想い出の中で僕は君と一緒

 アリババは綺麗な光が漂っている空間に来ていた。
(ここは――)
「アリババ!」
 彼を呼ぶ声がする。それは亡くなった昔からの友、カシムだった。
「カシム……」
「元気そうだな」
 カシムは妹の手をしっかり握っている。
「おまえ……マリアムと一緒なんだな」
「ああ」
 カシムは心からの笑顔を浮かべた。
「あのな……マリアムはおまえが初恋だったんだって」
「お兄ちゃんだってそうだったじゃない」
「あ、あ、お、俺はな……」
 カシムは何か言いかけたが諦めて認めた。
「そうだよ。アリババ。俺はおまえが初恋だった。おまえの周りの空気に染まらないところが大好きだった。心の中じゃ反発しつつも、いつもおまえに惹かれていた――闇が光を恋い慕うように」
「カシム……」
「止せよ、そんな顔」
 カシムはどうやらアリババを元気づけようとしているらしかった。
「なぁ……少しは俺のこと好きだったというんなら……キスしていいか?」
「く……唇はだめだ!」
「もう決まった相手がいるんだな」
 カシムの台詞にアリババは唇を手でかばったまま頷いた。
「じゃあ、額にキスさせてくれよ。……俺達はもう行かなきゃ」
 そして――カシムはアリババの額に口を寄せた。
 何年ぶりだろう。この感覚は……。
「俺のこと、解放してくれてありがとな」
「待って、また会えるだろう」
「ああ。俺達はルフだから……いつでもおまえのそばにいるよ」
 カシムの姿は妹のマリアムと一緒に光へと変わって行った。そして彼らは光る鳥になる。
「カシムー!!」

