ」
「ははっ、順平。バスケはおまえを離してはくれないようだぞ」
 リコの父は日向の肩を叩いた。
「ちっ。めんどくせぇの。でも、好きだからやってやらぁ」
「順平。木吉さんと会ったのも何かのご縁なのかもしれないなぁ」
「ご縁ねぇ……」
 日向は木吉を一瞥して言った。
「どうせなら可愛い女子と縁があればよかったな」
「あら、私じゃダメ?」
「だって――リコはリコだもん」
「何よ、それ。答えになってなーい!」
「君達は仲が良いんだね」
 と、じゃれ合っている日向とリコを見て木吉が言う。
「え……仲がいいというか……」
「腐れ縁よ、腐れ縁」
 リコが一言の下に片付けてしまった。
「でもほんと、いい体してるわねぇ……化け物並みだわ」
 リコは木吉に言う。
「化け物、は心外だなぁ」
 木吉はぽりぽりと頭を掻く。
「オレもそう思う。こいつには一応『鉄心』という仇名があるんだから」
「よく知ってたな」
「知ってんの知ってるくせに……。それから、ちょっと気になって過去のデータおさらいしてみたんだぜ。月バスにも出てるし。帝光には『キセキの世代』というのがいるんだけど、それより上の代の木吉を入れた五人は『無冠の五将』と呼ばれてる……あっ、言わなくてもリコも知ってるよな。んでな、木吉は照英中でベスト4に入ってる。何と、あの『キセキの世代』とも試合したんだぜ。オレも中学時代はキセキと一度やりたかったんだけどな……相手が強過ぎて結局それは実現しなかったんだ。そのキセキすらも一目置く、謎の黒子役のヤツがいるって話、聞いたことね? 忍者みたいでかっけーよな……」
 はいはい。耳にタコができるぐらい聞いてますよ。
 リコがちょっと呆れる。
 バスケの話になると日向は生き生きとし出す。目がきらきら輝いている。眩しい。日向が眩しい。例え試合してなくても。好きなものを語る時の人間は光っているものだ。
(良かった。昔の日向君に戻った……)
 いや、昔より更にパワーアップしたみたいだ。このバスケオタク。でも、こんなアンタは嫌いじゃない。
「あ、あのさ……『鉄心』と言うのはやめてくれないか。あんま好きじゃないんだ」
「へぇ……そうなの? オレはカッコイイと思うけどな」
「今はただの『木吉鉄平』さ」
「じゃ、木吉って呼んでやる」
「おう」
 木吉がわしゃわしゃと日向の頭を撫でる。
(大きな手ね)
 あれもバスケやる上では武器になるとリコは読んだ。
「やめろって――くそっ。ちょっとでけぇからっていい気になんなよ! 今に必ずオマエの身長追い越してやる」
「おう、がんばれ!」
「バスケでも負けないからな!」
「ああ……オレも負けない!」
 そう言って木吉は満開の笑顔を見せた。

 日向と木吉が帰った後、リコは父に訊いた。
「あの木吉鉄平、どう思う。パパ」
「変わっている。あの男は底が知れない。――だが、バスケに対しては本当に生真面目な男なんだろう」
「生真面目? そうは見えなかったけど」
「リコはそう思うか……トボケ作ってはいるが、『鉄心』の噂ならオレも聞いてる。誠凜バスケ部――大した男が入ってきたもんだな」
「――うん。それにどこか人を惹きつける魅力みたいなモンがあるわね」
「惚れたか?」
 リコの父ににやりと笑われ、リコは、
「バカッ!」
 と叫んだ。
「まぁ、リコは当分嫁にはやらんがな」
「安心して。そんな気は全然ないから。でも、これからどうなるかはわからないわよ、パパ」
 リコはにやりと笑い返した。
 日向も元に戻ったしちょっと変わった木吉も加わって、これから何だか面白くなりそうだ。今はめいっぱい青春を楽しもう。一度きりしかない青春。恋だってしてみたい。だけど。
(ちょーわくわくしてきた!)
 ――リコは誠凜バスケ部の彼らの夢を心から応援したいと思った。バスケに選ばれた彼らを。

後書き
リコパパの性格が原作と違います。ハマり始めた頃に書いたものなので。殆ど捏造です。
リコパパの台詞とか変えると雰囲気も変わってしまうのでそのままにしました。
原作のリコパパ、つまり相田景虎は日向のことを『プッツンメガネ』と呼んでいます(笑)。リコは『リコたん』ね。
2013.9.17

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