バーナビーの初恋

「バーナビー! バーナビー!」
 女の子が僕を呼んでいるようだが、無視。
「ちょっと! 人の話聞きなさいよ! バーナビー・ブルックス・Jr!」
 振り向くと、ほうきを持って仁王立ちしている黒髪の女の子がいた。僕はその子に呼ばれたのだ。
 誰だったかな? 見かけたことあるような気がするんだけど。
「バーナビー! 今日の掃除当番アンタでしょ!」
 あ、そうだった。
「すみません……忘れてました」
「しっかりしてよね。はいほうき」
「はぁ……」
 僕はほうきを渡された。
 さっさと掃除を終わらせてしまうと、僕は図書館へ行く。
 ヒ―ロ―アカデミーのコンピュータはデータの宝庫だ。僕は毎日そこへ向かう。
「バーナビー」
 さっきの子だ。
「何調べてんの?」
「貴方には関係ないことです」
 僕はキーボードに指を走らせる。僕が幼い頃、両親を殺めた組織、ウロボロスのことについて調べている。 
「ねぇ、いつも一人だけど友達いないの?」
 彼女は引きさがらない。
「大きなお世話です」
「いないんだ。じゃあさ、あたしが友達になってあげる!」
「名前も知らない人と友達になる趣味はありません」
「んっふっふー、そっかー。バーナビーは有名だもんね。学校中が知ってる。同クラなのにあたしのこと知らなかったんだね。あたしはレナ・アリントン」
 へぇ、日本人だとばかり思った。黒髪に黒い瞳。ぺったんこな胸。
「日系人なんですか?」
「そうなの。日系三世。宜しくね」
 それが彼女との付き合いの始まりだった。
 最初は彼女が僕につきまとっていた。――それを快く思わない連中がいたらしい。僕も噂ぐらいは聞いていた。
 ある日、レナは傷だらけの格好で僕の前に姿を現した。
「わっ! 何ですか? その格好は!」
「あ、これ? 何でもないんだ……」
「――誰にやられたんです?」
「いや、ほんとに何でもないから……」
「何でもないはないでしょうだって、僕は貴方の――」
 不意に言葉に詰まった。だけど、僕は続けた。
「――友達じゃありませんか!」
「ありがとう。バーナビー優しいね。でも、これはあたしが決着をつけなければならない問題だから」
 そう言ったレナは凛と前を向いて背筋を伸ばしていた。
 ――放ってはおけなかった。
 いろいろ聞き回って、レナに暴力を振るった女子グループに行き着いた。彼女達は僕が現われたことでおろおろしていた。群れて意地悪をするヤツに心の強い者はいない。
「今度から、レナには手を出すな」
 僕がちょっと脅しをかけたら、「行かないで」とか、「待って」とか言って泣きついてきたが、僕は相手にしなかった。
 その数日後、話を聞いたらしいレナが言った。
「バーナビー……あたしに怪我をさせたグループを脅したって?」
 なんだ。もう噂が広がってるのか。
「何で余計なことするのよ。あたし一人でも何とかなったのに――」
「すみませんでした。僕は群れて意地悪をする輩が嫌いでね――僕のことが気に食わないなら、絶交してもらっても構いませんよ」
 僕は踵を返して数歩、歩いた。
「バーナビー!」
 レナが抱きついて来た。その日から――僕にとって彼女は特別な存在になった。

 ヒーローアカデミーは楽しいところとなった。
 友達も増えた。僕の両親を殺した犯人に対する復讐心はまだ癒えないけれど――。
「ねぇ、バーナビー、明るくなったね」
「そうですか?」
 レナに言われるのが一番嬉しかった。レナはいつも傍にいてくれた。
「レナさんのNEXT能力って何ですか?」
「あれ? 言ったことなかったっけ」
「聞いてません」
「あのね、あたし少し人の気持ちわかるんだ。だから、バーナビーのことも前から気になってた。憎しみと悲しみが渦巻いていたようで――」
「へぇ……」
 お見通しってわけか。でも、レナだったら気にならない。
「今は――どうですか?」
「自分の気持ちは自分でわかるでしょ? でも、そうねぇ……少しは楽になったみたい。憎しみや悲しみはまだ残っているけど」
 そう言って、レナは儚く笑った。

