黒バス小説『ある日の緑間達』

 秀徳高校とある一年のクラス、お昼時間――。
 クラスの半数が、ほうっと溜息を吐きながら昼食の光景を眺めていた。
 バスケ部のエース緑間真太郎、その相棒の高尾和成、クラス委員の朝倉ひな子達の弁当を食べている姿を。
「いいわねぇ……あの人達。いい目の保養になるわ」
「このクラスの綺麗どころが揃っているわよねぇ」
「くそっ。おいらも朝倉と弁卓囲みたいぜ」
 そんな風に憧れの(?)目で見られていた三人であったが内情は――。
「おっ、唐揚げもーらいっ!」
「高尾、人のおかずを勝手に持っていくななのだよ」
「緑間君、私の玉子焼きあげる?」
「おお、すまない」
「ぱっくん」
 高尾が横取りした。
「だから――それはオレにくれようとしたのに、勝手に食うな! 意地汚いヤツめ」
「もぐもぐ……うめぇっ! ウィンナーやるからカンベンしてくれよ」
「う……まぁ、食べてやってもいいが」
 ひな子が高尾と緑間をじーっと見ている。
「……何見てんのだよ。ひな子」
 これは視線に気づいた緑間の台詞。
「いや、仲いいなーと思って。これで夏コミのネタはいただきね!」
 ひな子は俗に言う腐女子である。
「緑間君のツンデレも見られたし、もうお腹いっぱい」
「夏コミ? ツンデレ? 訳がわからないのだよ」
「そっか。緑間君、そういうのに疎そうだもんね。ツンデレは今や常套句よ」
「ひなちゃん。お腹いっぱいならオレがもらうよ」
「もう。お腹いっぱいっていうのはそういう意味じゃないの。高尾君たら」
 ひな子が意味ありげにくすくすと笑う。
「それに、高尾君の弁当も美味しいじゃない」
「うん。だからもう平らげた」
「あんまり人のものをたかるのではないのだよ」
「厳しいなぁ、真ちゃん」
 高尾はぺちっと額を叩いた。
「なんか……デコピンしてみたくなるわね。高尾君の額って」
「おっと。そいつはカンベン願うよ。真ちゃんにいつもやられて痛いんだよ」
「だったら髪をおろせばいい」
「ねー。高尾君の額ってデコピンしたくなるよね」
「まぁな」
「髪をおろした高尾君も可愛いだろうなぁ」
「髪をおろしたオレなんて既にオレじゃないっしょ。この髪型がトレードマークなんだから」
「そんなに大したもんじゃないだろ」
「ひっで! 真ちゃんたらひっで!」
「そうよー。恋人ならもっと優しくしてあげなきゃ」
「恋人ではないのだよ! ひな子もおかしなことちょいちょい言うのではないのだよ!」
「だって、たかみどって美味しくってぇ」
 ひな子はこの上なく幸せそうな顔をしている。
「と、この隙に真ちゃんの唐揚げまたゲーット!」
「高尾!」
 ケンカしている二人をひな子はスマホを取り出してカシャカシャ撮っている。
「撮るな! ひな子!」
「えへへ。帰ったら原稿に描くの」
「ひなちゃん、漫画家志望?」
「それほどではないけど……私、絵ヘタだし」
「まーたまた。そんな謙遜を。超上手いじゃん、ひなちゃんの絵」
「まぁ……素人にしては、上手いほうかなぁ。漫画家になれるほどじゃないけど」
「描き終わったら見せてね」
「もちろん」
 高尾とひな子の会話を後目に緑間は黙々とマイペースに弁当を食べている。唐揚げはとっくになくなっている。主に高尾の胃袋に入ったのだ。
「しーんちゃん。どうしたの黙っちゃって」
「うるさいのだよ。早くおまえらも食うのだよ」
「わかったわかった」
「……でもさ、私、この高校に来て良かった」
「何が? ひなちゃん」
「緑間君と高尾君といういい友達ができてさ」
「オレもひなちゃんみたいな美少女とお近づきになれて良かったよ」
「私、彼氏いるんだけど」
「知ってるよ。見たもん」
「どんなヤツなのだよ。こんな変わった女と付き合っている奇特な男は」
「失礼ね、緑間君」
「んーとね。背が高くてかっこいい?」
「……なるほど」
「それからひなちゃんとお似合い?」
「まぁ、見た目的にはひな子はいい女だからな」
「緑間君がデレた! 嬉しい!」
「こら、引っ付くな!」
「ひなちゃん離れてー! 真ちゃんはオレのー!」
 高尾が騒ぐ。
「はいはい。緑間君は高尾君のものだもんねー」
「わかってんじゃん」
「誰が高尾のものなのだよ……」
 緑間がぶつぶつと呟く。
「あ、昼休みもうすぐ終わるよ」
「本当? 早く食べなきゃ」
「ひなちゃん。弁当の残りもらってあげようか」
「高尾、ひな子にたかるのではないのだよ」
「だって、バスケすると腹が減るじゃん」
「あまり食い過ぎてお腹壊すなよ」
「真ちゃんが心配してくれてるー」
 高尾ちゃんカンゲキーと、嬉しそうに祈るように手を組み合わせる。
「あれが噂の緑間君のデレね」
「真ちゃんは本当は優しいんだよ」
「や……優しくなんかないのだよ」
「今度は照れてるー」
「真ちゃんてイジると面白いよね」
「ねー」
「人を玩具にするのではないのだよ」
「ねぇ。真ちゃん。真ちゃんはキセキの世代とは教室で弁卓囲んだ?」
「いいや」
「何だ。案外バラバラなんだな」
「教室ではないが、学食ではな……」
 こうして、緑間も中学時代の思い出を話し始める。彼らの話にはきりがないのだった。――昼休みの終わりのチャイムが鳴り終わるまで。

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