美貌録 備忘録。 つまり、日記。日誌。 それを、フランシスが書くことになった。 「あーあ。お兄さん。こういう固っ苦しい仕事、苦手なんだけどねぇ……」 ルートはきちんとこなしているようだが。 几帳面過ぎていまいち面白くない。 フランシスも、とりあえず何かは書かなくてはならないのであるが。 こんなの書くよりも、アーサー相手に格闘技やってた方がいいのであるが……。 ん? アーサー? (いいこと思いついた) フランシスは、さらさらと何かを書く。 それは、会議の内容などではなく――アーサーのあられもない姿だった。 「んふ~。いいねぇ。お兄さん、才能あるんじゃない?」 まぁ、フェリシアーノの次くらいには、と考えていると―― 「おーい。何やってんだ。フランシス」 部屋に入ってきたアルフレッドが訊く。 そうだ。アルフレッドにもこの絵を見せたら―― 「な……何だ? この絵は! 誰が描いたんだい?!」 「俺」 フランシスは、アルフレッドが怒り出さないかと、少しひやひやした。 だが、アルフレッドの次の台詞は。 「フランシス、君は天才だ!」 「いやいや。なになに」 アルフレッドから好評を得たフランシスは得意になった。 「でも、俺に任せたらもっと良くなるよ。ニューヨークで鍛えられた色彩感覚と、ハリウッドで培われた特殊技術をもってすれば――」 「……頼むから、お兄さんの描いたアーサーを化け物にしないでくれ」 アルフレッドが心外そうに頬を膨らませた。 だが、色を塗るというのは、案外いいアイディアかもしれないなぁ、とフランシスは思った。 どこからか色鉛筆を調達すると。 フランシスはおもむろに塗り始めた。 イラストは、素描の時よりリアルになった。 「すごいなー」 「へへっ。ざっとこんなもんさ」 「でも、こんなの描けるってことは、アーサーの奴、君と寝たことあるのかい?」 「そうだけど」 「――アーサーの奴、浮気するなんて許さないんだぞ」 アルフレッドが手をぽきぽき鳴らす――が。 「フランシス・ボヌフォア! まずは君から成敗してくれる!」 矛先がこっちに回ってきた。 恋する男の嫉妬は恐ろしい。 成敗なんて、日本の時代劇の見過ぎではないだろうか。 だが、そんなことを気にする余裕も、フランシスにはなかった。 なんとかなだめようと彼は言った。 「最近はとんと御無沙汰だ。おまえのいるおかげでな」 「――どういうこと?」 「今は、アーサーの奴、おまえに首ったけなんだよ!」 アルフレッドはその台詞を聞くやいなや、手を組み合わせ、天高く舞ってもおかしくないかもしれないという態度を露わにした。 ――現金な奴。 フランシスはこっそり思った。 本当は俺だってアーサーを恋人にしたかったんだけどねぇ。 というか、一時は婚約までいった仲だったんだけど。 まぁ、仕方ない。アーサーのことはこの坊っちゃんに託すか。 「んで、んで? まだできないのかい?」 「あー。もうちょっと待ってな」 フランシスは、丁寧に、しかも迅速に色を塗る。 「でーきた。こんなもんだろ」 「俺には敵わないけど、なかなかいい感覚してるじゃないか」 「おまえ……おまえの絵は感覚以前の問題だろ?」 アルフレッドに変に描かれたことのあるフランシスは、ここで意趣返しをした。 だが、そんなことでめげるアルフレッドではない。 「今度は俺がアーサーを描く」 「描くのはいいが、お兄さんはあまり見たくないな」 「どうして?」 「だっておまえさんの描いたアーサーって、絶対変に決まっているからな」 「悪かったね、君には絶対見せないよ!」 アルフレッドは機嫌を損ねたらしかった。 (それに――見るんだったら、実物の方が絶対いいよな) と、フランシスは当たり前のことを考えていた。 その時、ノックの音がした。 「よぉ。おまえら」 入室してきたアーサーが言った。 「フランシス、備忘録は書けたのか? 今日の当番おまえだぞ」 「ああ。ばっちり書けたよ」 フランシスは、自信たっぷりに、一見春画と見紛う程のイラストを、アーサーに見せた。 「んん?!」 この太い眉毛、これは明らかに―― 「この野郎ーッ!」 アーサーが吼えた。 「なに想像して描いたんだよ、おまえは! アル、おまえも一緒にいたんなら止めろよ!」 「えー、だってー」 「おまえら二人でこんなやらしい絵描いてたのか?!」 「描いたのはフランシスだよ!」 「おまえさんだって喜んで見てたくせに」 アルフレッドとフランシスが、責任をなすりつけ合う。 「おまえら、俺をこんな目で見てたのか?!」 「俺の絵の方が美形のような気はするけどね」 「問答無用! そこになおれーっ!」 アーサーはどこかで聞いたような台詞を言った。 「やーなこったー」 まず、アルフレッドが逃げ出した。 「んじゃ、お兄さんも逃げますか」 「待てー!」 アーサーが追って来る。 フランシスとアルフレッドは、互いにウィンクし合った。 恋敵同士だけど――こういう連携プレーはわるくない。 降って湧いたこの陽だまり色の楽しい時間は、アーサーがくれたものだ。 「俺右行くから、おまえさん左ね」 「了解!」 一瞬、アーサーの足が止まり、どっちへ行った方がいいか決めあぐねているようだったが、結局フランシスの方に来た。 なんたって、今回の責任者はどちらかということになると――フランシス自身にも誰だか、よぉくよぉくわかっているのだから。 後書き 確かパプワでも同じような話を書いた気が……。 2010.3.19 |