 アラジンが顔を覗き込んでいた。青い髪の三つ編みの少年。ルフに愛された少年――マギ。
「……アリババくん?」
「ああ……アラジン」
「大丈夫かい? 無理させ過ぎたかい?」
「うん……慣れて来たから……」
「友達の夢を……見たんだね」
「ああ……」
 幸せで不幸な夢。自分がカシムの人生を狂わせたのかと思うと、アリババはそれが悲しかった。
「俺は……結局あいつの力になれなかった」
「違うよ。君はカシムくんを助けたんだよ。ほら、カシムくんもそうだって言ってる」
「わかるのか?」
「うん!」
 アラジンは満開の笑顔で答えた。
「だって、君にはカシムくんとマリアムちゃんのルフがいつもついてくれているもの」
「俺には……ルフとかそういうのわからないけど――見守ってくれるんだったら、嬉しいな」
 カシム、マリアム。俺はおまえ達のこと、本当に好きだったよ。
 言葉にするのは照れ臭いけど……いつかこの気持ちを伝えることができるかな。
「できるよ」
 アラジンが代わりに言った。
「夢の中ではそれができたじゃないか」
「おま……俺の心を呼んだのか?」
「ううん。彼らのルフが答えてくれた」
「だめだめ! ルフに聞くのはだめ!」
「そっか……」
 アラジンは何となく沈んだ表情を見せた。だが、それは一瞬のこと。
「君も死んだら彼らと一緒になれるからね」
 そしてまたにっこり。
「おう。勿論じゃねぇか。その時はアラジン。おまえも一緒だな」
「わあい!」
 アラジンは友達とか家族とかいう言葉に弱い。ずっと一人で閉じ込められてきたからだろうか。その時のことをアラジンはあまり話したがらない。だが、いつだったか――
(僕はずっと孤独だったんだ……)
 と、もらしたことがあった。
「ああ、アラジン。その……カシムとのことだけどな。唇は守ったぜ」
「何の話?」
「お……おまえが妬くといけないと思ってさ、カシムには、額にキスで我慢してもらったんだ」
「アリババくんがキスしたの?」
「カシムの方からだよ! ていうか、いいだろ?! それぐらい……」
 アリババはアラジンの反応をドキドキしながら待った。この年若い、殆ど子供のような年齢のアラジンは恐ろしく嫉妬深いのだ。だが――。
「いいよ」
「はい?」
 アラジンの言葉にアリババは拍子抜けして間抜けな声を出した。
「カシムくんなら、いいよ」
「だって、おまえ、シンドバッドさんとの時にはあんなに怒って――」
「シンドバッドのおじさんは僕のライバルだもん。ジャーファルさんがいるくせにアリババくんを僕から取ろうとして……だから僕、シンドバッドおじさんには負けたくないんだ」
「へぇ……」
「君、シンドバッドさんのこと好きでしょ。だから、早く僕のものにしたくて……僕、後十年ぐらい年を取っていたかったな」
「……何で?」
「そしたら、僕、シンドバッドのおじさんに負けない自信があるもの。アリババくんのことだって守ってあげられるもの」
「充分守られているよ」
「足りないんだ。アリババくんを守っているという実感が。だからさ、王様になってよ。その為なら僕、力を貸すよ。僕にもアリババくんの役に立つことができるんだって思わせてよ」
「アラジン……」
 アリババは不意にこの少年が愛おしくなった。
「あったりまえだろー!」
「わぁっ!」
 アラジンを抱き寄せたアリババはぐりぐりと相手の頭を強引に撫でた。
「あのなぁ、大人になったら美女に対しておまえの好きなおっぱいモミモミも気軽にできないんだぜ。おまえが子供だからこそできることなんだからな」
「シンドバッドさんはやってるよ」
「あの人は別」
 そして――アリババはあることに気がついて憂鬱になった。
「ああ、これ、どうしようかな」
 アリババは鬱血の痕を見つけてぼやいた。ゆうべアラジンが体中につけたキスマークだ。勿論、腕にもたくさんついている。
「キスマーク? 僕につけられたって言えばいい」
「んなこと……恥ずかしくって言えねぇよ……」
「なんで? 僕は君の友達だよ。こういうことすることぐらい当たり前だろ」
「友達同士はこういうことしない。恋人だったらともかく――」
「恋人? 僕、アリババくんの恋人かい?」
 うーん。やってることはやってるし……。
「まぁ、そうだろうな」
「わぁい。僕、アリババくんの恋人だってー。聞いたかい? ウーゴくん」
 アラジンは喜色満面で金色の笛に話しかける。
(単純なヤツ……)
 だが、そんなところがこの少年らしくていい。時折すごいところ、只者ではないところも見せるし。
 彼と過ごす幸福がいつまでも続くようアリババは願ったが、モルジアナのむくれた顔が不意に脳裏を過ぎって、思わず溜息を吐いた。
 でも――
 カシム、俺、がんばるよ。いろいろとね。気疲れすることもあるけどさ。そういう時は、こっそりおまえらのことを考えるよ。おまえらのことを考えて――心を落ち着けて結論を出すよ。
(仕様がねぇなぁ、おまえは。ま、付き合ってやるよ。なんてったってダチだもんな)
 記憶の中のカシムが昔のように邪気のない微笑みを見せてくれた気がした。
「俺はおまえと一緒だよ。いつまでもね」
 そんな約束をした昔が忘れられない。たとえもうあの頃のように指きりはできなくとも、カシムはちゃんと約束を守ってくれている。
 今のアリババにはそれが、わかる。
 アラジンとのことも、いつか時が風化させたとしても――。
 彼らは想い出の中ではいつもそばにいてくれるだろう。
 寂しい夜にはノックして入って来て、アリババを慰めてくれるであろう。彼の大切な仲間達が。
(でも今は俺達もまだ若い)
 想い出は未だに身軽に持っていけるアクセサリーのようなものだ。辛いことはあったけど、未来にはとてつもなく大きな希望が待っている。

後書き
カシム~、カシム~。
アニメでのカシムの台詞に涙。
勢いで書いてしまった……。
上手くいけば一生の友達になれたかもしれないのにね……。いや、もう友達だけどさ。
2013.2.7

BACK/HOME