 そして――来るべき時が来た。
「本当にあたしでいいの?」
 僕はコクンと頷いた。
「貴方だからこそいいんですよ。レナ。――貴方、人の気持ちが読めるんでしょう?」
「嬉しい……」
 僕はレナに近づいた。ほのかに香る甘い匂い。香水ではない自然な香り。女の子というのはこういういい匂いがするものなのだろうか。
 僕と彼女がキスを交わした時――
「うっ!」
 胸を押さえてレナが苦しそうに呻いてくず折れる。いつもと様子が違う。
 心臓発作だ!
 僕は電話で救急車を呼んだ。
 彼女の両親も病院に駆けつけてきた。僕達がホテルから来たことを聞いているだろうから、何が目的かすぐわかったであろう。しかし、彼女の両親はそのことを責めなかった。
 長い一夜だった。彼女の心臓はもう手遅れだったらしい。
「私達がしっかりしていれば……」
「あなた……」
 彼女の両親が泣き崩れる。僕の両親も生きていればこんな風に心配してくれたであろうか。――いや、それよりもまず彼女のことだ。僕は脇道に逸れがちな思考を戻そうとした。
 消毒薬の匂いの中で時計の秒針の動く音が聴こえた。
「バーナビー君」
 彼女の父親が声をかけてきた。
「なんでしょう」
「娘は……いつも君のことを話していたよ。――幸せそうだった。娘は小さい頃から心臓が弱くてね――体育も見学させてばかりだったし」
 僕は――彼女の何を知っていたのだろう。――何も知らなかった。
 元気いっぱいの彼女。優しかった彼女。僕を好いてくれた彼女。
 ヒーローアカデミーの体育も欠席したことがなかったような気がする。
「あの子はね――自分の人生は自分で歩みたい、と言ったんだ。私達は止めたが、あの子は聞かなかった。ヒーローアカデミーに入学したのもあの子が決めたことだ。あの子はみるみる元気になっていったよ。私達まで心臓が治ったと錯覚するぐらいに――」
 彼女の父親、アリントンさんの頬を涙が伝う。彼は大きな手で顔を覆った。
 彼女は幸せだ。こんなに思ってくれる両親がいる。僕は――少し彼女に嫉妬した。そんな場合ではないのに。
 病室のドアが開いた。看護婦が言った。
「バーナビーさんと言う方はどちら?」
「はい。僕ですが」
「アリントンさんが話がしたいそうです」
 この場合のアリントンさんと言うのは、レナの方だ。
「私達も――いいですか?」
 彼女の父親が言った。
「あ、はい……」
 僕は椅子に腰を掛け、レナの手を握った。こんなに細かっただろうか。レナが空いている方の手で呼吸器を外した。
「バーナビー……あたし、もうだめみたい。ごめんね……」
「レナ……」
「バーナビーは完璧よ。完璧過ぎる人は脆いから――誰か傍にバーナビーを支えてくれる人がいるといいね……あたしはもう、傍にいられないから――バーナビーの大切な人、絶対見つかるから……」
 そこで、レナの意識が途切れた。
 レナ……。
 あんなに元気だったくせに。あんなに強かったくせに。僕を置いて逝ってしまうのですか――。
 僕もまた、新しい人生を歩むことができたかもしれないのに――貴方と共に。
 神様……どうして僕の愛した人は、みんな死ぬんですか。
 僕の両親はそちらに行ったんですから、レナぐらい残してくれても良いのに。
 レナもレナだ。どうして心臓が悪いことを黙ってたんだ……。
「――ご臨終です」
 重々しい医師の台詞が響いた。

 時は流れ――
「行ってきます。虎徹さん」
「ああ。バニ―ちゃん、友達に宜しくな」
 今日、僕は久しぶりにレナの墓参りに行く。
「バニ―ちゃんはさ……他人を近付けないようにバリアー張ってたから、バリアーを突き破ってくる人に対しては際限なく愛してしまうんだよ」
 そうかもしれない。
「虎徹さん」
「何だい?」
「死なないでくださいね」
「あったりまえだろー。こちとら頑丈さが取り柄だぜ」
 あの頃の僕にはわからなかったレナの言葉。今だったら理解できる気がする。
 虎徹さん。
「ずっと僕の隣にいてくださいね」
「なにセンチになってんだよ。少ししゃんとしないと、彼女に笑われるぞ」
「そうですね」
 虎徹さんの微笑みは、僕をほんの少し和ませる。
 レナ。君は僕のことを見守ってくれているのでしょうか。
 君がいるはずだった僕の隣。今では虎徹さんがパートナーとして、共に傍にいてくれています――。

後書き
レナのモデルは虎徹さん(性格が)です。
2012.11.22

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